Il mormorio del vento Firenze

フィレンツェ留学中の日記(2010年)
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12月

11日
Sabato、今夜はKちゃん家でお別れ会をして貰う。別れが本当に寂しい。Kちゃんは私のリクエストに応えてくれイタリア料理を作ってくれた。生ハム、チーズにオリーブペストカルチョーフィを生で。フィノッキ、ポレンタにキノコのスーゴとサルチッチャのスーゴ。美味かった!BarbaraとStefanoは小さなケーキを沢山買ってきてくれた。ピスタチオのシューやババやフルーツタルトやカンノーロ、ぜんぶ美味、幸せ。本当に感謝だな‥Kちゃんには本当に助けられ、最後まで優しい。有難い(涙)。皆が口々にいつ戻ってくるの?と言って、また絶対近いうちに戻って来なね。と言う。予定は全くないけど「必ず戻ってくるから」と約束してしまった。アパート近くまで車で送って貰う。手を振るBarbaraとStefanoの車が小さくなり、見えなくなるまで見送る。胸がいっぱいになった。
9日
Y婦人宅で私の送別会をTさんとJさんと皆でご飯会を開いてくださった。しかもY婦人がカツ丼を作ってくれた!感動〜(涙)!イタリアでは前世で絆のあった人達にしか出会わなかった気がする。全てが私には宝。本当に有り難い。全てに感謝だ。離れるのは余りにも哀し過ぎて‥。でも、またいつか戻ってこよう。優しい、愛しいフィレンツェ、厳しく冷たい街。私の大好きなイタリア。
7日
日本に帰国したらしばらくは廃人かな‥社会に適合出来るか不安。真面目に生きよう。運動、規則正しく、テレビは見ない情報に流されない、無駄な物高価な物は買わない食べない観劇しない。勉強、制作!沢山描く!たとえみっともなく惨めになろうと信じて進む。続けていく、とにかく頑張ろ。そして何よりも両親と祖父を尊敬、敬う。子供のクセに親に生意気な態度やワガママは物凄くカッコ悪い。当たり前の事。離れて分かる、今迄の悪い私。親戚付合いも苦手だけど、やっぱり私を応援してくれ、有難い。常に感謝しなくてわ。Uffiziに行ったら貼り紙が。「SIOPERO GENERALE FIRENZE MUSEI 5日〜7日とDopo Le Mura di POMPEI Crollano Anche I Diritti dei Lavoratori 350Lavoratori sono a Rischio a Causa dell Assenza di Granzie nei Nuovi Bandi d'appalto per I Servizi Museali. Cosi hanno deciso Il Ministro Bondi e Il Supermanager Mario Resca Con Tutti Suoi Conflitti d'interese e Con Il Stilenzio Complice della Soprintendenza di Firenze. IlNostro Futuro Non Si Appalta」ありゃまあ‥。仕方無いのでミケランジェロ広場へ、夜景が綺麗。本当に忘れないように、この景色を頭に。
6日
今日は日曜日。MonicaがPranzoに招待してくれた。ブロッコリーサラダにBaccala(タラ)とプチトマトのラザニア、PolpoとPatateをPrezzemoloとニンニク、オリーブオイルであえた物を頂いた。レストランより美味しい。やっぱりイタリア女性は料理上手。食後、お茶も飲まずに「森にキノコを採りに行こう」とMonicaとFilippoに誘われて、登山用の靴を借り、車で30分位の山に行った。彼らは時々キノコや栗とかを山に採りに行くらしい。自然の恵を身近に一年中感じる、なんて豊かなんだろう。今にも妖精が現れそうな茂みと木々の中、小さくてちょっと変な形のキノコ(フィンフェルロ?名前聞いたけど忘れた)を見つけながらひたすら採る。小川が近くにあるのか、水の流れる音が聴こえる。手は冷たい、けど気持良く、静か。曇り空、今にも降り出しそうだ。でもMonicaとFilippoはどんどん森の奥へ。榎茸のようなキノコは大きな袋にいっぱいに採れた。こんなに沢山、どうするんだろう?聞くと、乾燥させたり、冷凍して一年中食べるらしい。季節になるとポルチーニも採れるんだと二人は自慢気に写真を見せ、話してくれた。Filippoさんは物静かでカッコイイ、勘も良くMonicaが惚れてしまうのも分かるな。例え奥さまと中学生の子供が居ても。どうやらイタリアでは離婚するのが難しいらしい。
5日
帰国が近づいてきて、ピザや甘いパン、カプチーノ、大好きな物を美味しい美味しいと躍起になってしょっちゅう食べてたら、少し飽きてきたみたい。好きな物でも毎日は飽きるのね。アパート隣のFornoは小さくて地味な店なのにいつも繁盛。試しに今朝、並んでチョコのパンを買う。1Euroで大きくて美味。店のおばさまもチャキチャキ働いていて笑顔。良い店。最近、開き直りか、イタリア人に対してつい日本語で返答。分かってくれる時もあれば、変な顔されたり。だって、私日本人だもの、日本語で何が悪い?午後、Yさんがフィレンツェ在住日本人のご友人達と日本を紹介し日本のものを売るメルカートを今週末いっぱいやっているので手伝いに行く。チャリティーも兼ねたメルカート。楽しい!ガラクタみたいな物なのに売れる!お客は勿論イタリア人。面白いな。ピカチュウや招き猫が人気。ホッカイロが珍しいらしく説明すると売れる。日本の家にある要らない物がこちらでは商品になるならいつか持ってきたいな。Yさんと話してるとキリナイ。Jさんというピッティモザイクの奥様を紹介してもらう。
4日
6時に目覚めてしまう、あんまり寝てない。晴れ。サンティッシマアンヌンチアータ教会行き、バルジェッロ博物館へ。何回見ても新しい発見。うん。疲れて、コナド寄り一旦帰宅。午後、Micheleさんのお店の手伝いに行く。子供売り場ディスプレイをクリスマス用に飾る。汚い!我慢出来ず勝手に掃除をし出す。というかやる気あるのか?店に愛情を感じない、仕事に誇りを持って頑張ってない人はリスペクト出来ないな。汚い棚!ゆるせん!私は商売家の血筋、血が騒ぎついつい色々口出してしまい。Micheleさんはイタリアの本屋は何処もこうだ、と開き直り。中心から外れて田舎だからあれで良いのか‥?神保町の古本屋なら許せるけど、いや、今は古本屋だって日本は綺麗だよ。
2日
昨日はアンナさん手術、大丈夫だっただろうか。目覚めると雨は止んでいて青空、嬉しくて外出。Castagnoのフレスコ画は今住んでるアパートのすぐ、目の前。SunMarco美術館も近い、素晴らしい環境だ。余りに良い天気でせっかくなのでちょっと考え、S.M.N教会前からバスに乗り、Certosaへ!だ〜いぶ前に行ったCiao先生と他の生徒さん数人と。丘の上にひっそりとある教会。Pontrmoのフレスコ画がある、確か、Pontrmoがフィレンツェで疫病が流行した時に逃げ場として籠っていた場所。今でも周りはオリーブ畑や杉の木々等で自然が溢れ周りには何も無い。少し行くと民家。案の定、適当に乗ったので降りるバス停が分からず、「Certosa」という看板と反対に行ってしまったので慌てて降り、車の往来激しい通を歩いて探しながら向かう。すぐに教会の頭が見えた。無事に到着、坂道を上り、教会に一歩一歩近付く。少し冷たい風が気持良く、白い雲は大きくゆっくりと動いていく。誰も居ない、静か。‥が!が〜ん‥なんと閉まってた‥開館は9時から11時まで。時計はジャスト11時‥なんだかなあ。仕方なくお土産屋を覗き、愛想の全く無いおじさんは居眠り中。坂道下だり、綺麗な空、雲、オリーブと紅葉、枯れた木々。ちょっと罪悪感でスケッチし。バス乗らず歩く。バカみたいだけどひたすら細い歩道を。普通の街並み。お墓。凄く疲れてバス乗る。Grazie橋で降り、ParazzoPittiまで歩いて。Caravaggio展がまだ開催中。何回見ても凄く。GivannaGarzoni(1600〜1670)Miniature su pergamenaが中々良い。羊皮紙に果物や野菜の静物画。CarloDolci1616〜1686「聖母子」「S.Rosa」は欲しい。人物描写、好き。油絵も描きたいと、ずっと考えてるな‥。5時過ぎ帰宅。分かった気になってはいけない。何も分かっていない・本当は無知な自分を自覚しない といけない、常に探求し発見と気付きを。
1日
朝からどしゃ降り。7時過ぎ起床。支度しS.Marco美術館へ。やっぱりフラアンジェリコのフレスコ画は他のとは違う。何が違うのかな?余白?顔料?白、青、緑が全てが綺麗。より日本画に近い気がする。淡いのに手先や顔の細部がパキッと決まってる。厳しさと優しさ。綺麗な物を綺麗に描いても仕方ない。描く事で「憧れ」に近付きたい・描く事で繋がりたい。結局今迄、私は自分の為に描いていたのか‥。制作する人々、それぞれの理由。誰かの為、明日の芸術の為、未来の文化の為。神様の居る瞬間を、神様を感じられる作品を作りたい。それが過去の模倣になろうとも。光と影、静寂と情熱。拡がり。哀し喜び。何もなかった修道院施設の部屋には一枚だけマリアさまの絵。コピーみたいだったけど、それでも、あの一枚の絵の存在は大きかった。あの絵が無かったら‥かなり、殺伐とした空間だっただろう。人間本位の世界ではなくて、世界は全てが主人公。観る人に気付きを与える仕事。観る人に癒しを与える仕事。観る人に発見と新しい世界をみせる仕事。観る人に救いを与える仕事。建物柱の装飾や木々がぬかりない、嫌味ない心地良い上手さ。雨止み、いつものSCUDIERIで買ったPastaはパイ生地に中はレモンクリーム。甘い。本屋カフェには可愛いお姉さん。一休みにCaffeに入ると、隣の席に珍しく二人の日本人女性。ついつい二人の会話が全て耳に入って来てしまう、内容を聞いてしまう、自分の考え事に集中できない。いつもならイタリア人の会話はほぼ分からないので、言葉として耳に入って来なかった。そんな日常に慣れていたみたいだ。かなり、変な感じな位、日本語会話が耳に入り‥。言語が完璧で無い状態でイタリアに居るのも不安、だけど言葉が分かるのは、容赦なく色々な言葉が耳に入ってくるという事。色々な情報が自分の中に入ってくるという事。流される、混乱を呼ぶ。日本に帰国したら、自分をしっかり持たないと、また元に戻ってしまうだろう。自分を見失う、気付いた事もすっかり忘れてしまうだろう。3時過ぎ帰宅。大きな窓を開けると、一時の晴れ間、青い空と雲、オレンジの陽。大きな杉の木が見守る、隣の家の古びたレンガ屋根。帰宅した人達の部屋には柔らかな明りがともる。日々の生活。冷たい空気。すっかり冬。寒いし眠い。Oさん帰宅し一時間位お喋り、ソフトな人、悩む人、真面目、そして外国でずっと勉強できる若さ環境が羨ましい。

11月

30日
疲れたな、昨日は寝れねかった。7時に目覚め、支度。窓から見えるレンガ屋根とオリーブ、杉の木が気持を和ませてくれる。隙間風にも慣れた。曇りだけどカッシーネ公園の火曜日のメルカートに初めて行く。噂には聞いてたけど本当に凄い人、人、人。毎週火曜の午前中に開く市場は洋服から靴、日用品が1ユーロや2ユーロと、大安売り。女性陣の勢いすざましく、見ていて面白い。私も2ユーロの黄色帽子を買う。11時になったのでTさん待ち合わせのBeccaria広場に向かう。かな〜り遠い、地図で言うなら反対側。バスに乗らず歩いた、町中はすでにクリスマスのイルミネーション。ウィンドウにもクリスマスの飾り。待ち合わせのCaffeはTさんお勧めのお店。Tさん再びイタリアに帰ってきた、久々の再会。いっぱい話した。Tさん少し、かなりぼんやりな感じ、食欲もイマイチ。日本にせよイタリアにせよ帰国直後の数日は頭が混乱するらしい。それでも、イタリアに住み生活する人生を選んだというのはやっぱり水が合うのだろう。文化会館の仕事がかなり大変だったみたい。また明後日から仕事、忙しそう。でも羨ましい、意義ある仕事。キャリアと人脈。日本での仕事に必ずつながる。Tさんは、正直に弱音も言うし強いし優しく人間的に凄い人。私のイタリアの愚痴を言ってもあまりピンと来ないみたい、すると私もそっか大した事無いなと、気付く。
29日
晴れ。8時起床。テラスが気持良く、布団の埃を叩く。かなり汚い‥茶色髪の毛がいっぱい‥(泣)神経質じゃない自分で良かった。いや、それでも気持悪い。窓開け、空気入れ替え。CAFFE GIACOSAにて甘いお菓子ラッテマッキャート。ああ、今だけの贅沢。良い天気だからカッシーネにスケッチ。
28日
日曜日、昨晩から新しいアパートの部屋。小さい部屋に自分の荷物で歩くスペース無し。しかも埃っぽく、天井が低く斜め、まるで屋根裏部屋。でも、何故かぐっすり眠れた。落ち着くのかな。私に合った部屋?。朝から雨。Micheleさん家に行き、ポレンタ作る。Maisの粉と水を40分間も鍋でぐるぐると混ぜていなければいけない。疲れる〜大変〜。でも素朴な味で美味。GorgonzoraとTareggioをポレンタで挟み溶かす。畑で採れたルッコラとニンジンのサラダ。紫キャベツ茹で食べた。そしてMicheleさんのお父さんがピザを作ってくれた!生地から全て手作り。年金生活で今は山に土地を買い、畑仕事が趣味。玉ねぎ、モッツァレラ、トマトソース、ゴルゴンゾーラ、妹さんのMonicaさんはほうれん草とリコッタのパイのようなPastaを作ってくれた。彼氏のFilippoさんも一緒だ。Micheleさんのお母さんは小柄で大人しい方で私にとても気遣って下さった。多分、皆さん、初めて日本人と接したのであろう。色々と質問されてしまった。私の仕事の事、日本の会社や食物の事、日本にピザ、チーズはあるのか?焼栗はあるか?ワインは高いか?イマイチ上手く答えられなかった‥イタリア語が出来ないというのは勿論だけど突飛な質問に何て説明したら良いか‥難しい。帰りに余ったピザ等々を包んでお土産に持たせてくれた。有難いな、赤の他人の日本人に優しい人達、感謝だな。
27日
土曜、朝9時に起き、ゆっくりと、引越し準備。いやはや大荷物。Annaさん帰宅後も淡々と準備。窓の外をぼんやり眺めると、寒空の下、コートをはおり足早に過ぎる人。タバコをすいながら立ち話する人、店先のウィンドウを覗く人‥。当たり前だけどイタリア人ばかりで。私にとってイタリアって、何なのだろう。この滞在で得た物、感じた事、余りにも漠然としている。はっきり見えるには時間が足りなかった。いや、もしかしたら判る事なんて永遠に無いのかもしれないけど。夜、Michaeleさんが車を出してくれて、引越し手伝ってくれた。かなりの荷物、助かった〜。
26日
朝目覚め、青空。急に思い立ち、S.Cascianoに行く事にした。プルマンの出発まで時間があったので少し歩いていたら教会の前に出た。いつも見損なっていたギルランダイオのフレスコ画を見れた!良かったー。ようやく対面できた。キリストの顔が美しかった。今日はこれで◎。11時20分プルマンにてS.Cascianoに。車窓からの眺めがトスカーナの山の黄色や橙色の紅葉した木々、丘の斜面にはオリーブ畑が広がる。オリーブの葉が鋭く光る光る光る‥幻想的。入道雲のような巨大な雲。停留所に着き、降りてびっくり、かなり寒い!フィレンツェより2.3度低いかも。風も強い。雨とヒョウ?も混じる中、町中を久々に歩いて全てが懐かしく思った。一番美味しいと思うパン屋でナスとモッツァレラとプロッシュートパニーノと甘いパンを買う。Tさんが住んでいた家の前を通り過ぎ、田舎道をてくてく歩いてみた。小さな杉の木々が続く細道。誰も居ない、風だけがビュービューと容赦なく吹き付ける。フラフラと行くと、目の前がパッとひらけ、オリーブ畑がだーっと広がった。遠くにはうっすらと山々のシルエット。収穫が終わった枯れ枯れの葡萄畑。空は青いのに雨やヒョウがパラパラ降りしきる。傘が壊れそうになりながら、中心に戻って眺めの良いBarで一休み。寒い。外を見るとゆさゆさとオリーブの木々が風で揺れていた。2時40分のプルマンでフィレンツェに戻る。車中、タイミング良くOさんからメールが!アパートの鍵を渡したいとあったので、そのまま、新しい部屋のアパートへ向かう。私の部屋はかなり狭く汚く暗いけど、最早、雨風凌げればなんでも良し。寝れれば良し。Oさんは体調も良くなり元気そう。彼が通う版画の専門学校に一緒に行き、見学させてもらう。歴史と趣きのある校内は広く、設備は整っていて皆さんガンガン制作していた。なんだか大学時代が懐かしくなる雰囲気だった。Oさんの制作途中の作品等々を見せてもらう、版画の技術習得は大変そうだ。奥が深い。若いって良いな浮世絵の画集は本屋でも見かける、少しだけ日本が流行りらしい。しばらく話し夕方帰宅。またAnnaさんに訳分からない事言われ混乱。彼女のペースに時々ついていけない。
25日
母に蔑ろにされる夢を見て自分の怒鳴る声で夜中目が覚めまた寝る、起きたら朝の10時過ぎ!14時間睡眠!病気でも無く寝不足でも無いのにこんなに寝たの‥初めてかも。身体中が痛いし頭が混乱中だからかな。11時過ぎに家を出て、洗礼堂前のCaffeSCUDIERIにて粉砂糖とアーモンドのPastaとカフェ。バルジェッロ博物館に向かう途中、なんとバッタリにK子ちゃんに遭遇!今夜、電話をしようと思っていた所で余りのタイミングに驚き。やはりこの街に居ると不思議な偶然ばかり。一緒にCLUBHOUSEでランチをした、PastaVeneziano。しばらくお喋り。そしてK子ちゃんお家へ行き、ほうじ茶で又しばらくお喋り。今、旦那様のお母さんが病院から退院し一緒に住んでいる。かなり、大変そうだ。差別言葉も言われたり、汚くされたり、かなり大変な一癖ある人みたいだ。かなりストレスで疲れていた。私も疲れてたけど、もっと大変だよ。嫁姑問題は世界共通だ。本当に同居は大変。ましてや外国で、実家が遠いし逃げ場が無いもの。それにしても、此方で知るイタリアの年配のおばさま達は、なんだか、難しい性質の方々が多い気がする。偶々なのか‥?ミケランジェロ広場への道は真っ暗な真っ黒な杉の並木通り。この道、好き。まるで不思議の国へ向かうトンネルみたい。優しい人。
24日
少し寝坊してしまう9時過ぎ、朝からAnnaさんは支度し病院に行った。私は作品等々の荷物を郵便局に運び船便で日本へ(31ユーロ)洗濯してヨーグルトとラスクとお茶。昼前に家を出た。今日は久々に良い天気。秋晴れ。イタリアは秋は雨期なので本当に貴重な青空。しかし眠くてぼんやり。ダメだ気をつけなきゃ怪我と盗難に!平日の昼間、フィレンツェを歩く機会は少ない。まだまだ知らないお店が沢山ある。アンティークの家具や絵画がまるで舞台セットのように店内を飾る、ウィンドウから眺め思わず写真を撮る。イタリアらしい気品と情熱、いつ見てもドキッとする。Spirito教会の前を過ぎ裏道を行くとアクセサリー店、地味だけど値段も手頃でお店の女性も笑顔で感じ良い。カッシーネに向かう途中のパン屋の真向かいに綺麗なフィレンツェの「紙」の店。いつも通るのが日曜日だったから閉まっていて気付か無かった。中で日本人の女性が作業している。お店の名前も日本人の名前!凄いな‥日本人女性でここで自分の店を持ち働いて生活していく、凄い事だ。自分だったら‥と考える、イタリアに一生住む事を選んだとしたら‥、まずは言葉、仕事、そして人間関係、偏見と差別、日本の家族、全ての壁は高くとても私には越えられそうにない。強い気持と運命。Cassine公園には銀杏が彩づき、雪の如く降る。舞い散る。とめどなく。金色に近い黄色が眩しい。青と黄緑と黄色。シンプルだけど美しい。あてもなく歩いていると、ほんの数分なのにまるで永遠のように感じ、幸せを噛みしめる。こうして居られる事に神様ありがとうと叫びたくなる。公園には散歩をする人、ジョギングをする人。空には太陽に照らされた広大な雲。清潔な緑の芝生に強く日差しが当たる。並木の影は思い思いに伸びて自由な縞模様。深緑を背景に真っ白な血管のように浮き出る白樺の木。モスグリーンのArno川はそれでも周りの自然や橋をうつす。ドングリを蹴飛ばしながら、ゆっくり頭の整理。
23日
昨晩は全然寝れねかった。色々と考えてしまい。親の事など、急に心配に。Tommasoさんも辛いだろうな‥一人息子だし。人間は必ず歳を取る、老いと病気は避けられない。いつまでも元気だったり同じ状況は続かない、永遠はない。健康に生きている、これが本当は最高に幸せな事。絵を描いたり、描かなかったり、あれが美味しいとか不味いとか、つまらない事で悩んだり、笑ったり・何はともあれ健康で周りが平和であった上での事。今のAnnaさんにとって、心の支えは一人息子のTommasoさんの存在なんだろうな。ひとまず新しいアパートの大家さんと電話で話し、土曜から入居可能になった。ちょっと一安心。今朝はかなりの重さの荷物を郵便局から日本へ送る。郵便局が近くて助かった‥船便で50Euro。中身の価値より高かったりして。Annaさんは朝から洗濯したり電話したりバタバタと入院準備。物凄く元気無く、辛そう。私はなんだかちょっと気抜けし疲れてしまい。EDISONカフェで一休み。久々にDuomoに入る。観光客気分。その後アカデミア美術館に再訪。ダビデ‥やっぱり凄い。Michelangero凄い、システィーナ礼拝堂のフレスコ画も凄かった。一人の人生の中で幾つも傑作を残すパワーって‥人間を越えてる。でも、この美術館にはBernardDaddi(1320)の祭壇画もある、何より目玉はLorenzoMonaco(1370〜1425)の作品が沢山ある!やはり大好きだ、この作家。ジワ〜〜っと色が浮き出てくるテンペラ独特の雰囲気。気品があって愛らしい顔、羽や服の装飾、金の繊細な線。薄い画集を買う。画集は、きりがない。日本には売ってない画集ばかりある、欲しいけど予算的にも厳しく、それに重くなってしまうし。皆さんどうしてるのかな‥気にせず買って郵送なのかな‥。お金かかるな。こちらにきて感じる不思議な縁、何故かこうなって。やはりイタリア語の響きが好き。時々意味はちゃんと判らないけど心地よく。柔らかな声と緩やかなイタリア語。かすかに香る外国の匂い。
22日
朝早くに検査で二人は出て行った。洗濯と掃除をして雨の中、Teresaさんのアパートを訪ねる。しかし値段が高いのと日にちの折り合いがつかずダメ。あとはOさんの借りてるアパートに空きがあったはず。電話したけど通じなくて(泣)あ〜っどうしよう焦ってきた。とりあえず引越し荷物整理。かなりの荷物‥増えてる、いつの間にか。夕方、Annaさんの様子を見にStefanoさんが来た。夜Tommasoさんもローマに戻った。皆が帰ってからAnnaさんと借りてる部屋の件で話をした。と言っても殆ど病院の話だった。かなり気が立っているというか、興奮状態みたいにバーっと話したと思ったら、急に泣いてしまったり‥。かなり精神的にも良くない感じ。息子さんが傍に居た時はまだ良かったけど、これから入院まで数日間、二人きりだ‥どうしよう‥。そして、やはり思った通り今週末には私に出て欲しいらしい。入院前に部屋を整えたいらしい。彼女の性格からしてそうだろうなと思ったけど。なんだか本当にバタバタだ。
21日
日曜日、ペース掴めない。頭は混乱中。家を探さなきゃ。今は何から始めて良いか‥とにかく家に居られない落ち着かない。私のダメな部分。今日も二人が寝てる間に書き置きしDuomo前のカフェへ。Oさんに電話でアパートの件を聞く。夜、帰宅するとAnnaさんが部屋に来て明日は検査だと言う。顔を見てびっくりしてしまった。なんだか‥昨日よりも、もっと痩せたような、もっと窶れた気がする。日ごとに。こんなに急激に痩せるなんて。なんだか急に嫌な予感。もしかしたら悪い病気なのでは‥彼女の話だとよくある手術だと言ってたけど、なんだか違う気がしてきた。息子さんもわざわざフィレンツェに来てるし、やっぱりただ事じゃない雰囲気。どうしよう‥私どうすれば良いのだ。早く部屋を出てあげた方が良いのか。頭がパニック。
20日
昨日も今日も朝からずっと雨。外は暗く土曜日なのにフィレンツェの街は静か。朝8時に起きトイレを済ませ準備し書き置き残し9時過ぎに家を出る。疲れてるから本当は部屋で寝ていたいけど、なんだか落ち着かない。Annaさんは良い人だけど、超心配症というか神経質で私の一挙一動が気になってしまう人。今は体調も悪い上、最愛の息子が来ていて彼女がかなりテンパっているのが分かる。入院準備もあるだろうし。私はなるべく不在の方が良いだろう。雨中、Yさんから電話。昨晩話したら早速テレーザさんに電話をしてくれた。有難や。私も月曜日電話してみよう。いつものMELBookStoreのCaffeにて丸くてクリームのパンにラッテマッキャート。残りの3週間か‥。なんかぼんやりだ。気付いたらもう一時!ひゃー。ネットポイントいったら閉店‥。仕方なく別の場所へ。夕方、Y婦人よりご招待を受けてCasaMartelliの内部ガイド付き見学とミニクラシックコンサートに行く。とても特別な招待らしく、きちんとした身なりのイタリア人ばかり。確かにメイン通りから入る道にある元個人邸宅で普段は観覧出来ない。たまにコンサートや催しや部屋の見学などがあるらしい。良い経験。
19日
昨晩無事にフィレンツェに帰宅し、息子さんのTommasoさんに挨拶し、Annaさんの様子を聞く・病院に迎えに行くとのこと。あまりはっきりは教えて貰えず。Yさんから電話あり、お家にお呼ばれされた。一緒にジャガイモを蒸かしコロッケをつくる・キャベツ千切りにブルドッグソースをかけて白米ご飯と一緒に!最高に美味しくて幸せだ〜。この前も一緒に餃子を作ったけど、失神しそうな位美味しかった。日本は美味しい料理が色々とあるな。Spirosさんも来て一緒に作り食べた。彼もブルドッグソースは気に入ったみたいだ。でも彼が味付けたサラダが超美味だった。ハチミツ、オリーブオイル、塩、粒マスタード、レモンのソースで紫玉ねぎスライスとニンジンスライスを和えてチコリの葉っぱに乗せる。Spirosさんに作品ファイルを見せ、今、自分は変わりたいと話す。彼は良い作品だと褒めてくれた。仕事、売る事、描く事が大事で描いた後は自分から作品は離れるから値段や売れた人達の事は気にしないと。ピカソもマティスも売っていたと。考えて生きていくのは画家だけでなくどんな人生でも同じだと。他にも色々言ってくれたのにイマイチ言葉を理解できず‥。ああバカ。もったいない。言葉出来ないのは本当に損してる。勉強しない自分が悪い。夕方5時過ぎにおいとました。外は真っ暗で雨降り、寒い。冬はゆっくり近づいていて‥。バスに揺られながら、やっぱりローマよりフィレンツェの方が落ち着いていて綺麗だなと感じる。小高い丘、トスカーナの自然に囲まれたフィレンツェ。Fiorentiniはちょっとプライド高く愛想は悪いけど、ちょっと田舎ぽさもあってマイペースで、やっぱり好きだな。家に帰るとAnnaさんが戻っていた、勿論Tommasoさんも一緒。なんと、12月の初めに手術する事になったらしい!そしてしばらく息子さんはフィレンツェに居る事に。今、私が借りてる部屋は元は彼の部屋、彼は今はリビングのソファで寝ている。この家でしばらく三人で暮らさなければいけない‥。ちょっと、いや、かなり気を使う‥私の性格からして。そして、やはりAnna さんから今月末には部屋を出て欲しいと言われてしまった。そりゃそうだ、それどころじゃない一大事だもの。彼女も混乱してるし、かなり痩せてしまった。とにかく来月から帰国迄の借りれる部屋を探さなきゃ。急な事だよー困ったっー。最後まで気が抜けないイタリア。
18日
今日はローマ最終日。でも‥イマイチな1日だった‥なんというか空回りというか。疲れが出て来て体力と精神力が限界だったせいかな。これで学んだから良しとしよう。欲張っても結局はダメ。朝から階段で転ぶ、大丈夫だったから良かったけどもし頭打ってたら大変。シスターにお別れをしチェックアウト。めちゃめちゃ重たいリュックを背負い駅迄歩き、Depositに預け、駅左側の道に出てS.LorenzofuorileMura聖堂に向かう。道には若い学生達がスタスタと早足。教会迄の道の途中に「大学都市」と呼ばれる場所。ローマ大学がある。総面積20万m2で1932〜35年ファシズム時代に建築家グループによって造られた。様々な近代建築の校舎が並ぶ。素敵だ。ここで勉強出来る学生が羨ましい!ずっとバロックの世界ばかり見ていたので、とても新鮮。思わずキャンパス内に潜入。学生達の行き交う中、ちょっと見学。カフェも0.5安かった。その後教会へ向かう、道すがら花屋さんでノートと鉛筆を売っていて面白い。きっとこの近辺は教会隣の墓地と大学がメインの所なのでしょう。S.L.M教会は大通りが交差する場所にあり、正面外観には柱廊が横に並ぶしっかりした教会。ローマ7聖堂の一つ。堂内はちょっと変わっていて二つの建物を一つにした為にちょっと違和感あるアプシス。変な位置にモザイクの壁もある。ローマ時代の石棺や説教壇等々、大理石彫刻が時の重さを感じさせ、良かった。キオストロにも出れたので行くと、石榴の木のある緑豊かな中庭を囲むロマネスク様式の回廊。古い大理石の遺跡の破片が無造作に置かれ、壁にも一面並べられていた。時が止まったかのように静か。庭師のおじさんは私の存在に気付いているのかいないのか、一心に作業をしていた。教会をあとにし、Viale ReginaElenaを駅に向かう。途中、沢山の人達が行き来する場所に。つい私も入るとそこは大きな病院だった。白衣を来た方達やお見舞い風の人達や病人の方たち、ワサワサと歩いている。まるで東大病院だな。隣の大学は東大か・。なんとなく似ている独特な雰囲気。地下鉄Policlinico駅からTermini駅でAに乗り換えArcodiTravertinoへ。ちょっと中心から外れた駅。何を思ったのか、ローマ7聖堂の6つは制覇したので、せっかくだから残り一つを巡礼しようと、こんな未知の駅に来てしまった。その教会はAppia旧街道にあり、普通ならカラカラ浴場のルートから行くのだろうが、近道しようと思ったのだ。駅前には何の案内や目印も無く、バスのおじさんに聞き、バス停を見付ける。‥中々来ないバスを待ちながら時計を見たら12時迄あと30分、そして雨も降り出し‥。疲れも急にモワーと襲い、帰りの事を考えたら急にとても行けない気になってしまった。今思えば頑張れば行けたかもしれない‥。でもその時はなんだか私らしくも無く、諦めた。結局引き返してしまう‥何してんだろ。やはり信者さんでも無いのに7聖堂巡礼!なんて軽はずみに考えたのがいけない。こういう事はちゃんと心構えを持って臨むものなのだ。いつか、又の機会があったら、S.Sebastiano聖堂に行ってみたい。結局ポポロ広場の駅まで行き、ボルゲーゼ公園の近代美術館へ。でもレストランは高そうだしお金持ちそうなイタリア人がごちゃごちゃうるさくて落ち着けなさそう‥雨降りだけど傘はボロボロで乞食さんみたい。ボルゲーゼ美術館の売店に寄り、ベルニーニのローマというCDを買う。小雨になり駅までひたすら歩き、最後のローマの街並みをちょっと見ながら。排気ガスと騒音とガタガタ道・疲れたな。昔はもう少しイタリアらしさがあって雰囲気のある街だったんだろうな。これが今のイタリアの姿なのだろうか。ローマが今のイタリアの全てを象徴しているのだろうか‥。だとしたら私は、ちょっと残念だ。大好きな国だからこそ、感じてしまう。他の外国の首都と比べてしまう。やっとやっと駅到着、疲れて二階のCiaoというファミレスへ。レジでは小銭よこせと英語で言われ。席取り荷物を忘れ物と思われ、店員に片され。メガネのおじさんが座っていた机に財布ごと料理をバンと置き、追いかけて。戻るとおじさんちょっと呆れたシニカルな笑い。スパークリングワインとカルボナーラと鶏肉とベーコン巻いたローストとパンをお腹いっぱいに食べ。日本のファミレスより美味しかった。お腹減ってたらなんでもご馳走。レストランのレシートあったけどタイムオーバーでトイレで0.7取られ。なんだかなあ、もぉ。疲れが‥荷物取り、お金の節約で4時43分発、各駅Rで帰る。フィレンツェまで4時間かかる。でも綺麗な電車だった。良かった。車中でぼんやりしてたらAnnaさんからメールあり、数日前から検査で病院に入院しているらしく、今晩は息子のTommasoさんがローマから来て家にいるらしい!ナンテコッタ!そんな事になっていたとは。Annaさん、最近調子悪そうだったから‥。大丈夫かな‥心配。
17日
ローマ9日目。青空晴れ。1日乗車券を買い(4Euro)地下鉄Spagna駅からS.Gi「聖なる階段」に。言葉失った、急に神聖で厳粛な場に来てしまった気がして固まる。洗礼堂のフレスコ画が良かった。CircoMassimo駅からBasilicaS.Paolo駅迄、S.Paolo聖堂に行く。駅前はごちゃごちゃでやたらと若い子達が多かった。放課後?教会の頭がすぐ見えて、それに向かって歩いて行くと、想像以上に巨大な教会が!びっくりだ!目の前には広々とした公園。それにしてもローマは教会だらけだ。歩いていると古そうな教会が幾つも。ガイドブックに載っていなくても歴史がありそうな古い外観に堂内もフレスコ画や素晴らしい祭壇や礼拝堂。たまに小学生位のグループが先生に引率され見学をしていたりする。子供の時から、こういう古代ローマ美術やキリスト教美術に触れて育つというのは、どういう感覚なのだろう?芸術が身近な環境。再び地下鉄BにてCavur駅へ。食べたくてシチリア風ブリオッシュに挟んだジェラート(ピスタチオとフラーゴラ3.5)をCiuCiuという店まで行き食べる。美味しいけど大きすぎ、お腹痛くなりそう。歩いて4大聖堂の一つS.M.Maggiore大聖堂に再訪。これで三回目、今日は聖堂巡りの1日。
16日
朝から雨雲、そして雨。宿泊客は日々変わる、今日はイタリア人が多い。この前迄はフランス人が多かった。連泊してる東洋人は私くらいだな。日本の寺の宿坊に滞在してる西洋人みたいな感じかな?シスターの方達も宿泊客の方たちも皆さん感じ良く挨拶してくれる。耳と足痛い。駅迄帰りの時間をチェックしにいく4時40の鈍行か6時20のインターシティか。戻る時にS.M.dellaVittoria教会に再訪し「聖テレーザの法悦」を見てからViaVenetoを上りボルゲーゼ公園へ。今日は予約したボルゲーゼ美術館の日。早目に着いたけど荷物預けたり入口間違えたりでちょっと遅れ入場。なんとLucasCranachの特別展示もやっていた!なんていう幸運!大好きなCranachの作品を一度に沢山観れるなんて!画集で恋焦がれ見ていた作品に対面できてテンション上がり。当たり前だけど画集より実物の方が良くて。やっぱり好きだこの人物の顔。そして植物の線、動物の顔、全部良かった。肖像画などで細い線でスッと描いてある部分とか日本画に通じる所がある気がする。チマチマ細かく描いてある所はインドネシアとかの宗教美術を思い出す。このCranach展を見るためにローマに来たんだな‥きっと・納得。 そして館内にはBerniniの彫刻作品が!す、素晴らし過ぎて、もぅ言葉無い。完璧・どの位置から見ても感動!美しく‥髪の毛先から指先、足の爪まで全く隙が無い。そしてドラマチック。良いな〜〜。立ち去り難かった。じっくり見ていたら時間切れで追い出された。最後の方の油絵見損なう・悲しい。すっかりエネルギーを使ってしまい、ひとまずボルゲーゼ公園の中を抜け、ポポロ広場まで。雨上がりの道には水溜まりが光っていて、少し霞んで見える木々の影の下、誰も居ない道をてくてく行く。賑やかなポポロ広場からViadelBabuinoの「MuseoAtelierCanovaTadolini」という19世紀初めに活躍した彫刻家のアトリエをカフェ兼レストランにした店にて一休み。ラッテマッキャートと超小さなパニーノで7ユーロ高い〜、店内には大中小の彫刻作品が所狭しと飾られていて、アトリエの独特な雰囲気だった。しばらく休み。その後パンテオンに向かう。Raffaelloのお墓参りをし、近くのコーヒー専門店「TazzaDoro」にてAnnaさんへお土産Cafeの粉を買う。店内は歴史がありそうで使いこんだカウンターに沢山の人達がカフェを立ち飲みしていた。疲れて帰。‥ お金は天下の廻り物とは言うけど‥教会前などに居る物乞いの方達に、時々少ない小銭を施しする。すると、だいたい後からその分のお金が戻ってくる。得したり拾ったり。今日も帰り道、買物したらレジで御釣りが足りなかったらしくオマケしてくれた。今朝、施しした金額と同じくらいだった。面白いな。日本でも1000円寄付したらその日に一万円の賞品券が当たった事あったな。
15日
晴れ。朝食にも飽きを通り過ぎ最早慣れた。朝9時に出る。月曜の朝は仕事始めのせいか忙しく人々は行き交う。マルケス劇場の脇道を入り旧ユダヤ人地区へ。今はトラットリアや商店もあり余りゲットーの面影は感じない。狭い町中に古代ローマ時代の遺跡のOttaviaの列柱が現れた。そこだけ時代から切り離された古代の空気、不思議。美しいシナゴーグを拝み、そこから紀元前62年に造られたFabricio橋渡りTiberina島へ。ここは中州になっていて紀元前291年に医学の守護神神殿が奉られ、回復を願う人が集まるようになり、16世紀に建てられた病院は今でも現役。島のS.Bartolomeo教会に入る。小さいがブルーやグレー、ピンクの重厚な大理石で厳か。病院の目の前の教会、きっと沢山の人の心の拠り所なのでしょう。反対側の橋を渡りTrastevere地区に。Tevere川をはさんだ向こう岸はローマの下町。建物も低く古びた壁には蔦がワサワサとからまり、秋の彩と共に物悲しさも。時々感じる、イタリアの暗い部分。まずはS.M.intrastevere教会へ。4世紀半ばに建てられた。正面ファザードのモザイクと堂内後陣モザイクが見事!身廊床はゴスマーティ様式で幾何学模様が素晴らしい。その後細い道を行き坂道を登り、S.PietroinMontorio教会へ。丘の上にあって、此処からの眺めも良く空が広い。小さな教会だったけどRicco、Bペルッツィフレスコ画が良かった。まだ後二ヵ所‥と迷子し歩き途中で、あ〜12時の鐘が鳴ってしまった、タイムオーバー。昼休みになってしまった教会が次に開くのは午後4時から‥。ひとまず中心に戻って町中の小さい教会で一休みしPranzoにローマ風FioridiZuccaのPizzaを食べた。ローマのピザチャンピオンの店だそう「DarPoeta」。日本に居た時はPizza一枚を一人で食べるなんて多すぎだし味に飽きるし無理だったけど、今は本当に普通に食べるようになってしまった・胃拡張。それにしても足痛い‥私にはローマの道、かなり険しい。そしてゴミ箱の中を歩いているかのように汚い地帯も・ごみ処理問題はナポリが深刻らしいが‥“ブンガブンガ”なんて笑ってる場合なのだろうか。4時迄時間があるので頑張って歩き、SantAngelo城に向かう。今日も曇っていたり晴れたりで気温が高く暑い、半袖の人もいた。SantAngelo橋の10体の天使像が青空と光る雲をバックに神々しかった。正にバロック音楽がぴったり。橋から眺める街並みも秋めいた色、美しかった。Vatican、S.Pietro大聖堂に再訪。今回は気持も落ち着いて冷静に見れた。それにしても全てが巨大、豪華、バロック。主祭壇奥にて聖歌隊の合唱が行われていたが観光客も沢山いて厳粛な雰囲気は無い。だだっ広い広場を又ひたすら歩き、来た道を戻ってTrastevere地区に。目当てのS.F.aRipa教会へ。ファザードがびっくりな程地味。少しピンク色で女性的。扉を開けると静かな暗闇の中、その空間だけが灯っていた。ゆっくりと近づいて対峙する。私とその礼拝堂だけの世界。ベルニーニの作品で一番好きだ。「BeatoLudvicaAlbertoni」の彫刻。ベルニーニ80歳近くの作品。そしてこの教会の雰囲気も好きだな。その昔、聖人サンフランチェスコがローマを訪れた際に宿泊した場所だそう。外も暗くなり、体力も限界に。最後のS.CeciliainTrastevere教会へ行く。道に迷い諦めた時に辿り着いた。劇場のような綺麗な教会、噴水もありライトアップされていて、驚いた。マデルノ作の「S.Cecilia」像を拝む、切ない位美しかった。主祭壇の天蓋A.F.Canbio作も真っ白く美しかった。また来たい。この辺りは狭い路地に硝子工房やお洒落な雑貨屋も数件。抽象画を飾る誰も居ない小さなカフェ「LlLLO」で一休みし、部屋に帰る。
14日
早くもローマ6日目。晴れ暖かい。昨晩も余りよく寝れ無かった。いつもの朝食とDespaで買ったパサパサのリンゴを食べ、朝一番に有名なトレヴィの泉へ。日曜日の朝、人もまばらな静かな町中にトレヴィの泉はドーンと現れた。17年前の記憶では確か後ろ向きでコインを投げ入れたような?‥今は禁止みたい。路地裏の空間に大きく広がる水面と滝のように流れ落ちる水、巨大なバロック彫刻‥カメラの電池を部屋に忘れ‥間抜け。その後ViaCorsoからVenezia広場に出て右側にまわり、かなり長い階段を登りS.M.inAracoeli教会へ。ファザードは茶色の壁みたいに地味だが7世紀からある教会。入口前からは良い眺望。堂内にはピントゥリッキオのフレスコ画「聖ベルナルドの生涯」が。少し汚れ?のせいか全体的に暗く感じたけど、しっかりした描き込み。その後再び歩きマルケス劇場へ。この辺りは遺跡がボンボンとある、すぐ脇には現代の車道が張り巡らされ車が走りまわる。古代と現代が共存するローマは本当に不思議な都市。可愛いらしく美しいFortuna神殿Vesta神殿を眺め、有名な「真実の口」のあるS.MinCosmedin教会へ。口に手を入れて記念撮影する為の行列が出来ていた。ヘップバーンは永遠だな。ひねくれ者の私はそちらには並ばず教会内部に。丁度ミサの最中だった。厳かな雰囲気、そして今まで見てきたミサとは違う、儀式のような独特な雰囲気に呑まれ。違う国に来たような錯覚。この教会は6世紀に近辺に住んでいたギリシャ人の為に建てられたそう。どうりで参列してる人がSpirosさんに似てる訳だ。その後、武骨でチーズの塊みたいなGiano門を通り、ローマ建国伝説の地といわれるS.G.inVelabro教会へ。ロムルスとレムスが雌狼と発見された場と言われてるらしい。ゴスマーティ様式、後陣のフレスコ画も保存状態よく綺麗。再び戻ってチルコマッシモまで行く。す、凄い‥眺め!足元に広がる壮大な敷地、ローマ時代に戦車競争などが行われ競技場跡。今は犬が走りまわる野原。丁度向かい側にパラティーノの丘の遺跡がまるで何かの要塞かスターウォーズのセットのように眺められる‥こんな形で現代に残っているのが異様というか不思議。古代の様子を想像するのもロマンを感じて楽しい‥。そしてカーブを描くようなViaTermeを行く、閑静な住宅街で庭付きの館のような立派な家が坂道沿いに並ぶ。この辺りはローマの成城?。昼になり、ずっとまともに食事していないのでPranzoは一度位はローマ料理を食べなきゃと思いテスタッチョ地区のTrattoria「ne arte ne Parte」という店にてCoda alla Vaccinaraというオックステールをトマトで煮た物を食べた。パンも温かくてFunghiも辛くて美味(20Euro)。近辺を歩くが人気も無くテスタッチョの丘は緑がワサワサして荒れた飲食店が何件かあり、ちょっと治安悪そうに見えた。イギリス人墓地の横をてくてく行く。この辺りは日曜日のせいか人も少なく下町のうら寂しい感じが。真っ黒な犬とヒゲのお爺さんが屋根ごしぼんやり空を眺めていた。大きな通りに出て左に行くと交差点にピラミッド!?一辺22m高さ27mの紀元前1世紀に造られたローマ時代の個人の墓。街に溶け込んでいた。坂道を上がりマルタ騎士団の鍵穴へ。館の扉の鍵穴を覗くと丁度ピッタリと左右植え込みに囲まれたサンピエトロ大聖堂が見える。楽しい。見たかったので満足。でも銃を持つ重装備の男性が数人立ちやや重たい空気。近くのSavello公園に立ち寄る。オレンジの木が何本かあるSavello公園の展望場からTevere川と街が眺められた。Tevere川沿い溢れんばかりの黄葉した木々が気持を和ませてくれた。Palatino橋を渡り、ただならぬ雰囲気・時の経過を感じさせる「壊れた橋」を見る。そしてTiverina島へ。急に沢山の人出にびっくり。足が痛くなり、人と車で大混雑の町を抜け部屋に帰。夕方4過ぎに着きシャワー浴び、眠くて寝る、8時過ぎ電話で目覚める。あぁフィレンツェが恋しい‥もう帰りたいな。ローマ遺跡や芸術は確かに凄いし街の人も皆さん親切で感じ良い‥けど、ぐちゃぐちゃCaotica騒がし過ぎ。見栄と権力の誇示、宗教の力、現代の喧騒と観光用の店々‥ちょっと過剰な街。私には何か感じたり考えたりする場では無いかも。
13日
この部屋は目の前が高速道路かって言う位うるさくて寝れない。というかローマは車の往来が激し過ぎる、なのに歩道はボコボコし、充分な広さは無く危険、歩きづらい。この町がこの国の首都かぁ‥。遺跡の関係で整備出来ないのでしょう。ボルゲーゼ公園に向かう。フェリー二の「甘い生活」に出てくる「Cafe Paris」を発見。あ〜この界隈は高級ホテルばかり、きっと素晴らしい部屋に豪華な食事なんだろうなぁー。指くわえ横目で見ながら通り過ぎ‥飢えてる私。園内は朝のせいか人も全然居なくローマに来て初めてちょっとほっとした。静かで緑多い公園。残念なのは園内にも車道が沢山あり、車は走っている。それでもジョギングする人や広場には犬の遊び場があったりしてかなり広い。落葉をカサカサ踏みながら秋の彩と匂いを感じた。風が吹くと金が舞う。ドングリが山盛り、今にも動き喋り出しそうな大木、童話に出てきそう。でもやっぱり日本の秋の色とはちょっと違う。木の種類のせいもあるだろうし、空気が違うから光りの反射で色の見え方が違ってくるのだろう。日本の景色は日本画、岩絵の具がやっぱりピッタリくる。西洋の風景は油絵の質感かな。当たり前の事を改めて感じ。でも道具に縛られて描くものを決めつけたり限定するのも、もはや意味は無い。何を使って何を表現するかは自由。どうしたいか、どうなりたいか、も自由。全ては自分次第。大事なのは創る物に「責任」を持つ事なのかな。ベンチでスケッチしサラミとルッコラとペコラとフンギポルチーニのサンドを食べてたら、茶色い大型の洋犬が近寄って来た。可愛いいな・なんて思ってたら、いきなり突撃してきた〜っっしかも泥だらけで!きゃ〜っと逃げたけど服も画材も泥まみれ。しかも逃げた先にてんこ盛りの犬糞を‥踏んでしまった(涙)もーイヤーっっ飼い主どこ〜っって居ないし‥。広過ぎる公園での野離し散歩も考えものだよ。半べそかきながら必死で拭いて、ボルゲーゼ美術館に向かう。ところが今日明日は満杯とのこと。明後日の11時の予約チケットを買う。予定変更でチョンピの丘まで歩き、街並みを眺める。西に傾いた太陽が眩しく屋根に反射し光っていた。ポポロ広場では何かイベント?をやっていた。歩き疲れViaF.Crispi68「La Fenice」という歴史ありそうなRistranteでお茶休憩。その後バルディーニ美術館に向かう。イコンがある。オレンジ色が背景金に映える。修復が完璧なのかどれも綺麗。縦長の聖母子、ボロボロ感良し。FilippoLippiやっぱり良い天使羽にミッショーネ、髪の毛、花飾り、肌、服がテンペラの透明感、金装飾が清らか。Peruginoテンペラ板絵、小品2点、AntoniazzoRomano(1435〜1508)4点顔良し。ぼちこに似てGiovanniBelliniシンプルながら強くHansHolbein(1497〜1543)根性Caravaggio!「Narciso」「Giuditta e Oloferno」S.Francesco in Meditazione重ねてる厚み感ありひび割れしてない。赤と黒。白と黒。大サロンの天井画、「神の摂理の勝利」楽しい〜っ。ソファに横になって寝ながら鑑賞。大迫力!四方の金色の壁が印象的。窓の外は薄い黄色、夜になりかけ蒼くグレー。LorenzoLotto(1480〜1556)があった聖母子キレイ、GuidoReni「BeatriceCenci」フェルメールの「青いターバンの少女」のモデルだそう。確かにポーズと雰囲気がそっくりだ。Raffaello「La Fornarina」顔が凄く熱心に描いてあり、ラファエロさん、この女性の顔が好きだったのね‥きっと。すっかり外は暗くなり、宿泊場に帰宅。ViaNaziomaleのスーパーで間違えて高い缶詰買い落ち込んで帰宅。ああ貧乏。
12日
晴れ・青空。シスターはお金に関してはしっかりしてる、生きてく為当たり前か。今日はベルニーニの日にした。朝、9時前に出て4つの噴水の道からすぐ、S.AndreaalQuirinale教会へ。ベルニーニの代表作建築。内部はかなり小さな空間で横長の楕円形、不思議な感じ。溢れるバロックの世界。目の前の道ViadelQuirinaleを行くとQuirinale広場。ちょっと緊張感に欠ける大統領官邸を拝み、同じ道を戻ってモーゼの噴水近くS.M.dellaVittoria教会へ。こちらも観るべき物はベルニーニの「聖テレーザの法悦」。堂内は暗く、仄かな灯りの中、ようやく対面。ベルニーニ最盛期の作品。過剰なまでの服のヒダと対照的な滑らかな手足と顔。強調され、神秘的な美しさ。教会内部はやはり小さいが宝箱の如くRicco。その後ViaTorinoを下り、S.M.Maggiore大聖堂へ。こちらはかなり立派な聖母マリアに捧げられた聖堂で、内部は様々な時代の様式。後陣のモザイク「マリアの戴冠」が見事!ローマモザイクの代表作。形も魅力的だが色が豊かで華やか。そして、見落としてしまいそうなベルニーニのお墓をお参り。その後近くのS.Prassede教会へ。路地裏に入り外観も地味!だけど内部は厳かな雰囲気。こちらもモザイクが素晴らしかった。9世紀のモザイクはビザンチンの影響もありつつローマモザイクの代表作。売店でハガキ買うとちょっとお祈りの仕草をしてくれた。嬉しい。その後ローマ最古のS.Pudenziana教会へ。まわりに取り残されたような空気。修復工事中だった。それからViaCavourをひたすら歩きローマ国立博物館へ。凄い現代的というかモダンだな。フレスコ画「VilladiLivia」は展示部屋全体にフレスコ。紀元前20〜10年のものらしいが、とてもそんな時代には見えない色彩鮮やか。モザイクは素朴でいて力強く、生命力を感じる。人間の根源的美意識。共通券で、ディオクレティアヌスの浴場跡(博物館)に行く。緑溢れ、公園のようになっていた。駅前の喧騒が嘘のように静か、噴水の音だけ。無造作に彫刻作品が点在し放置されている。自作のゴルゴンゾーラとハチミツサンドを食べてたら猫がきた。298年〜309年に作られた3000人が利用できたという浴場。今は一部が綺麗な博物館になっている。「地球の歩き方」をさっきのベンチに置き忘れ慌てて取りに戻る。これだけは無くせないよ〜(焦)。すぐ隣にはS.M.degliAngeli教会がある。ミケランジェロが古代ローマ時代の遺構を活かした設計。一見、本当にモダンで新しい何かお洒落な建物かと思ってしまった。主祭壇のL.Rottoの作品はびっくりな程小さかった。遠くて見えない。その後、共和国広場を抜け、車の溢れるViaNazionaleを真っ直ぐ進みGesu教会の裏道にあるクリプタバルビ(歴史博物館)に行く。新しい建物内に遺跡の展示。それから細道を行きS.M.SopraMinerva教会へ再訪。教会前のミネルバ広場にあるオベリスクを乗せたゾウのモニュメントが印象的。ベルニーニの弟子の作品。教会内で一休みしてから再びViadelCorsoを行きブランド街中のファザード修復中のS.LorenzoRucina教会へ。ベルニーニ晩年の作品「ガブリエーレフォンセカの肖像」がある。暗くて良く見えないが、確かに周りにある他の肖像より格段に素晴らしい。それから賑わう町中を人混みかき分け、S.AndreadelleFratte教会へ。Mesaの最中だった。こちらにも、ベルニーニの「天使像」2体。元々はサンタンジェロ城の橋に飾る物だったけど、時の法王が余りに素晴らしいので、コピーを飾り本物はこちらの内陣前に左右に置かれた。確かに室内にはバランス的に大き過ぎる気がした。風を感じる、迫力。教会の目の前がベルニーニの家。ベルニーニざんまいの1日は彼の家の写真を撮って終了。はぁ、疲れた‥半ばスタンプラリーのようにムキになって廻った。すっかり日も暮れ、ライトアップされたトリトーネの噴水を見つつ部屋に帰。排気ガスが酷くて喉がすっかりガラガラ痛い。
11日
朝からどしゃ降りの雨・時々雷。外が騒がしく目が覚める。9時過ぎに出て地下鉄でヴァティカンに向かう。駅からの道を知らず雨の中、開店準備中の美容院のおばさまに聞く、親切。城壁が見えてきたが、酷い雨で入口がよく分からなく苦労。なんとかMuseoに到着、全く並ばず気抜けする程スムーズに入館。とりあえず順路に沿って行く。エジプト美術から古代彫刻等々を見てタぺストリーの部屋、地図の部屋が良かった。システィーナ礼拝堂はやっぱり凄くて口開いて双眼鏡で上ばかり見る。本当にミケランジェロ氏は人間じゃないよ、一人の人生の中でやり遂げる仕事量が普通じゃない。何かが取り付いてたんじゃないかな。周りのギルランダイオ氏とかペルジーノ氏のフレスコ画がなんだか礼儀正しく大人しく感じてしまう。絵画館のフォルリのフレスコ画破片の展示が可愛らしく色彩良く。一休みしてからもう一周り同じルートを廻る事にする。2時過ぎてたけど朝より全然拝観者が減っていて、見やすい。見逃した作品や色々と再確認しつつ。二回目だと気持も落ち着いて見れた。それにしてもRicco‥。外はいつの間にか晴れていた。そして外に出て、サンピエトロ広場に向かう。広場敷地内に一歩踏み入れた途端、又もや感嘆。昔々の記憶が甦る。巨大な柱が楕円形状に並び、回廊の上には何体もの聖人像が大空をバックに建ち並ぶ。サンピエトロ大聖堂に入るために持物チェックの長蛇の列。40分位待ったかな。カトリック教会の総本山‥内部も何もかもが巨大‥はぁ〜っ‥凄い‥感動というより頭クラクラ。しかも疲れきっていて、足痛いし‥フラフラ。今日は限界。また再訪しよう。ミケランジェロのピエタを遠目で確認し、外に出た。サンタンジェロ城通り過ぎ、空は夜になりかけて白い三日月、うっすらとした夕陽に天使像のシルエット。遠くまで続く街のオレンジの光。同じ国でもフィレンツェの夜景とは全然違う。Tevere川の橋を渡りスペイン広場への道を真っ直ぐ歩きスーパー見付けて、買い出し。賑やかなブランド街を通り抜け、宿へ。疲れた。
10日
昨晩は寝れねかった.三時間位。外が喧しい。朝は食堂のような所でロゼッタという中身が空洞の固いパン1個にハチミツ、水とお茶。ワオ質素、と最初は思ったが美味しく充分だった。朝9時前に出て今日もまずはスペイン広場迄行き、ViadeiBabuinoへポポロ広場からS.MariadelPopolo教会に行く。ここで観るべき物はカラヴァッジョ油絵、礼拝堂内に向き合うように二枚の作品はあった。主祭壇のビザンチン板絵「マドンナデルポポロ」が素朴ながら神々しかった。キージ家礼拝堂は残念ながら修復中、幕が。そしてViadelCorsoを真っ直ぐ下り、キージ宮からピエトラ広場、コリント式の列柱が美しい神殿跡を通り過ぎS.M.SopraMinerva教会へ。天井が青く鮮やか。何よりまずはアンジェリコ様のお墓参り‥優しい顔。すぐ近くに弟子のゴッツォリの板絵「聖母子」。Filippinolippiのフレスコ画で埋めつくされた礼拝堂もある。Perzinoのキリストの絵が小品だけどとても良かった。その後、建物に囲まれたパンテオン脇を過ぎS.LuigideiFrancesi教会へ。こちらもカラヴァッジョの作品「聖マタイと天使」「聖マタイの召出し」「聖マタイの殉教」が並ぶ。バロック様式の教会にカラヴァッジョの世界は余りにぴったり合う、ドラマチック。殺人まで犯したこの人はどんな人格の持ち主だったのだろう‥光と影の画面のように精神も陰と陽の二面性?。それからすぐ近くS.Agostino教会へ。やはり此処にもカラヴァッジョの「巡礼の聖母」がある。それにしてもどれも本当に力作、緊張感、迫力。上手いなー‥。道に迷いながら裏道のS.MdellaPace教会へ。こんな細い裏道に教会。ローマは本当に教会だらけだ。ファザードが柱のある半円形で素敵。ラファエロのフレスコ画を確認し外に出ると曇ってきて、雨が降り出した。仕方ないので雨宿りにアルテンプス宮の博物館に入る。観たかった作品「ルドヴィシの玉座」があった!物凄く美しい。世界の宝物だな。両側面にも浮き彫りされていた、こちらも綺麗。神秘的。良かった。雨が上がりナボーナ広場を通り抜け、マッシモ宮抜け、そのままバラッコ美術館の脇を真っ直ぐ行く。フィオーリ広場を横目に通り過ぎてTevere川沿いに出た。シスト橋を渡った所で、また突然のスコール!傘が無く川沿いの並木道で雨宿りの場所なく、ひぇ〜っと、とにかく走る。ようやく建物見付けて、中に入り雨宿り。何かの施設?かな。他にも女の子が雨宿り。お互いびしょ濡れだ。小雨になったので目的地の国立コルシーニ宮美術館に行く。人は居なく本当に此処かなあ‥と行くと内部は豪華な宮廷。17、18世紀の絵画が展示されているが、やはり此処も観るべき物はカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」。赤の布の色が強く美しかった。又もや強く降り出した雨と向かいの家の窓灯りをぼんやり眺め。しばらくすると青空になった。今の内にと歩き出す、車道と歩道の境が無い道で、嫌な予感はしたけど‥ギリギリに走り去る車、そして水溜まり。案の定、バシャーッと水が私にかかった。マンガみたいに見事に。ブツブツ文句言いながら拭いて。本屋に寄り、部屋に帰。疲れた。今日はカラヴァッジョな1日。
9日
朝から大雨、やたらに重たいリュックを背負いフィレンツェ駅8時30発AVにてローマへ向かう。駅でバナナ食べ。いよいよというか、やっとというか。観るべき物が多すぎて、消化不良にならないよう、慌てずゆっくりと。宿泊先は修道院施設Suore dellIimmacolata(1泊50EuroでColazione)さすがにローマは都会!大きな駅に沢山の人間・通りには車や人々が激しく行き交う。雨降り傘さしながら宿泊先まで歩く。びしょ濡れだけどワクワクだ。居心地良く感じるのは何故かな‥。誰も私をチラッと見たりしないからかな。皆、外国人慣れしている、差別的な雰囲気も感じない。30年以上も東京で生きてきたせいか雑多な都会がちょっと懐かしく。空気汚い、騒がしいと文句言いながらも‥。地図を見ながら道を探していると仕事中らしきバイクのお兄さんが「大丈夫?道に迷ったかい?」と声かけてくれる、なんて優しくてカッコイイんだ!ローマ素晴らしい、と単純な私。修道院施設に着くと扉は堅く閉まっていてブザーを押すと、明るい笑顔の年配シスターが。まるで子供にするように私の顔を撫で迎えてくれた。部屋の鍵を渡され、三階に行くと廊下で若いシスター女子達がお掃除してる。部屋は笑ってしまう位全く何も無く、とーっても狭いっ。ちょっと動いて何かするたびに何処かにぶつかる(笑)。でも清潔キレイ。この部屋で少しは煩悩と邪念払って慎ましく。 晴れたのでひとまず街を散策。ViaSistinaを行くと直ぐにあの有名なスペイン広場が。17年前の印象では階段にいっぱい人が座っていたのに雨だったせいか、すっきり、普通の階段だった。ひとまずポポロ広場に出てみる事にしてViadelBabuinoを行く。それにしても町中は活気あり、歩いても歩いても栄えていて素敵なお店が。ポポロ広場はドカンと広く二つの教会が印象的。ここから道が放射線のように3本出ている。ViadiRipettaを下って行く事にした。美術学校を過ぎるとナボーナ広場近くに出る。此処にも噴水と教会。本当に教会や噴水や広場が至る所にあって、優雅な街並み。凄いなローマ。そのままマッシモ宮を抜け左に、てくてく行くといきなり又もやだだっ広く巨大な建物!ヴェネツィア広場とヴィットリオエマヌエーレ2世記念堂。大理石の階段を上がるとテラスになっていて街並みを見渡せる。イタリア国旗が風にはためく。「イタリア、凄いね‥」と改めて思った。すぐ近くに古代ローマ遺跡が剥き出しに残っているのが見えた。不思議だ。遺跡の中に街があるのか、街の中に遺跡があるというか‥。そしてViadeiForilimperialiを行くと、ドーンと有名なコロッセオが現れた。す、凄い、良く残っているな・本当に不思議な風景。しばらく眺め、コロッセオ裏側のViadiS.G.inLateranoを行く、急に人気が無くなり落ち着いた雰囲気。サンクレメンテ教会にはMasolinoの綺麗なフレスコ画が(修復済?)。後陣天井には素晴らしいモザイク「十字架の勝利」。サンティクアットロコロナーティ教会には、ビザンチンのフレスコ画が。そしてサンジョバンニインラテラーノ教会に入る。厳かなミサの最中で私も少しだけ参列し旅の無事を祈った。並木通りのViaMerulanaを上って行くとサンタマリアマッジョーレ教会、暗くて良く見えなかった。ViaSistinaへ向かって歩き修道院に帰る。今日は本当に地図の上から下へとよく歩いた。疲れたぁ‥。それにしても寂しい部屋。
7日
Barbaraからメールあり、夕飯に招待された。旦那さんのStefanoさんとそのお兄さん夫婦も。奥様はお腹大きく、12月出産予定。勿論AndreaさんとKさんも一緒。Barbaraは7人分の料理をガッツリ作ってくれた。AntipastoはPeraにGorgonzoraとNoceを乗せて焼いたもので美味しかった。あとトリネーゼらしくViterraSarsadiTonnoを。あとPepelonata。パスタもOrecchiniという耳の形に似た形でブロッコリーソースで美味だった。食後酒のスプマンテに四種類のジェラートとプチケーキも食べてしまった‥。最近食べ過ぎだ。本当にベルトが‥。
6日
フィエーゾレの夜景。フィレンツェの街は無数のオレンジの光。夜空には点々と星。弱い光りだけど柔らか綺麗。
5日
う、嬉しい‥っ。やっと、学校が終わった‥自由だ。一区切り出来た。嬉しいよぅ。語学学校のお世話になったBarbara先生とRita先生には最後、挨拶しに行き、Rita先生とはラーメンを一緒に食べ行く約束をしてたのに果たせ無かったので、日本のインスタントラーメンをあげた。Barbara先生にはロシアでバレエダンサーを目指す娘さんにあげてと、日本の可愛いキャラクターシールをプレゼント。二人とも本当に喜んでくれた。二人とも、目に涙うるうるさせ、私をギュ〜ッと強く抱きしめてくれた。「ぐるじぃよぅ」と日本語でつぶやいてしまった。先生は「また会えるのを楽しみにしてるから、サヨナラは言わないわ、またいらっしゃい。元気でね」と言ってくれた。出来の悪い生徒ほど可愛いいのかな?なんて、でも二人ともいつも優しく気遣ってくれた。感謝だな。darteも今日で終わった。結局、模写は完成出来なかった‥けど続きは残りの滞在中に部屋でやろう。 先生方にお別れの挨拶。びっくりしたのはSonia先生が意外にも少し涙ぐんでくれた。Sonia先生はいつもきびきびしていて、さっぱりした女性、まさかこんな風に別れの挨拶をしてくれるは思わなかった。続きが完成したら日本からメールで作品写真を送る約束をした。Patrizioさんも自分の作品カタログをくれて、日本に帰国するまえに感想を言いに来てね、と言ってくれた。それにしても作品カタログが分厚くて立派!そして‥かなり頑張っていて世界各地で展示している。なんだか、やたら凄い人だったのね‥。最後の最後で知った‥。事務のAnaberraともお別れ・哀しかった。本当に優しくて感じ良い人。こんなに言葉が出来なくても、少なからず通じ合えたのは本当に幸せ。此処の先生は皆さん素晴らしくて熱い方達。夜の帰り道、ライトアップされたシニョーリア広場を歩きながら「なかなか頑張ったアタシ‥」と独り言‥そしたら急に泣けてきた。
4日
今日も無事に学校終え、夜、YさんとGiovanniさんに誘われ「KOME」という日本料理店で焼肉をご馳走になってしまう。Spirosさんも一緒、久々に会う。韓国な味、幸せお腹いっぱいだ。有難や。Spirosさんから外国人としてフィレンツェに住む事、作品を制作していく事等々、色々と話を聞く。本当に真面目、真摯な方。
3日
嫌な思をいをする。苦手なものはもう無理しない。嫌なものは嫌なのだ。無理や義理や気遣いで自分を殺すのはバカみたいだから止めよう。日本人同士だからと誰でも合う訳では無い、かといって極端に日本人を避け外国人と一緒に居るのを選ぶ留学生もいるでしょう。イタリア人でも日本人でも何人であろうと自然に、自分と気が合う人と居るのが一番良い。

10月

31日
雨のハロウィン、日曜日。夜、フィレンツェには数少ないベジタリアンのレストランに誘われて行く。ドイツビールやサラダ 豆料理等々‥量が多い。良い店。意外にも若い男性客多数!見かけも正に草食男子風、イタリアにも居るのかぁ。ドイツ人も多い気がした。
30日
今朝も早くに目が覚めたので、Sita9時40分のバスでColle di Val dElsaへ行く事に。Siena行のバスの途中にある街。中世の頃は北からローマに向かう巡礼者の通り道だったそう。10世紀頃は羊毛や製紙、16世紀頃からは硝子産業が発展し、今はクリスタルが盛んらしい。町はBassaと高台のAltaと分かれている。バス停降りると‥目の前にはPiazzaが‥あるはずが、無い。何にも無い公園と集合住宅。地球の歩き方に書いてあったのに〜っ。狼狽していたら庭を掃除するおばさま発見、冊越しに「すみませ〜ん‥」と聞いたら歩いて10分位だと丁寧に道順を教えてくれた。良かった。無事に到着。周りには丘と黄、紅と色付いた葉の木々、遠くに蒼く霞む山。トスカーナの自然に囲まれた静かな街。Bassoはバスターミナルやお店もあって少しだけ人通りもある。とは言っても、褐色のレンガ屋根に石造りの建物。街中の一角から整った公共のエレベーターがあり、直行で上がると高台のAltaに着く。眼下には緑が生い茂る丘とBassoの可愛らしい町並みが見える。空がひたすら広い。坂道の多い、石畳の路を行くと、正に中世の佇まいを残していて時間が止まっているみたいだ!今迄、イタリアの色々な街を訪れたけど、何処も確かに歴史ある古びた景観、だけど観光地化が進んでいて、やたらお土産屋や子洒落たレストランが並び興ざめしていた。が、此処は違う!昔の建物をきちんと生かしつつ、本当に住んでいる人達がゆっくりと過ごしている。確かに少しはクリスタル関係のお店もあったけど、静かで落ち着いている。煤けた石造りの堅牢な家々はぴったりと寄せあって建ち並ぶ。ふと見上げたら小さな窓から白髪のおばあちゃんと黒猫が一緒に覗いている。目が合うと、にっこり笑顔。2時間もあれば一周出来てしまう小さな街だけど、城壁からの眺めも素晴らしい。中世からの古い教会も幾つかある。スケッチしながら散策。どこを見ても真実、感動。歩いていてもお店に入っても街中の人達皆、感じが良く親切・Colle V.E住みたい!私のお気入り世界の町ベスト5に入る町だ!ランチはバッソのちょっと下町風の店へ。おば様と旦那さん経営?知り合いばかりのお客さんで荒々しい男性ばかり!皆ペラペラ世間話をしながら食べてた。13EuroでPenneとCarne、Contrno、水、パン全部食べてしまった、お腹痛い位いっぱい。午後は再び町中をスケッチ。すると、近くに人が来た気配‥変なオジサンだったら嫌だなと、チラッと見たら小学生位の男の子。はにかみながら「Buongiorno‥」と言って私の絵が気になる様子。「絵が好きなの?あなたも描くの?」「うん、好き。学校で描くよ」と男の子。ふと見たらちょっと離れた所でご両親がニコニコして私達の様子を見ている。「これは、あそこの景色を描いたの?」と男の子。「そうだよ、こっちはあの教会で、これは、向こうの丘で‥」と他のスケッチも見せてあげたら、わぁと目を大きくしていた。なんて純粋で可愛いいのだ〜。 「Ciao〜Buonagiornta」とお別れした。凄く気持が温かくなった、癒された。あの子の顔、一生忘れたくないな。
29日
無事に何事もなく1日が終わって、こういうのが一番幸せ。やっと最近あのアメリカ人オジサンも笑顔を。ささやかな気になる事も全てが自分の思い込みや被害妄想のせいだったりする。考え方次第で全ては変わる。自分の悪い癖をつくづく感じ、反省・背けてしまいたい嫌な自分と向き合う日々。
28日
無事に学校を終え、夜、日本の友人Y子さんが旅行でフィレンツェに来たのでDuomo前で会う、嬉しい。またひたすらお喋り。サンタクローチェ近くピザをご馳走になった。有難や〜美味〜。日本の知り合いに会うと我に帰る。現実の世界はすぐ。楽しみでもあり哀しみでもあり。
26日
辛抱辛抱、ラストスパート。今週から朝の9時から二時間が語学、11時から夜7時迄が絵の学校に時間割変更。語学学校はついに上級クラスになってしまった‥レベルついて行けない気がする。それより模写制作が間に合うか心配。
25日
月曜日、朝から雨、外は真っ暗。傘をさし、足元に気をつけながらふらふらと行く。途中でZecchiで筆を買い、MELBookStoreへ。明るくて広い店内。二階のカフェにてLattemacchiatoと甘いコルネット美味し。お姉さんも感じ良い。11時過ぎ、darteへ。事務の優しいAnaberaに挨拶し、しばらく作業。誰も居ないアトリエは静かで良い。昼過ぎいつものForno迄歩きPranzo。また3時から7時までdarteにて制作。あまり周りを気にしないように、ひたすら努力のみ〜技術修得!
24日
今朝、Micheleさんからメールあり車を出してくれると言う。10時30にPonteGrazieで待ち合わせして車で40分位。Pratlinoへ行く。有名なG.Bolognaがある。想像以上に広く、整った公園。芝生広場、ポプラの並木道、遠くには小高い山が見える。黄色、橙と紅葉した木々がもりもりと続く。足元にはカサカサと落ち葉。少し曇り空でも風は無く、拝観者もほとんど居なく静かだった。公園の中程にいわゆる休憩所のようなCaffeがあり、ちょっと休憩。Micheleさん、車苦手なのに、わざわざ運転してくれて唯一の休みなのに有難い。お腹減りPranzoにS.BorgolorenzoにあるTrattoriaへ。小川や木々の生い茂る中にポツンとあり、周りには何も無い田舎なのに、その店の駐車場だけ車がいっぱい!店内もびっくりする程にお客さんで満席。お祭り騒ぎのようにワイワイと昼間からワインを飲みランチを楽しむ人々。だいたいがグループで子供からお年寄りと、大家族?親戚一同なのかな・イタリアらしい光景にちょっと感激。料理もボリュームあり美味しかった、満腹。その後周りの林の道をふらふら散歩。綺麗な小川に落ち葉が流れる、橋の上から眺め。小道を行くと家庭菜園なのか畑が・キャベツやニンジン、生き生きした彩。ひたすら長閑。昔のお祖母ちゃん家に似てる。人間はこういう生き方できたら幸せだろうな。トスカーナの秋・静謐で郷愁深く・美しい。
23日
ようやくSabato、今日はVolterraに行くぞ!と意気込み朝の6時に起床しSitaに行くが、今日は土曜でバスが無いと言われる。平日だけだって‥くぅー、仕方ないのでViareggioに行く事に。電車で二時間位。トスカーナ州の西の端、リグーリア海の海岸。夏は海水浴客で賑わうリゾート地だ。こんな季節外れに女独りで海辺へ、演歌だよ‥と思ったけど着いてびっくり!なんて可愛らしい街!住宅も商店もピンクやクリーム色の壁にリゾート地らしい華やかなアールデコ調にデザインされたバルコニーや窓。街中には市場、魚屋やパン屋、靴や服の日用品など沢山。教会には海をイメージさせる水色のモザイク画が。町人もどこか活気がある。そして海!広々とした砂浜、遠くには消え入りそうな海岸線、雲がゆったりと横に流れる。緑と青を混ぜたような海の色。綺麗で泣きそうだ。Viareggio住みたい!浜辺には犬を連れた人やジョギングをする人、そして波の音。やっぱり、海って良いな‥。何処の国でもどの時代でも、結局は自然が一番素晴らしい・と当たり前の事をしみじみ。流木に座り、しばしスケッチ。急に冷たい風‥寒くなり空が濃紺色に、小雨が降り出した。海沿いには綺麗なカフェやレストランが並ぶ。雨宿りに近くのカフェで休憩。夏が過ぎ、すっかり人もまばらな落ち着いたメイン通りを眺めていたら、すっかり晴れた。再び砂浜をふらふらと歩く。歩く度に靴が柔らかい砂にサックリサックリとはまる。濡れた砂の色。小さな薄紫の貝殻。繰り返し続く波の音。
22日
語学学校の今月のコースは今日が最終日。だいたいの人達が明日帰国。今月のクラスも皆、良い人達ばかりだった。毎回、どのクラスも良い人達ばかり。今まで様々な国の人に出会ったけど、世界中良い人達ばかりだな‥と本気で思う。W.Barbara先生も本当に熱心、落ちこぼれの私を気遣ってくれ優しい。
21日
今日の語学テスト全く出来なかった。途中でポワンとしちゃって、解脱。ずーっと落ちこぼれだな。明日が憂鬱。こんなにイタリア語で苦労し頑張ってるけど、日本に帰ったら何の役にも立たないのよね‥。嫌と言う程この数ヶ月、劣等感と恥をいっぱい感じた。それも良い経験かな。darte は下塗り終わり、色作り。ほとんど先生が作ってくれた。自分一人でできるか心配。Sonia先生に「Tu sei veramente Brava」と誉められ。イタリア語も上達したわよ!と言われ、思いっきりNo〜!と否定してしまった。とはいえ励みになる、嬉しい。
20日
冷たい風、落ち葉。冬の気配。darte、下地削る、模写下塗りに入る。やっぱりSonia先生は素晴らしい。色々と反省。勝手な思い込み、悪い方に捉えないように。全ては考え方次第と気付く。
19日
気分が重い。クラスの人達は皆さんSimpatici。私が勝手に壁を作っている。仕方ない、そういう性格。疲れる性格。被害妄想か先生も私をバカにしているように感じ私だけに意地悪な質問をしているように感じてしまう。私の言葉を初めから変だと決めつけてるように感じてしまう。時々、マイナス思考になる自分、なんだろうこの性格。Barbar先生は優しいし気を使ってくれる。多分自分から話さない日本人の私が悪いのだ、でも無理な時は無理。そんなに話したくないし、喋れない。今は全てが無事に早く終わって欲しい。今日はdarte休みなのでPalazzoStrozziでBRONZINO展がやっているので行く。とにかく最初から最後まで、展示作品全てが素晴らしかった。息抜けなかった、ずっと力入ってしまった。最近で一番の展覧会だ。画面全体、細部、大作、小品、全てが本当に良かった‥。作品とは関係ないけど、美術館には年配のきちんとしたイタリア人拝観者がちらほら。皆、絵を見ながらあーだこーだと話し、係員が「シーッ静かに!」と注意、それでもしばらくすると話声は騒がしくなり‥まるで小学生の社会化見学だよ。携帯鳴れば、普通に会話をし出す、本当にイタリア人って子供みたいだなあ(笑)。日本はマナーがきちんとしている。でもちょっと神経質過ぎる気も。イタリアの自由さがちょっと羨ましい。
18日
あっという間に月日がたつ。“時間”は恐ろしい位に平等に確実に過ぎ。今日は下地を初めからからやり直した。やっぱりSonia先生だと分かりやすい。先生は相変わらずちょっと厳しくさっぱりとした態度、とにかく教わるだけきちんと習おう。それにこの経験は自分が教われる立場になった時の教訓になる。ちゃんと肝に命じ徹しよう。
17日
晴れた日曜は気分が明るくなる。11時キョーコと電話、ゴロが居なくなって家族皆、調子悪いらしく心配。12時過ぎに出て、S.Sprit教会前のメルカートに立ち寄りCavaroneroのペーストとMaroneジャムを買う。PecoraのチーズのPaninoが売っていたので食べ歩き。そのままてくてくとアルノ川沿いを行く。今日の空は真っ青、遠くに巨大な雲、秋晴れ。大好きなCassine公園に久々に来た。並木道には橙色や黄色の落葉が濡れ彩る。風が吹くと、紅葉が陽に反射し、キラキラと光りながら舞う。アルノ川は深緑色、流れはゆっくり。川沿いに並ぶ木々が丸くて可愛らしい。しばらくスケッチしていたが、MicheleさんとPiazzaPoggiで待ち合わせしていたので慌てて向かう。Micheleさんが頼んでおいたSavaの詩集をプレゼントして下さった!嬉しくて浮かれていたせいか、お気に入りのマフラーを何処かで無くした‥。気付いてから二人で歩いた道のりを辿ったけれど、見つから無かった。また紛失物‥ガックリ。夜はAnnaさんとCenaの約束をしていたので、すぐ帰宅。シチリアの友人から届いたというトマトソースのパスタと凄く新鮮で美味しいFormaggioをご馳走になる。Annaさんはまだ体調はすぐれないらしく、木曜に胃カメラ検査をするみたいで、かなりブルーな様子。
16日
日本の友人k子さんがSienaに居るので私も朝9時のバスで行く(7Euro)。車窓からの眺めが美しい、Toscanaの秋の自然が広がる。まだ太陽は低くベールのように白く靄がかかった丘や糸杉、黄色く紅葉した林。神様がいそうだ。k子さんとCampo広場で会い、私はひとまず前回見れなかった、市立美術館(8Euro高っ!)へ。市庁舎の中の各部屋にはフレスコ画が残っている。SimoneMartiniのフレスコ画「荘厳の聖母」を見る。中央の聖母子は修復のせいか、きちんと描かれフレスコ画でも衣服や椅子等に金の模様が緻密に施されていた。市庁舎の地下は市民ギャラリー?になっていて、今日は硝子や家具や衣服などの工芸品のグループ展示会だった。デザインされたものからオブジェのような物等々、オープニングなのかとても賑わっていた。その後国立美術館へ。金地背景テンペラ山盛り。まずはDuccioの作品が数点ある。やや破損はあるけど顔の彩色部分は綺麗。制作途中?のもあり肌の下地ベルダッチョが見れた。下地の初めから輪郭線しっかり書いてある。ハッチング跡がよく分かる。小品の「Madonna.dei Francescani」亀裂あるけど細かい。SimoneMartiniの板絵は少し顔の感じが違う、初期の作品かな?Nicclo di Segnaの作品も。小品なのに、板が反っていた。LippoMemmi スッとした表情が高貴。AmbrogioLorenzetti(1319〜1348)が沢山ある!品があって優しい顔、「LaPiccolaMaesta」が!硝子ケース反射してよく見えない。その他に衣服模様に刻印、どうやるのか?かなり要り組だ模様だから金を張るのかな?大変そう。ハッチングが判るのと判らないのがある。1400年代もMatteoGiovanni、FrancescodiGiorgio等々。SanodiPietro(目がギョロとしてる)‥最上階は1500年代油絵、何故かDurerあり。JacobMarrel花が美しい rameに油、SeguacedelPintricchio板絵がだいぶ変色して暗いけど静謐。PietrodiFrancesco1458〜1496赤い服赤い羽に金背景。金箔も古びてやや剥げ朱色のボーロが見える方が詫び錆びがあって好き。金って凄い強いな‥。改めて感じる。VenturaSalimbei(1569〜1613)キャンバスにテンペラで金箔背景、珍しい。一通り観て、その後、近くのBarで美味しくないCappucino飲み、3時30にk子さんと再び待合わせで会い、二人でSienaの町並みが見えるS.MariadeiServi教会へ向かう、誰も居なく静かで良い教会、P.Lorenzettiの聖母子があった。夕方、小雨が降り出した、曇り空とSienaの煤けた赤レンガの街並みが哀しくなるくらいぴったり合っていた。k子さんとは今日でお別れ、次に会うのは日本だ。お互い無事にまた再会出来ますように。
15日
日ごと少しずつ冬に近づいてきている。薄い朝陽の照らすアルノ川は白く霞み、空が遠い。歩く人も革のジャケットにブーツ。学校後、模写する予定のBotticerliの絵をもう一度見たくてUffiziに行く。なんだかんだでメモしながら見ていたら閉館時間まで居た。結局、模写下地は一からやり直しにしよう。来週からSonia先生に再度教わろう‥基礎が大事。
14日
最近毎朝お腹壊す。体調イマイチ。やっぱりSonia先生じゃないとダメだ‥。Patlizioさんも居ないし代わりのMonica先生だと、なんだか頼りない。しかも下地失敗した。穴が空いた。Cottoneの繊維が飛び出たというか‥。削るけど消えない。仕方なく上から再度ジェッソ塗る。夜はk子さんと会い、スーパーでお惣菜買い、ホテルの部屋でご飯した。又々、日本からの救援物資を頂戴する。有難い〜。
13日
語学学校で先生が皆に質問をした「イタリアで仕事を見付けてずっと住みたいですか?」皆、だいたいが「Si!」と言ってる中で私だけ「No」。先生もあらって顔をして理由を聞かれ「言葉の壁があるし大変そうだから」と差し障りのない答え。本当に思ってる事を言ったらシラケるでしょう。午後はdarte。今日はPatlizioさんが色々アドバイスしてくれた。下地の段階だったので大事。でも膠の柔ららかさとか乾き具合とか感覚で判断していて、やっぱり難しい。きっと気温や湿度で変わる。日本で自分でやる時は何回か実験が必要。何故かPontrmoの話になり、何処に作品があるかとか色々教えてくれた。なんで私がPontrmoを好きなのが分かったのだろう‥。
12日
日本の友人のk子さんがフィレンツェに旅行で来た!ミラノベネチア、と廻って来てフィレンツェ三泊、その後シエナ、ローマに行くらしい。夜、Duomo前で待ち合わせし「Pizzaiuolo」に行く。久々に会ったけど一人旅を満喫していて変わらず元気だった。話しをしていて、日本に引き戻される感覚、日本の日々を思い出す。現実の世界がもうすぐ待っている。今のイタリアの生活は永遠には続かない。当たり前な事だけど、改めて考える。残りの時間を有意義に過ごしたい。
11日
寝ても寝ても眠い。午前中の語学学校終え、一度帰宅し、休憩。午後はdarteへ。Sonia先生休みで代わりのMonica先生。だいぶ前からこの学校には日本人は私一人。英語やイタリア語やスペイン語が飛び交う。せっせと模写の下描きをしていたら、後ろから「日本人ですか?」という日本語が。えっ?と思い振り向くと金髪の男性‥。お話したら、なんと30年も日本の川口に住んでいるというハンガリー人の方で、今はバカンスでフィレンツェに来ているとの事。ペラペラの日本語に呆然。イタリアで日本語喋る外国人に出会うって‥なんだか不思議。ちょっと混乱し私の喋る日本語が変になっていた。彫刻コースにスイス人とパナマ人の子がまたレッスンしに来ていて再会出来て嬉しく喜びあった、けど名前忘れて思い出せない‥今更聞けないし、カタカナに本当に弱い私。
10日
日曜、朝起き、洗濯し、Conadに買い出し。またキョーコと電話。午後3時過ぎに家を出てPalazzoPittiへ。Y婦人から誘われたコンサートがPitti宮の中の一室Sala di Fiorinoで催される。日本の伝統文化(音楽を中心)をイタリアに紹介するというMagnificoClubというのをご友人が主催しているらしく招待券を頂く。前回はお琴、今回は琵琶奏者の方がいらした。Pitti宮殿内の一室、彫刻の装飾やシャンデリアのある部屋にステージが用意され、ススキや秋の草花がいけてある。お客様はイタリア人と日本人が半々だった。着物姿の日本人女性もちらほら。最初、イタリア人のリュート奏者の方が数曲演奏。その後、袴姿の琵琶奏者の方が出場。まさかイタリアでしかもこんな場所で琵琶の演奏が聴けるとは思わなかった。なんとも言えない日本独特の間、抑揚、語りが新鮮。堪らなく良い。たった一つの楽器で季節や情感を感じさせてくれる。急に恋しくなる、ああ歌舞伎が見たい‥。やっぱり日本文化の情緒と繊細な感性は深い。初め「檀浦」を演奏し、次にオリジナル作品のサンフランチェスコの物語を琵琶と長唄で奏でた。勿論日本語で。中々面白いし斬新だなぁと思った、けど、どうしてもその音色と声からサンフランチェスコやアッシジの情景が浮かばない。しっくりこない‥。一つの試みとしては、とても良いと思う。でも、やはり本当に感じさせる事が出来るのはその国のその楽器、その文化なのでは‥。だからイタリア人のリュートの音色の方は教会や回廊の空気が感じられた。でも、これは凄く当たり前でシンプルな事。なのに、私、今、改めて心底気付いた‥。これ凄く大事だ。よく考えよう。
10日
朝早くにAnnaさんは検査のため病院に行った。私は晴れたのでCinqueTerreに行く事にした。駅はLaspezia(9.3Euro)2時間かかる。以前行った大理石の山、Carraraを通り過ぎ、リビエラの終点Laspeziaから電車、または船で5つの漁村を巡れる。ユネスコ世界遺産らしく、観光客がいっぱいだ。この一帯は交通手段が限られた時代が長く、独自の文化が育まれたそう。切り立った丘には何世紀にも渡り人間の手によってセメント等の接着剤を使わず石組みが組まれ、段々畑のブドウ畑が。山の斜面にはオレンジ、黄色、緑とオモチャのような建物がびっちりとくっついて建っている。すぐ前は湾になり海が広がる。 崖沿いが遊歩道になっていて、てくてく歩く。なんだかぼんやりしてしまい、あまり何も感じない。古びた漁村といってもお土産屋やオープンテラスの華やかなレストランが並ぶ。古い街並を見世物に、売っている物やレストランはちゃっかりした高い値段。なんだか空々しく嘘ぽくて、イタリアってどこもディズニーランドみたい。ああ、だからアメリカ人観光客が多いのか。そんな事言ったら観光地は何処もそうか。でも海は果てしなく光っていて綺麗だった。
9日
キョーコにメールしても返信なく。何を見ても泣けて来て、頭も痛い。全てが虚しく腹立たしく感じる。フィレンツェの騒がしさに居たたまれず、バスでFiesoleに来た。風が強くて‥。遠くから犬の吠える声‥。日本で家族と一緒に、ゴロを看取りたかった。やみくもに歩きFiesoleのS.Francesco教会へ向かう坂道の途中でキョーコから電話。秋の太陽が少し西に傾く。フィレンツェの町並みが見渡せるベンチに座り二時間位話す。最期の様子を聞き、両国のお寺に運びちゃんとお坊さんに法要して貰えた事を聞き、色々な話しをし、二人でまたひたすら泣き‥。最後まで、ゴロから色々な事を教えて貰った。感謝だな‥本当に、よい犬だった。ふと見たら夕焼けの太陽が、雲間から驚くほど強く街を照らす。私を照らす。眩しくて、温かくて。ああ ゴロちゃん、夕焼けになったんだなあって、思った。
8日
昨日は平和に過ぎる1日のはずだった。授業後、Oさんに偶然道で会い、昨日まで盲腸で入院していたと聞き、びっくりし、凹み気味の彼を励ましつつ近くでお茶をして。Y婦人宅に用事で行き‥。弟から電話。とっさに胸騒ぎ、弟がゴロの死を告げた。信じられなくて、血の気が引くような感覚、足がすくむ。電話の後ろから家族の泣く声が聴こえる。でも私は直ぐには泣けなかった。Y婦人のお宅にいたし、頭が混乱して、ただ本当に悲しいのは、凄く苦しんで死んだ事。朝から夜の11時近くまで酷い痙攣を繰り返し、息絶えたと。往診の獣医さんも来てくれたらしいが、手遅れだった。足は悪かったけど食欲もあったし、まさか。脳の病気に犯されてたなんて。いや、一年前からちょっと変な様子があったのに病院にいかなかった。本当に最低、申し訳ない。私、ちゃんと可愛がってあげてただろうか‥世話を妹に任せっぱなしで、自分の事だけして。私にゴロを哀しむ資格なんて無いのではないか。ゴロが苦しんでいた間、私は、何も知らずに、普通に過ごしていて。全く知らずにのほほんと‥。最低だ。ああ、もう帰国してもゴロは居ない。あの目、あの口、あの耳、もうあの頭を撫でれない‥。部屋に帰り独りになったら、急に悲しくて悲しくて、ひたすら泣く。大声で泣きたかったけど Annaさんに聞こえてしまうので我慢した。
7日
ゴロが死んだ。ゴロが死んでしまった。急に、この日が。ああ‥なんで私こんな所に居るんだ。最期は、一緒にいると決めていたのに。悔しい‥。
6日
今日も暑い、良い天気。午後は電車にてEmpoliに向かう(3Euro)。又もや全く情報無し。ただ写真でみて、ちょっと気になる街だったので行く事に。体調も万全という訳ではないけど、残りの期間を考えると、じっとしていられない。駅前から真っ直ぐ伸びるViaRomaという路を歩く。少し雰囲気がPistoiaに似てる。お腹減りひとまず“C.risiamo”というCaffeに入る。中に入ると昼休みのせいか凄く混んでいて会社員風?の人達がパスタ等々ワイワイと食べている。沢山のワインボトルが壁や棚一面に並べられお洒落で現代的なお店。意外に小さい町にもこういうちゃんとしたお店があるのね。地図も無く、インフォメーションも見つからず‥なんとなくの勘で又歩き出す、と写真でみた場所が現れた!Farinata degli Uberti広場。こじんまりしてるが四角形、広場を囲うように周りにはアーチのポルティコ。中央には立派な噴水が、三人の女性像が大きな円形盤を掲げその下には四頭のライオンが座っている彫刻。シンプルだが綺麗な白と緑の大理石の教会。近くに付属美術館もある。開館時間が4時からなので、少しだけ広場でスケッチ。確かアルノ川も流れているはずだと思い、看板を手がかりに探す、と川が見えてきた!しかしフィレンツェのアルノ川とは全く違う‥河原には草がボーボーに生え何処からか工事のような音。橋も味気ない普通の橋。埼玉のおばあちゃん家の近くに似てる‥。こういう景色って世界共通‥?。開館時間になり美術館に。4時過ぎても開いて無い‥。しばらく、いや、だいぶ待っていたら一人の女性がサカサカっと来た。お〜い遅刻〜っと思ったけど、まあ良い。小さい美術館だったけど、祭壇画がいっぱい!こりゃびっくりだ! 敷地は広くはないが教会の一部が美術展示場になっていた。まず二階の回廊にはかなり大きく保存常態も良いAndrea della Robbiaのテラコッタがある。しかも他の作家を含め5個位あった。入口すぐ一階はMasolino(1383〜1440)「Cristo in Pieta」のフレスコ画が。肌の陰影が綺麗、表面がかなり波打っていて味がある。 Paolino da Pistoia(1490〜1547)モノクロの聖母子フレスコ画 Bernardo Rossellino (1409〜1464) Scuola Fiorentinaの作品も幾つかあった。二階は祭壇画が充実!Nicolo di Pietro Gerini( 1368〜1415)沢山 Lorenzo di Bacci (1370〜1427)マリアさまの顔が良かった。ジオット的 Maestro di Signa 堂々としたForma筆使いも。板厚い。まさかの対面!LoreozoMonaco(1370〜1425)が二点も!かなり立派な祭壇!色が暗い(変色?)けど完璧。キリストが可愛らしい。 FilipoLippi(14061469)小さな板絵もあった。Jacopo di Arcangelo(1422〜1493)聖母子美しい板絵。今日のCoCo壱はAntonioRossellino(1427〜1479)France scoBotticini(1446〜1498)によるTabernacolo(聖像を安置するための教会内部の小礼拝堂)優美なデコレーションに中央に彫刻、左右に天使の油絵(?)。迫力。小さな美術館だったけど、良かった。帰り際、入口で“Casa di Pontrmo”というチラシを発見!エンポリってポントルモの出身地?!知らなかった‥又もや嬉しい発見。よし行こうと思い、受付の遅刻女子に尋ねると、地図で場所を丁寧に教えてくれた。が、今日は休みとのこと‥グワ〜ン‥またか。仕方なくとぼとぼフィレンツェに帰る。
5日
疲れが抜けず喉痛く、風邪ひかないようにしなくてわ。晴れたので学校後、電車でS.GiovanniValdarnoへ。ガイドブックには載っていないし全く未知。でもMasaccioの故郷でBeatoAngelico氏の絵があるというので日本に居る時から気になる町名だった。フィレンツェから各駅で50分位。駅前は何も無くてどうしたものかと一瞬途方に暮れる、ちょっと東川口に似てるような‥でも必ずイタリアの街中には広場があるはず、そして其処にインフォメーションがあるはず!と思い、とりあえず人が歩いている方角に向かう。と、やっぱり!教会と広場が現れた。そしてインフォメーション!良かった。すぐ近くのBarにてPranzo、とても美味だった。Iのおじさんも凄く親切で、沢山パンフレットや案内をくれた。驚いたのは街を紹介する冊子で日本語版があった!カラー写真の立派なもの!でも不思議‥こんな所に日本人観光客が来るのかな‥?需要はあるのだろうか‥。思わぬ素晴らしい物を手に入れ凄く嬉しい!街の中心にドンとあるのがアルノルフォ宮殿。14世紀初頭に建てられ時代ごとに改築され今の姿に。外観にある柱廊には様々な紋章が飾られていて面白い。後ろ側にはMasaccio広場があり、サンロレンツォ教会がある。崩れそうな石造りで簡素な姿、街の最古の教会。案内冊子によると正面は下層が四角形の切り石、中層部がレンガ材、下層が川で採集された小石が利用されているらしい。堂内に入ると暗く誰も居ない。暗闇に目が慣れてくると、ようやく周りの壁にフレスコ画を確認できた。それくらい、状態は良くなく部分的にしか残っていない。右側壁のフレスコ画断片がMasaccioの弟でloScheggia(1406〜1486)の作品。弟は長生きしたのね。確かになんとな〜く形というか顔の書き方が似ているように感じた。そして、すぐ近くの壁にやや小さい(破損ひどいが)フレスコ、Masaccioの作品ではないかと推測されているらしい。中央祭壇にはGiovanni del Biondo(1356〜1398)「聖母戴冠と聖人」があった。色彩が華やかで金箔もしっかりとしミッショーネから刻印と全て綺麗な常態で驚いた。それに形も初めて見るような不思議なデザインで個性的だった。この教会を出てすぐ左にはS.MariaGrazie聖堂が建っている。一階にはドアが開け放たれた奇跡の礼拝堂と呼ばれる空間が。洞窟のように何もない粗削りの石の空間。奥には銅製の蝋燭台が白いテーブルクロスをした卓上に静かにあった。隣接するお目当ての美術館に行くが、ナント今日は休館日〜グワ〜ン残念。また来ないとダメかなぁ‥。う〜ん‥。仕方なく町中を散策するとCasa di Masaccioを発見。Masaccioの生まれた家。どうやら今は現代美術のギャラリーに。同じ建物のすぐ脇にアンティーク食器や絵画を売る趣きのあるお店が。ウィンドウを覗くと背丈20センチ程の天使の人形が窓枠に垂れ下がっていた。値段を聞こうと店内に入ると白髪のおじさんが居る。しかし彼は店主じゃなくてお友達らしい。店主は今ちょっとだけ留守してるとのこと。戻ってくるまでそのおじさんと少し話す。彼は「Loscheggiaは知っているか?Masaccioの弟でこの人も素晴らしい画家なのだ」と言っていた。知名度は低いけど、街では有名なのだろう。店主が戻り、この天使を買う。ついにイタリア土産として宝物が一つ買えた。嬉しい。5時の電車でフィレンツェに帰る。
4日
S.Marco美術館に行くとキオストロにてフレスコ画の修復作業している。組み立てられた鉄骨の作業場は布でカバーされていたが一番上の台でライトの元、淡々と筆を運ぶ後ろ姿。細め小柄な髭の若い彼。イヤホンをし音楽を聴きながら。ライトをつけたまま、下に降りてきて離れて眺め、確認。またライトを消した状態で離れて確認。再び作業場に登り、慣れた手つきでパレットに絵具を混ぜ調合しはじめ、淡々と塗り始めた。寒くもなく暑くもない、穏やかで静かな作業時間。彼がとても羨ましくて、しばらく眺めていた。午後、d'arteの新しいコースの初日で気張って行くが担任のSonia先生が居ない!?バカンスだって。来週からになった‥。事務の方が私とっても謝ってくれる。連絡しわすれたらしい。気抜けの1日。
3日
Domenica朝9時50のバスでBarbaraの家に行く。トリノ旅の報告をした。私が余りに気に入ったと言うので彼女も喜んでいた。Barbaraはイタリアの歴史や芸術に関する知識があって頭が良い。どうやら、外国人にイタリア語を教える事を本格的に仕事にしたくなったみたいだ。私がきっかけになったとしたら、それはとても嬉しい事。昼、カタコトの日本語を話す人のいるCaffeに入る。28歳だと言う彼は今晩会わないかとか明日はどうだとか、変に誘ってきて気持悪いのでもうホントに行かないな。午後はMicheleさんと会う。良い天気なのでミケランジェロ広場を散歩。日本語を教えるというより、もはや私がイタリア語を教わっている状態のような‥。
2日
Sabato9時発プルマンに乗りシエナに向かう。12年前に訪れた事がある。確か城壁外の小さなホテルに宿泊した記憶。バスから降り立つが、全く覚えていないので、あらまぁ‥と思いながら、とりあえず人の流れに任せ歩く。その内、急に自分の頭の奥の引き出しから、ふっと一致する場所が現れた!あ!と見たらカンポ広場への小さな階段。わぁ懐かしい!霧がかかりマンジャの搭の上部は霞んでいた。浅いすり鉢のように傾斜した広場にはまだ観光客もまばらだ。ゴシックのPublico宮を拝み、Jacopo della Querciaの噴水を見て、お土産屋が並ぶViaCittaを歩きDuomoへ。ば〜んと現れた見事なファザードにドビックリ!こんなに凄かった!?ロマネスクゴシック様式、NicolaPisano、GiovanniPisanoをはじめ様々な芸術家が設計に携わる。白ベージュを基調に薄いピンク色とモスグリーンの大理石、そんなに巨大ではないが彫刻、浮彫り等がびっちりと埋め尽くす。多くはコピーで実物は美術館に。10Euroの共通チケットを買い、堂内に入る。またまたドビックリだ!何処を見て良いか分からなく成る程に床から壁面天井と、凝りに凝った装飾と彫刻と絵画と‥教会というより宝箱の中みたい。まず驚くのは床面装飾。その上には冊をして通れないので間を縫って堂内を見学。象がんと掻き絵にて聖書の様々な絵柄が。切り絵のようで魅力的。やはり石は強い、周りの油絵より惹き付けられ、下ばかり見て歩く。14世紀後半から200年に渡りPinturicchio、Beccafumiなどによるもの。どうやら普段は保存の為に板でカバーされているらしいが、丁度、特別期間らしく観れた。写真撮りきれない、Riccoな教会。Piccolomini家の祭壇も素晴らし、そして何より目を見張るのが図書室だ!一歩入った途端ドびっくり!ピントゥリッキオの色鮮やかで緻密なフレスコ画が全面に!「ピウス2世の生涯」。フレスコ画だけど所々に金が盛り上げで使われていた。壁面には展示ケースがあって1400年代の羊皮紙の聖歌集が!クラクラしてしまう。堂内にはこれまた見事な説教壇があり、やはりNicolaPisanoと息子Giovanni等と共に制作した物。これでもかっ!という超レリーフ。Duomoだけで満腹。昼になり、12年前に入ったBarを記憶を頼りに探す。裏道にあっておじさんが一人でやっていた古びたBarだった。だけど、やっぱり真新しいBarになっていた。入ると地元民がLottoをしたりする何て事ない店でカプチーノとパサパサのPaninoを食べる。つい、旅先ではいつもこういう場末というか、地元の人達が気楽に行くような店に入ってしまう。特別に美味しくもなく、綺麗ではないけれど、安くて、だいたいお店の人はうっすら笑顔で迎え、他のお客さん達はチラッと一瞬私を見る。明らかにいつもは居ない東洋人の一人旅、席に座る、ちょっと異質な、浮いているであろう自分。もう二度と来る事は無いかもしれないけど。居心地も余り良くない中、ぼんやりとその空間に居る。不思議な一時。共通券で付属美術館に入る。1階には彫刻郡。NicolaPisano、GiovanniPisano(1248〜1314)など堂々としていて、手の大きさが少し大き目に感じた。やはり遠くから見た時の為だろうか。JacopodellaQuercia(1386〜1466)の作品も凄い‥何でもやってる。暗い展示室の中、一際素晴らしいのがDuccioの下絵を基に作られた円形のステンドグラスだ。配色が柔らかく品があって、形もデザインも素朴で凄く良かった。Donatelloの「聖母子像」もコチラに本物が飾ってあった。2階が凄かった‥12年前も物凄く感動し最高に印象に残る作品だった。久々の対面だ。薄暗い部屋の扉を開け、その作品に向かう。く〜っやっぱり凄い!12年前の記憶と少し違う印象もあったけど、やっぱり素晴らしいDuoccioの「尊厳の聖母」(1308〜11)何がこんなにも良いのだろう‥。中央に聖母子が座り左右に聖人と天使。彩色部分はしっかりと塗り重ねてあり控えめな彩りと金箔。背景の金は古び擦りきれ下地の赤いボーロが見える。天使の羽がミッショーネなのか、一筋一筋が繊細。何より“顔”が素晴らしい!聖母子の表情も周りの人物の表情も全て慈悲深くて高貴。そして一番好きな部分はマリアさまがキリストを抱いている手。衣服の色も透明感があり、それでいて強い。やはりテンペラ、良いなーーっと強く感じた。他にも沢山の宝が展示されていたけど、この一点で吹き飛んでしまった。名残惜しかったけど、直ぐ脇の洗礼堂に向かう。中に入ると共通券の最後がOratorio di S.Bernardino, で地図を見たら少し離れた場所にある。仕方なく歩く。石畳のくねくねした路を迷いながら行くと、ぱっと視界が開け広場にでた。ベンチでお喋りするお年寄りやはしゃぎ回る小さな子。見守るようにSantaMariadeiServi教会がある。13世紀頃の教会。飾り気ない粗削りの石造りだが、西陽に照らされ、とても穏やかで美しい。その横に付属美術館がある。シエナ派の絵画を堪能。夕方ヘトヘトになり5時30のプルマンで帰る。

9月

30日
木曜、秋晴れ。やっぱり朝からなんだかわだかまりというか、変な感じで、この先まだあるのに、憂鬱。語学の授業後、スコットランド人のWilliamさんとたまたま会ったのでMartelliでお茶をした。スコットランド‥ほとんど知識無し。彼は仕事が“木と海”と言った。未だ良く理解出来てないけど材木で家具や店舗の内装を創るらしい。あと仕事?で世界中の海に潜る(スキューバの講師)と言っていた。お互いイタリア語がたどたどしいけど、彼はイタリアでは英語は使わないとのこと。東京にも旅行で来た事あるらしい。沢山旅をしてる人は壁が無く何かと屈託が無い。多分、言葉が通じないという状況がそんなに苦ではなのかな。darte休みなので夕方Micheleさんのやっている本屋に伺う。教えて貰った住所を頼りにふらふらと向かう。アルノ川沿いをずっと歩き、街路樹などの緑が少し多くなってきて、そこから右に一車線の道をひたすら真っ直ぐ。住宅街の中、小さなパン屋や肉屋など昔からありそうなお店。空地でサッカーをする子供。すっかり観光地ではない普通のフィレンツェ。落ち着くし、知らない道を歩くのは楽しい。中々辿り着かなくて、おかしぃなあと思った頃に一軒の小さな本屋を発見。店の名前は“l'angolo libreria”。その名の通り、路の角にあって硝子のウィンドウには無造作に書物がディスプレイされていた。扉を開けると少し奥まったスペースに小さなカウンターにレジとパソコン、Micheleさんは大きな身体を隠くすようにちょこんと座わっていた。 お世辞でも素晴らしい本屋さんとは言い難いけれど、こじんまりとした空間に、所狭しと本が並び、一見何処に何があるか判らない雑多な店内は、子供の頃よく父親と行った浅草の書店に似ていた。レジの椅子に座らせて貰い、しばらくお喋りをしていたが、意外に?!お客さんが後から後からいらっしゃる。日本の接客の仕方を教えてあげた「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」とお辞儀してみたり。夕方になり、仕事の邪魔ばかりしても悪いので失礼をした。 アルノ川沿いを歩くと一面に夕焼けのオレンジ、紫色の雲。夜はHさんお土産で頂いたインスタントカレー食べて幸せ。直ぐに寝た。
29日
喉痛い‥急に寒くなり、秋に。新しいクラスにはブラジル人が沢山とスコットランド人とオーストリア人とノルウェー人とメキシコ人。日本から友人のHさんがフィレンツェに旅行で来たので夜会うことに。丁度、友人の友人でジュエリー作家の方がグループ展示会をするというので、一緒にオープニングパーティーに行った。場所はViaBorgoPintiのレストラン内の壁面にて箱額に入り展示されていた。皆、日本人の作家さんだったけど、どれも個性的で素敵だった。Hさんにも久々にお会い出来て嬉しく、猛烈な勢いでお喋りしてしまった。しかも日本食の差し入れを頂戴した!わあ〜い!嬉しい。昼間のモヤモヤした嫌な出来事も吹き飛んだ。こういうタイミングで、辛い時にはちゃんと慰めてくれる事が起こる・ありがたいな、本当に。感謝感謝だな。
28日
学校へ。新しいクラスが始まる。ちょっと喉痛い。ブラジル人沢山。とりあえず付いて行けるか判らないけどダブルBarbara先生で幸せ良かった。ラストスパートがんばろ!
26日
雨音で目が覚める。外は暗い。紅茶とヨーグルトを食べ、レインコートに傘と・外に出る。雨降る朝の日曜日、誰も歩いて居ない。地図を見ながら須賀敦子氏の本に出てくる道をたどってみた。須賀氏にとってSavaは特別な存在だったに違いなく、ただのエッセイしか読んでいない私にとっては、坂道は普通の坂道でしか無く。それでもトリエステにどうしても来てみたかったのは、何故だろう‥。山に囲まれたフィレンツェで少しづつ知人も増えてきて、嬉しい反面、少し離れたかったのかもしれない。人種も言語も多様だという町に、私の事を誰も知らない遠い町に、行きたかっただけかもしれない。寂しがりのくせに矛盾してる。街の店々は固くシャッターを閉じ、時折車が水しぶきを上げ走り去る。多分、平日の昼間だったら賑やかであろう道を、とぼとぼ歩く。こんな状況が堪らなく楽しく感じる自分は変なのかな。知らない街を独り歩く。自由で、だけど少し心細い感覚が好きなのだろうか。非日常の夢の中みたいな。それにしてもトリエステはどこも通りは広く、建物は巨大でヨーロピアン。勝手に寂しい北の都市を想像していたが間違いだ。豊かな印象。ようやくSavaの本屋を発見した、真新しいブティック店の間に挟まれポツンとあった。埃っぽい古い看板、こじんまりしたウィンドウの中にSavaの直筆と思われるノートが飾ってあった。しかし日曜は休みのよう。残念。そしてカフェトリネーゼを見付けた!ここも想像より間口が小さく浅草のアンジェラス?。カメラを構え写真だけ・と思ったけど、店主がにこやかで感じが良いので、店内に入り一杯のカプチーノで長居してしまった。狭いけど天井にシャンデリア、ベルベットの椅子、正にトリノのカフェに似ていた。帰り際、思わず店主に「私はずっとここに来たかったのです、なぜなら‥」と説明しかけたが、他のお客さんが来て途切れてしまったのでそのまま失礼した。外に出ると、すっかり晴れていた。何処の国へいっても観光として訪れるお城は、いつも今一つ感動しないので、今回もちょっと迷ったが、晴れた事だしバスで15分ほどのミラマーレ城に行く。終点のバス停はヨットハーバー沿いで、逗子みたいだ。そこから近くの細い山道を上がると公園になっていて、お城はコチラと案内がある。ヨットがポコポコと浮かぶ海を見ながら高台の緑の中を行くと、そんなに大きく無いが上品で四角いお城が現れた。海に面した崖の上に建ち、白い石造りで派手な装飾はない。それがかえって現実に住んでいたというのがリアルに感じられた。青空と紺碧の海、白亜の古城。こんな嘘みたいな夢のような組み合わせが実際あるのだ。綺麗。ちょっとスケッチし、歩き周る。あちこちに野良猫がいた。再びバスで中心地に。誰も居ない宿に戻りリュックを背負い駅へ。帰りの電車はトリエステ17時発、フィレンツェには21時30着予定。私しか居ない車両、ゆっくりと動き出した。窓からは、うねった湾と、遠くには小さく三角の帆がいくつも見えた。空は驚くほど広くて、雲は大きく波のようにうねっていた。夕方の強い太陽が、雲間から光線の如く差し込み、海を照らす。トリエステにサヨナラだ。また来る事はあるのだろうか…いつか、また訪れたい。
25日
一晩中雨は降り続き、朝もシトシト。まだ誰も起きて来ない暗い共同キッチンでお茶を飲み、ひとまず外に出た。傘をさし、通りを少し歩くと、目の前に海が現れた。湾岸にはヨットが雨に打たれ、ゆらゆら浮かぶ。向こう側には茶色く錆びた作業レーン、今はもう機能してなさそうな古びた建物。この世の終わりか始まりのような、静かな灰色に覆われた空と、隙間から僅かに差し込む太陽を反射する海に、ただ呆然と見入った。波は遠く遠くまで続く、アドリア海。スロベニアの国境はすぐそこ、クロアチアとスロベニアは数年前に旅した。どちらも大好きな国。ホントに端っこまで来てしまった。このトリエステはイタリアの東端に位置し中世にはベネチアに支配され、その後オーストリアとの統合などで1954年にイタリア領として復帰した。誰も居ない海岸沿いの道を、度々傘がオチョコなりながら中心のPiazzaに向かう。海に向かい合うようにその広場はあり、華麗で立派な市庁舎を正面に、両脇には県庁などの建物が。想像以上に広く整った広場に少し戸惑う。昨晩の少し寂し気な印象が吹き飛ぶ。建物もバロック、ネオクラシックなどのオーストリアの影響が見られる堂々とした造り。上品で富貴溢れる。雨は激しくなってきたが近辺に高級なホテルが幾つかあるようで観光客がパラパラと歩いていた。須賀敦子氏の本に出てくるカフェトリネーゼを探してみたが見つからず。今日は土曜日、メイン通りのCorsoItaliaには浅草の祭り屋台ようにメルカートがズラーと並び、雨でも賑やかだった。色々な種類のFormaggioを売る屋台をちらっと覗いたら、店のおじさんが味見と言って一切れくれた。美味しい!やっぱりスーパーで売っているのとは違う。おじさんは次々に味見をくれて、終いには店のほとんどの種類を。お腹いっぱいになった(笑)お勧めのPecoraのを少し買う、しかもオマケもくれた。人の波に流され、気付いたらGoldoni広場という大きなターミナルのような所に出た。靴もジーパンも濡れてしまい疲れたので近くのBarで一休み。狭い店内には何故かお年寄りがいっぱいいて、皆さん物凄い勢いでお喋りしていた。その後、昼食に入ったトラットリアは地元民で混んでいた(ViaSanLazzaro「TrattoriaDaGiovanni」)。適当に頼んだ料理は牛肉を煮たような物で、以前オーストリアで食べた事のある料理だった。確かに名前もドイツ語ぽかった。パンも外側は薄いベージュ色で固くて中は白く綿みたいで、やはり似ていた。お店のお姉さんが会計の際に明るく「Grazie Cara,Buonagiornata! 」と言い、ちょっと嬉しくなり外に出たら青空だった。雨雲はすっかり消え、晴れていた。再びGoldoni広場に戻り、その近くから石の長い長い階段がにょっきり伸びていて、はぁはぁと上がると噴水のある公園に出る。そしてS.GiustoCastelloの城壁が。眼下にはトリエステの落ち着いた街並が見える。間近に山が迫り、沢山の家がへばり付いている。場所が分からずふらふらしていたら、毛の短い子犬が私に飛び付いてきた。かわいい!どうやら散歩中。飼い主の女性が道を教えてくれた。トリエステの女性はイタリア女性とは思えない位優しい気がする。青空が嬉しくて城壁を少しスケッチする。すぐ隣のS.Giusto教会に入る。外観は素朴だがしっかりしている、ゴシックの円花窓にロマネスク様式。中に入り、ドキリとした。何故か気が引き締まる。昨日までのベネチアの観光化された教会とは違う、清らかで厳かな雰囲気。12世紀のモザイクが見事で11世紀のフレスコ画もあった。真実がある、感動的な教会だった。急な坂道をくだりながら、ふと顔を上げると木々と茶褐色の屋根の向こうに海岸線と船が見える。真っ青な空に薄い雲と光る海。途中にも教会が幾つかあった。元のUnitadItalia広場の裏側に出たので、再び湾岸に向かう。雨上がりの夕焼けが、まるで一つの舞台かクラシック音楽のようにドラマチックで、ゆったりと表情を変えていく。オレンジ、紫、藍と一分一秒毎に変化していく世界に、感激し動けなかった。空と陽と雲と海‥当たり前だけど、これを越える芸術なんて無いのではないか。日も暮れ、寒くなり宿に帰る。
24日
朝、宿をCheck-out。再びVenezia駅へ。荷物預け、バポレットに乗り、最後の水上からの眺めをじっと見る。初日も昨日も気持が高揚してしまって何がなんだか判らない状態だった。途中Zaccariaで下船し、今日は1日街中をスケッチする事にした。しかしどこもかしこも観光客で溢れている。勿論私もその内の一人だけど、余りにも凄い。少し、人疲れしてしまった。ベネチア人はどういう心境なのかな。大声で騒ぐ外国人観光客を後目に、日常を送る。橋のたもとでスケッチしていると、カンツォーネを朗々と歌いながらゴンドラが行き交う。バカンスに来ている人々の大声と笑い声が響き渡る。しかしふと見ると地元のおじいさんが杖を付き無表情でゆっくりと階段の橋を渡る。車椅子のおばあさんがボンヤリと日陰で佇む。この町はちょっと老人が住むには大変だろう。それにしても物価が高い!Barも座ったら最後。教会も全て有料。フィレンツェの方がまだましかも。私はBIMBOなので結局何も買わずレストランも入らず。儲けたお金は修復費なのかな‥。あちこちで土木作業が。喧騒を避けて人気の少なさそうな東側界隈を歩く。しかしベネチアでは裏道は裏道ではない。要り組んだ小道は迷路、本気で迷いまくる。しかしベネチア人はすいすいと暗く汚い道を通勤通学と行く。凄い。途中FonteNuovo停留場前のカフェで休憩。バポレットの船員さん達の憩いの場だったらしく続々と昼休みを取りに来ていた。皆、顔見知り。その後GettoNuovoへ行く。がらりと雰囲気が変わる。気のせいか、少し重たい空気。頭に黒いお皿のような帽子を被る人々、モサモサの真っ白な髭の老人。ユダヤ教の人達がユダヤ料理のレストランで食事をしていた。そこだけ異国。午後3時も過ぎて駅に向かう。少し見慣れてきたベネチアの風景、ようやく冷静に見れる。しかしこの毎日お祭り騒ぎのような喧騒には少し閉口した。16時11分発のTRIESTE行きのRの切符を買う(9.9Euro )二時間近くの移動だ。ベネチアの人混みが嘘のように、この列車の乗客はまばらだった。夕方の空は急に雲がかかり、しばらくすると小雨が降り出した。車窓からの風景は今まで見たことない木々と家並み。とんでもなく遠くに行くような気がして胸がざわめく。だいぶ時間がたった頃、左の窓から山の斜面にびっちりと家が建ち並んでいるのが見え、右側は真っ白。よくよく見たら、海‥。空との境が見えない、雨と霧で真っ白だった。なんでこんな地の果てみたいな所まで来ちゃったんだろう‥。というか、私何してんだろう・親不幸な‥何故か急に両親を想い出し、ホームシック。夕方6時過ぎトリエステの駅に着く。想像していたより近代的で新しい駅。でもこの駅が終点だ、行き止まり。イタリアだけどイタリアじゃない街に来た気がした。言葉ではうまく言えないけど‥街中を少し歩く、なんだか、違和感‥。寂しい気持に。ひとまず予約したB&Bへ。「B&BSava」Via Geppa10。駅から近く、すぐ見つけられた。小柄の白髪の老人が待っていて、早口で部屋の説明をし会計をし帰っていった。部屋の壁は山小屋のような剥き出しの石造りで天井は低く、緑のカバーをしたベッドが真ん中に。テレビやドライヤーはあるけど起動せず。小さい窓を開けるとコンクリートの隣の壁。外は雷鳴と降りしきる雨音。明日は晴れると良いけど。
23日
よく寝た‥記憶なし。このB&Bは素晴らしい。朝食は隣のレストランでカプチーノと焼きたてブリオッシュがつく。Mestreの町は特別何にも無く、普通の町。地味なスーパーや日用品屋が並びなんだか親しみ湧く。Veneziaの入谷?!駅のタバッキで電車の切符を(1Euro切符は販売機では買えない)。再びVeneziaへ。駅を降りた途端に別世界。朝陽で海は眩しく、岸辺にはゴンドラを掃除するGondoliere、何か荷物を運ぶ船などが忙しく行き交う。ベネチア人は働き者だ。特に男性が朝からバリバリ働いていて、海の男という感じ。バポレットの1日券を買い各駅停車の1番に乗る。通勤の人も沢山乗り込む。海上で暮らす不思議な街。遠くに霞む離島、岸辺ギリギリに建つ教会や宮殿のような建物は昔の油絵そのままだ。きっと訪れた人は皆この街に魅了される。全ての人達に夢を見させてくれる。まるでパリみたい。何処を見ても物語のある風景。真っ白で華麗な教会が見えて来たので下船する。S.MariadellaSalute教会。岸辺に建ち巨大な丸いクーポラ、バロック様式。堂内は円形状でティッツィアーノとティントレットの絵があった。それにしてもこの二人の作品はVeneziaに山盛りある。大量生産?そのまま歩いてアカデミア美術館へ。ここにはVenezia絵画がたっぷりあった。 まずはPaolo Venezianoの祭壇画(1333)。かなり大きい。保存状態も良い。凄かったのはLorenzoVeneziano(1356〜1372)だ!透けるベルダッチョの陰影が美しく、表情も素晴らしい。マリアさまの衣服の模様ミッショーネが完璧。天使の羽も彩りが綺麗。15世紀のBellini一族の作品が充実。JacopoBellini(1400〜1470)Fabrianoの弟子。GentileBellini(1429〜1507)GiovanniBellini(1430〜1516)顔が愛らしく、ホントにうまいな〜。AndreaMantegna(1431〜1506)の「SanGiorgio」があった!かなり小品だった。30×80位?細っい線でチマチマと書き込んであって、びっくりだ。HansMemling(1440〜1494)の小品(男性の肖像)もあった。Sebastiano del Piombo(1485〜1494)横長の板に油絵も良かった。CarloCrivelliの作品もあった。金は使っていない作品。でもやはり幻想的、装飾的。16世紀のTiziano(1488〜1576)Tintretto(1518〜1594)Veronese(1528〜88)Giorgione(1476〜1510)の大作がたっぷり。ドラマチックな油絵にクラクラする。存分にVenezia派を堪能。その後またバポレットに乗り、東側のOspeddaleという停船所で降りる、人に流されて進むと、病院内に入ってしまった。そこは東大病院みたいに大きな敷地で、白衣の医師、見舞い人や車椅子の人が行き来していた。明らかに間違えてる私は慌てて引き戻る。見ると停留場のすぐ横に病院に直結する入口があり救急車ではなく救急ボードが!脇には待機している黄色い救急ボードが数台並ぶ。やっぱりサイレンは鳴らすのだろうか?まだ聞いてないけど。この街で暮らす人達は慣れてるとは言えやっぱり色々大変だろうな‥、水嵩が上が時期もあるし。SantissimaGiovanniePaolo教会へ行く。ゴシック様式、Belliniの巨大な祭壇画がある。手前の広場にはVelocchioの騎馬像が。 再びバポレットに乗り、午後は離島に向かう。40分程揺られ、ブラーノ島で乗り換え、トルチェッロ島へ。この島はベネチア発祥の地といわれVenezia最古の教会がある。島に着くと何もなく緑溢れ、船着き場から教会に続く一本道を行く。道に沿って川が流れ白くて大きな鳥。日陰でアコーディオンを奏でるおじさん。天気も良く教会の周りの緑が綺麗。少しスケッチし再びバポレットに乗り、ブラーノ島へ。到着し、びっくり!まるでオモチャ箱!遊園地みたいだ。映画のセットか夢の中か。建物が赤、青、黄色、緑‥カラフルに彩られ。どのお家も小さい箱のよう。橋も可愛らしい、絵本の中のような島。しばらくさ迷い歩く。子供の頃に見た夢か空想の中にいるような不思議な気分。ゆっくりと夕焼け空になり、海は硝子みたいな色。帰りのバポレット乗客は数人しかいなかった。一番後ろのデッキに座り、だんだん小さくなるブラーノ島にお別れ。空は淡いグリーン、薄いピンクの雲に青紫の影。ぽっかり浮かんだオレンジ色の満月が私を見送る。海にはフワフワと月の光が波打っていた。世界が青い。どんどん青く青くなっていく。遠くには、まだうっすらと残る薄いオレンジの陽。海と空が同じ色になる。遠くにポツポツと街の灯。恐ろしい位綺麗で、本当に現実なのか‥。目の前に広がるこの濃紺の世界に、ひょいっと身を投げたら‥。と想像したら怖くなり、ずっと手すりに強くつかまっていた。ベネチア駅前からメストレまでバスで帰ろうと、広いターミナルから一台のバスに飛び乗る。メストレの駅前に行くだろうと勝手に思い込む。海沿いのハイウェイを走りしばらくして街中へ、だけど駅の標識と反対の方向へ。循環するのかな‥としばらく乗っていたけど、やっぱり聞こうと運転手に「メストレ行きますよね?」と聞いたら「もう過ぎてるよ!とりあえずここで降りなさい!」と言われ降ろされた‥しかし、ここ何処?地図は無いし全く知らない土地、しかも夜だから辺りは真っ暗。とにかく来た道を戻るしかない。疲れた足を引きずり半ば途方に暮れ、てくてく歩く。と、ちょっと見覚えのある街角が!あ〜っB&Bの近くかも!ひぇ〜ん(涙)良かったよぅ。神様ありがとう〜。無事に戻れた。
22日
Mercoledi朝8時30のAVにてVeneziaに向かう。Annaさんは朝早いのに起きて来てくれて、忘れ物はないか?とか気をつけてとか、まるでお母さんみたいに心配し送り出してくれた。10時30、Venezia着。ついに来た‥!ヴェネチア派絵画。実は前から逃げ腰だった・Venezia‥余りに凄そうで・でも一度に全てを網羅しようとせず、今回はVeneziaという街を一観光客として楽しみながら散策しよう。と、車中では考えていた。駅に着いて降り立ち構内を出た途端に太陽に反射した海が目の前に!人々のざわめきの中、海にはゴンドラや船が行き交う。波うち、揺れる。こんな街、世界で唯一の場所だ。Veneziaはイタリアであってイタリアじゃない、どこにも属さない独立した国みたい!ひとまずバポレットのチケット(6.5)を買い、何も考えず目の前に来た船に乗り込む。何処行きか確認しなかった、でも良い。バポレットはぐんぐん進み広い海に出た。間近に陸地。なんだか遊園地の乗り物のようで海にいる気がしない。風が本当に気持良い。Venezia、キョーコや家族皆にもいつか来させてあげたい。しばらくすると水色の海の景色の中からサンマルコ教会のクーポラが見えてきた。サンマルコ広場に到着・賑やかで華やかで、まるでオペラの舞台のよう。とにかくスゴイ人混み!人、人、人〜。流されながらサンマルコ教会へ。堂内は金、金、金!モザイクが壁一面に張り巡らされ、全て金色を使っている。その後、すぐ脇のドゥカーレ宮殿に入る(13)。内部は中庭のように空間があって周りを囲むように真っ白な建物が。貝殻のような美しい白。青空に生えてまぶしい。中の部屋は‥思った通り、豪華絢爛。一部屋一部屋、どれもクラクラする程の装飾と絵画。だんだん何を見てるのか分からなくなってくる。ただただ、凄いなぁーと口が開いてしまう。なんだろう、感動というより圧倒。道にもかなり迷って迷って・あれ〜と思っていたら博物館に着いてた。びっくりだ。目的地までが時間がかかる。ベネチアは本当に小道だらけ。そして直ぐに教会が現れる。町中に沢山教会が点在する。似たような風景に混乱する。夕方になり迷いながら駅に着き電車で隣駅、メストレ駅へ。予約した宿は駅から徒歩10分くらい。無事に着く。Via CostanteDeganのB&B(l'AffittacameradiVenezia一泊49Euro)素晴らしく綺麗で新しい!Bagnoが日本みたいにちゃんとしてる。アメニティグッズもちゃんとある。此処はお勧めだ。
19日
日曜かなり寝た。ぐっすりだ。AnnaさんがまたもやいきなりPranzoを一緒に食べましょう!と言ってくださりパスタジェノベーゼを作ってくれた。ニンニクと塩を擂り粉木みたいなのでグリグリ潰し、そこにベランダから摘んだバジル、松の実とオリーブオイルと一緒に擂り潰しソースを作る。パルミジャーノレッジャーノを削り、パスタに絡めて出来上がり。バジルの香りが目がさめるほどに清々しい。夕方はMicheleさんと日本語・イタリア語レッスンの為に会い、公園で雑談。その後サンタクローチェ近くのPizzeriaでpizzaをご馳走になる。有難や〜。おいしかった。けど、今日は食べてばかりだなぁ。
18日
雨音で目覚める、朝から土砂降り。働き者のB&Bの女の子にお礼を告げ荷物持ちCheck-out。リュックを駅に預けてGAM美術館へ。此処もModernaComtenporary、現代美術館。近代から現代の作品。都現美みたいな感じかな。イタリア人の作家を中心にかなりのボリューム展示数。FracescoClemente(1952〜)やCyTwombly, LuccioFontana, AntonTapies, EnzoCucchi, AntonyGormley, Giorgio de Chirico, MedardoRosso彫刻の人物, GiorgioMorandiは水彩が良かった。FeliceCasoratiは静物の油絵で中々良かった。PieroManzoniの白い作品も印象に。1800年代の作家でAntonioFontanesiの風景のデッサンだけの展示部屋があり、暗闇の中、小宇宙・凄く良かった。今日のCoCo壱はKiKismith「Wooman&Sheep」(残念ながらイタリア人じゃない)小さい立体作品だけど、周りの空気までも変える存在感と物質感。それでいて繊細、哀しみを誘う。でもちゃんと問題提議している。存在意義のある作品。美術館から出ると雨はあがっていた。道すがら、宮殿のような内装の素敵な所を発見、Corso Vittorio Emanuele 「Platti」というRistrante。店内は年配のSignor.Sgnora達で賑わっていた。歴史がありそう‥と思ったらDal1875年らしい。Cameriereのオジサマがとっても親切に案内してくれた。お勧めのVitellatonnoという牛肉にマヨネーズソースがたっぷりかかった料理を食べる。ピエモンテ料理の代表らしい。食後にサービスでゼリーのお菓子を下さった!まるで子供だね(笑)だけど嬉しい。再び歩いて中心地に。PiazzaCarignanoの「Pepino」というCafeで「ビッチェリン」というトリノ名物のエスプレッソとチョコレートを混ぜた飲み物を頼む。苦甘い!目が覚めた!小さな店内だけど紅いソファ、天井のシャンデリア、壁のランプなどアンティークで素敵だな・と思ったらこちらもdal1884年とあった。歴史と格式。こういうのがイタリアの良い所、しみじみ、やっぱりイタリア好きだーっと思った。というかトリノ大好きだー!再び街中をウロウロ…歩けば歩くほど面白い。アーケードになっている道には趣きのあるお店、本、洋服、カフェと色々並ぶ。今日は土曜のせいか市場も出ていた。しかもお菓子の!チョコレートを中心にピエモンテ各地からの手作りの出店。見てるだけで楽しいのに「Vuole assaggiare?」とどの店も試食をくれる。遠慮なくパクパク食べる。チョコレート好きには堪らないだろうな。トリノの街中にはPastticeriaがいっぱいあってウィンドウには夢のように美味しそうなケーキが並ぶ。お菓子って幸せを呼ぶ食べ物。アンティークなお店に混じって新しいお店も。フランスの影響もあるらしく、パリにあるようなキッチュなデザインの雑貨屋や和を意識したお店やマクロビ風なお店などトリネーゼの意識が進んでいる事が解る。ふと時計を見たら5時過ぎてた!帰りの電車は6時発。慌てて駅に向かう。焦汗でギリギリ間に合う。フィレンツェ駅に9時着。フィレンツェのごちゃごちゃした駅前にちょっとゲンナリ。
17日
朝、8時50発のRにてBergamoに向かう。一旦、ミラノにて乗り換え。ミラノ駅!懐かしいぃ〜だいぶ変わったけど、12年前の独り旅の時を想い出した。やはり活気あり!都会だ。12時にベルガモ駅に着、ここからバスでケーブルカー乗場に。小型のケーブルは数分で到着。眼下にベルガモの近代的な町並みが見える。降りた途端にタイムスリップしたかのよう。石畳の坂道、低いレンガの建物が小道沿いにひしめき合い並ぶ。ロンバルディア地方の真ん中に位置するベルガモは1428年から1796年まで海沿いのベネチアの支配下だったそう。そんな面影を探しつつ‥しばらく道なりに歩くとVecchiaPiazzaにでる。ガイドブックで見た噴水は以外に小さい。そしてスフィンクスの口から水が吹きだし・鎖をくわえるライオンの彫刻が滑稽。何処からか聴こえる柔らかな音色。ふと見るとスラリとした男性がフルートを吹いていた、人影もまばらな広場に孤独にこだまする。彼の前にフルートケースが置かれていて、何枚かのコインが。私もささやかだけど小銭を入れた。ひとまずマッジョーレ宮へ。今現在、カッラーラ美術館は修復中なのでコチラに展示されている。残念だったのは全作品は無かった。CarloCriveliの聖母子が小品でもかなり強い。冷ややかな表情に濃厚な装飾。Gozzoriの金箔使った小品があった。初期の作品なのか技法もぎこちない感じだけど天使やマリアさまの描写がフラアンジェリコ氏の弟子だと頷ける作品。Bellini一族の板にテンペラはあった。以外に良かったのはFrancescoGuardi(1712〜1793)Venezia生まれで風景画。多分麻布に油だけど下地がしっかりしていて布目は見えない。小品でアンバー系の色で水彩のようなオツユ描き、印象的。その後、すぐ近くのコッレオーニ礼拝堂へ。まるで細工の凝ったオルゴールみたいな、可愛らしい外観。浮き彫りや装飾が繊細。大理石のはめ込み模様や色も淡く美しい。堂内は正にロココ〜!乙女チックな世界。一面、ジャンバッティスタティエポロのフレスコ画。狭い空間にコッレオーニの石棺と愛娘の石棺。とにかく浮き彫り彫刻が凄い。隣のサンタマリアマッジョーレ教会も地味な外観からは想像出来ない程、中は豪華絢爛!びっくりして口が開いたままに。その後坂道を降りチッタアルタの門から出る。チッタバッソに向かう道は並木通りになっていて豪邸が建ち並んでいた。Villaというのかな‥門から入口が遠い…イタリア人のお金持ちは本当にお金持ちなのね。凄い家ばかりでキョロキョロしてしまう、全く怪しい東洋人だ。だいぶ降りた所に目指していた教会を、小道の角に発見。かなり小さい!入口開けると、結婚式の最中だった!失礼しましたーと扉閉め、仕方無いので次の目的地S.Sprito教会へ。この教会には誰もおらず目当てのLorenzoLottoの祭壇画、Bergognone祭壇画、AndreaPrevitali祭壇画を確認。ちょっと暗くて美術館とは違いちゃんと見えない所もあるけど、本当の意味では使われている状態で見たほうが、感じる印象も変わってくる。その後きれいに整った広い歩道を真っ直ぐ進むとS.Bartolomeo教会。ここにもLorenzoLottoの祭壇画がある。かなり大きく、ライトもありよく見えた。右端に聖人セバスティアヌスがこちらをじっと見ている姿が神秘的。LorenzoLotto(1480〜1556)はベネチア生まれでBelliniの工房で修行。ラファエロやペルジーノ等の影響もありつつ1513年からベルガモに滞在し沢山の作品を制作。後半生はベルガモを離れ各地を転々としながら制作を続けたが、評価を得る事なく貧困と精神の異常で1544年にロレートの修道院で亡くなったそう。美しい画面からは想像できない哀しい最後。なんとなくベルガモの雰囲気と重なる。
16日
朝7時起床。可愛い女の子が支度してくれたカフェラテと甘いパンを食べ幸せ。宿泊客が沢山いた。家族連れや女性グループなど。皆イタリア人。今日も晴天。8時25分発の電車でアオスタに向かう。車窓から見える景色がみるみると変わる。ゴツゴツと険しい山や流れの早いエメラルドグリーン色の川、生い茂る深い森。アオスタはトリノより更に北上したスイス、フランスと接する街。四方を4000m級の山々に囲まれヴァッレダオスタ州の州都。「アルプスのローマ」と言われ、初代ローマ皇帝アウグストゥスが建設した町。スイスとフランスへ抜ける峠道の起点となりローマ時代から栄えていた。10時30過ぎ駅に到着。ホームに降りると間近に山脈が。空気が綺麗。登山者もちらほら。まずは中心に向かって歩き出す、駅前には緑が生い茂る憩の場のような広場があり、遊園地にありそうな可愛いい乗り物があった。少し歩くと、直ぐに広々としたChanoux広場に出た。思わず感動の声。ゆったりした空間に立派な市庁舎(新古典様式)、背景には真っ青な空と美しい山々。なんだか遠くまで来たなぁ‥としみじみ。右に続くVia PortaPretoraを行くとグラッパや乾燥ポルチーニ等々を売るお土産屋さんが並ぶ。何処も屋根が低く小さなお店。窓辺には赤いベゴニアの花。町並みは北国、スイスみたいだ。可愛らしい。道の途中に突如ドカンと現れるのは「プレトリア門」。崩れかけた部分もあるが重厚な石のアーチ状の門で、紀元前1世紀の古代ローマ時代に建設された市壁の一部らしい。全く普通に街中に溶け込んでいた。そのまま商店が並ぶ道を進んで左に曲がると「古代ローマ劇場と円形劇場跡」がまたもやドカーンと現れれる。アルプスの山を背景にそびえる遺跡が何ともカッコイイ!日陰で少しスケッチする。ボンヤリ座っていた見張りのおじさんが、近くに来てスケッチを誉めてくれた。太陽も真上に昇り、お腹も減ったのでレストラン探し。昨日、まともに食べて無いので、ちゃんとしたお店に入る。Via Tourneuve「Vecchio Ristoro」。Camerieraの女性がスッゴく親切で感じが良く、色々と気遣ってくれた。アオスタの事も色々話してくれた。冬は雪で一面真っ白になり幻想的だそう。料理もフランスの影響なのか盛付けが繊細で素晴らしく美味しかった。帰り際、私の手をギュッと握り「今日はいらして下さりありがとう、良い旅を!」とおっしゃって下さった。感動‥アオスタ最高だ。裏道を歩くと大聖堂の2基の鐘楼が見える、少しスケッチ。この大聖堂は11〜12世紀に建設されたロマネスク様式。ファザードがちょっと独特でフレスコ画に半立体の彫刻が色彩豊かに彩色されていた。本当に雪景色にぴったり合いそう。その後、街中を散歩&スケッチしながらサントルソ教会へ。こちらの教会も歴史が古く10世紀末から11世紀初めに創建され、何度か改築を重ねている。堂内から中庭に出ると、小さな長方形の芝生を囲むように、低い列柱回廊が。屋根が低く、小人の気分。柱ごとに素朴でユーモラスなロマネスク彫刻が施されている、不思議な物語の中のよう。空を見上げるとグレー色の雲が山頂の向こうから迫ってきていた。雨降るかも!?と慌てて駅に向かいトリノに戻る・駅に19時30着。
15日
6時起床。8時フィレンツェ駅発のA.Veroceにてトリノへ。この電車は綺麗で超特急。いつも乗るRとは客層も違い、きちんとしていてちょっと緊張。平日の朝、ホームにはカツカツと歩くスーツ姿のキャリアウーマン風や革製のガッチリした鞄を持つ会社員風の人達。こういう方達がイタリア経済を支えているのね‥。11時にトリノPortaNuova駅に着く。ホームに降り立ち、びっくりだ!構内は広く綺麗で近代的でシステマチック。それでいて外観はアールデコ様式、ヨーロピアンな建物。駅前には芝生と噴水のPiazza、大通りには紅葉しはじめたポプラ並木が緩やかに続く。トリノはイタリア北西のピエモンテ州の州都。17世紀頃はSavoia家が治めていたため、都市は繁栄し建築物もバロック様式で華麗。美しい町並みが築かれた(G.guariniが主らしい)。その後1861年のイタリア統一運動の際は一時、首都となる。自動車のフィアット社があったりワインのバローロやチョコレートが有名な街。まずは予約したB&B探し。マヌケにも住所をメモし忘れ、記憶の地図をふらふら行く。と、丁度、心配して宿の人が電話を下さった!なんて親切!助かった〜。B&Bはホテルとは違い建物の1フロアだったりするので表からだと分かりづらいのだ。着くと若くて可愛いメガネの女性が待っていた。鍵を貰い、部屋へ案内された。部屋はWベッドが二つあり広く木製のアンティーク家具が落ち着く。ベランダもある。Barbaraが教えてくれた「B&BStanza in Famglia」は駅近く一泊45Euro。荷物を置き、早速を探検。とにかく街中は何もかもが“でっかい”。通りも建物も広場も大きくてゆったりしている。狭いフィレンツェから来たから余計に感じるのかな。ブランドショップが並ぶViaRomaを行くと、すぐにだだっ広いS.Carlo広場が。老舗のカフェが何件かあり外にテーブルを出し、オープンカフェになっている。こんな優雅な雰囲気もウィーンやパリを想い出させる。Barbaraが教えてくれたCafeTORINOに立ち寄る。店内はシャンデリアに昔の貴族の邸宅ような華麗な装飾。Cameriereの男性達もお揃いの制服でパキパキと接客している。街行く人も皆、きちんとした身なりで理知的に見えてしまう。連れてる犬すら賢そうだ。観光案内所も綺麗な女性だった。トリネーゼ、素敵!そしてメインの場所はCastello広場。ここもやっぱり、だった広い!右にマダーマ宮殿。正面奥には巨大なSavoia家の王宮。優美!王宮から左に行けばDuomoがある。このDuomoは「聖骸布のシンドーネ」というキリストを包んだと言われる布がある。本物は期間限定でしか見れないが、教会内には複製とそれについての説明ビデオが流れている。複製なので有り難みがあるのかどうなのか分からないけど、とりあえず拝んできた。午後は、少し離れたメトロとバスで一時間の「Castello Rivoli」に向かう。ここはMuseoContemporania、昔のSavoia家のお城跡を現代美術館にしている。周りには何もないが、高台の緑溢れる良い場所。レストランも併設していて岡山の直島を思い出した。三階全てが展示スペース。一部屋一部屋、作家ごとに分かれていて、たっぷりとした空間に現代美術の作品が展示。フレスコ画やロココ調のデコレーションの残る部屋にも展示され、不思議にぴったりと合っていた。ヨーロッパを中心に各国の作家作品。日本人作家は無かった。OlafurEliasoon やMona Hatoumのライトを使ったPoesiaな作品に惹かれがちだけど、やっぱり何でも徹底している物は強い。そして伝えたいメッセージがあるものは頭に残る。映像作品も良かった、というか怖かった。今現在の問題を見据えて、現代の方法で表現する・やっぱり規模が大。それから考えると、平面絵画は‥・なんて比べる事ではないか‥。同じ芸術でもまた違う。平面作品(特に具象とか)はまずは“描く”という行為が前提にあるから、個人の欲求を満たす術として、少なからず自己満足は否めない。表現は自由。だけど“何故そうするのか”‥というのはいつも考えないと。頭も柔らかくしていないと、考えが狭くなってしまう。ただの技巧自慢や自己顕示欲にならないように。陽も暮れ、誰も居ない最終バスに乗り、メトロに乗り換えトリノの中心に戻る。疲れたので何も食べずにすぐ寝むる。
13日
以前Tさんと一緒に行ったBorgo AlbiziにあるPastecceriaの「Cosi」というお店も最近たまに行く。とにかくウィンドウには可愛いくて美味しそうなDorceが沢山!フィレンツェのCaffeで良心的でまともなお店は貴重。今まで、入る度に金額が変わるBarに何件か遭遇した。最初、イタリア人もしくはイタリア在住日本人と一緒に入り頼むとカフェ1Euro、が別の時に私独りで行くと会計1.5だったり、別の店でも1だったのが二回目独りで行くと2Euroだったり。結局、日本人イチゲンサンであろう客からは、ちょっと多めに取っちゃおう・という姑息な考えでしょう。金額は少なくてもちょっと不愉快に。なんていうか、子供っぽいというか‥ちょっと笑ってしまう。でもイタリア観光地にはもっと悪質な店もあるらしい。考えたら日本も酷いぼったくりのお店が多いかな‥見掛けばかりコジャレていても質と値段が全く合わない所が多い。
11日
今朝、Annaさんに突然怒られてしまった。余りの怒りの態度に唖然‥呆然‥でも私なりに最大に気をつけているつもり。‥でも、分からない。もしかしたらスイッチに触ったかも、ランプも私、ぶつけたかもしれない。はっきりした記憶がないから、知らないとは言ってみたけど、自信ない。朝からどっと疲れ‥。イタリア女性が恐いと言われるのはこういう事だろうか?感情的というか、急にキレる所の事だろうか‥。とりあえず外出。Arezzoに行く。これで三度目だ。電車の中で学校が同じスペイン人のAnaと日本人のSさんに偶然会い、一緒に行く事に。Anaはめちゃくちゃ早口&お喋りで本当にあっけらかんとした楽しい子。千明に似てる。皆と話をしていたら今朝のモヤモヤが晴れた。気が紛れ良かった。Arezzoに着き、皆、目的はバラバラなので別行動。私はまず、S.MariadellaPieve教会に行く。P.Lorenzettiの多翼祭壇画「聖母子と聖人」(1320)がある。ライトも設置され、近くで見れる。修復後なのか完璧だった。肌の色がテンペラ独特のVerdaccioが効いていて、深みあり。聖母の表情や手つきが穏やかでいて威厳があり良かった。衣服の模様も細やかでデザインもしっかりと見れる。その後町中を迷子になりながら再び二人と会い、PiazzaGrandeにある小さな店にてPaninoを食べる。ここはお気に入りで二回目。様々な種類のプロっシュートやサラミやチーズから具を選べる。どんなに混んでいても、店主は焦らずに丁寧に肉を切りパンに挟む。美味しい。その後眺めの良い公園を抜け、Duomoへ。ゴシック様式。ファザードはすっきりしていて荘厳なたたずまい。堂内にはP.dellaFrancescaの「マグダラのマリア」フレスコ画がひっそりとある。まるで佛画のように瞼を少し閉じ、下目使いの満ち足りた表情。どっしりとしたForm。品のある衣服の色が頭に残る。その後SanDomenico教会へ。Cimabueの磔刑図が見たくて行くが、どうやら結婚式があるみたいで入れない。うーむ残念。なんて思っていたら白い花飾りを付けた、立派な車が止まり、中から真っ白なウェディングドレスの花嫁さんが。入口に待っていたお父様らしき人。二人は照れながらも腕を組み、一歩一歩、教会内に真っ直ぐに伸びた赤いヴァージンロードを歩きだした。堂内は拍手とカメラのフラッシュ。そして奥には、神父さまと新郎が静かに待っている。その神聖な儀式をCimabueの磔刑図は見守るように、高く大きく掲げられていた。 その時、ゆっくりと目の前の扉が閉まった。少しの時間だったけど感動してしまった。その後、予約していたBasilicadiSanFrancescoのP.dellaFrancesca「聖十字架伝説」へ。二回目なので、気持も落ち着いてゆっくり鑑賞出来た。本当にこの方が描く世界は精神性が高いのか、静謐で深遠。それでいて感情的でもなく、きちんと計算された構図や遠近法で描いてある。私は受胎告知の部分が好きだな。天使もマリアさまも表情、手、が素晴らしい。フレスコ画特有のしっとりした色彩、気品があり美しい。大学時代に模写した部分「聖十字架の賞賛」を見るとなんだか懐かしくもなり、恐れ多く、恥ずかしくなる。夕方になり、ゆっくり町を散歩しながら丘の上の公園で少しスケッチ。7時過ぎの電車で帰。帰りの車中、すっかり外は暗くなり少し心細くなって来た時、近くに座っていた白いシャツの男性が話しかけてきた。初めは嫌だな・と警戒したけど、フィレンツェへ若い奥様と生まれたばかりの赤ちゃんに会いに行くと言う。物凄く屈託のない笑顔で日本人ぽい顔をした彼はペルー人だという。私がフィレンツェで絵を勉強していると言うと、「本当か!僕はミラノで彫刻と陶芸をやっているんだ」と言ってお互いのホームページアドレスを交換。「君は子供いるの?」と聞かれ「残念ながら居ないし、結婚もまだだよ」と言ったら「子供は素晴らしいよ、僕も二年前までは自分の事で一杯で結婚なんて考えても無かったけど。今は幸せだよ、君も早く良い男性を見つけてがんばって」と言われてしまった・おっしゃる通りだ。ペルー人にまで言われてしまった(笑)。フィレンツェ駅に着き、「BuonFortuna! 」と握手を交わし、彼は雑踏の中へ軽快に去っていった。帰宅すると、部屋にAnnaさんがやってきて今朝はごめんなさいと言う。色々悩み事が重なってイライラしていたらしい。「大丈夫大丈夫、私こそ」なんて言いながら30分位、悩みを聞き。笑顔になった彼女を見て安心した。
10日
学校後Pitti宮殿に。たまに気が向くと来る。今日は貴金属博物館をじっくり見た。何回か来ていたけど、気が付かなかった展示場所を発見しびっくり!沢山ある、凄い展示数だ。ジュエリー等々が人間技とは思えない緻密な細工で造られデザインは時代を経ても美しいと感じさせる。イタリア人の貴金属へのデザインセンスと技術には敬服する。夕方、Kさんから電話。久しぶりに会う。夜の10時に待合わせしお散歩。Andreaさんにジェラートをご馳走になった〜嬉しい。二人は日本から帰国したばかり。日本をかなり満喫したみたい。楽しかったみたいでAndreaさんがスッゴくBuffoになっていた。日本人の真似(お辞儀しながら立ち去る所)をするのが可笑しくて、大笑いしてしまった。昼間、語学学校の勿論イタリア人の先生が、「イタリアという国は素晴らしい、だが、イタリア人が駄目なのだ。もしイタリアという国をドイツ人が治めていたら今頃ヨーロッパの中でもかなり素晴らしい国になっていただろう」なんて、事を言っていた。その事をAndreaさんに言ったら「確かにそうかもね」と笑っていた。移民についてもヨーロッパでは色々と問題があるらしい。それに比べ日本は平和で豊かな気がする。平和過ぎて、幸せに気が付かないのかな。ドイツ人の子に「日本は自殺率が高いのでしょう」と言われ、オランダ人や他の国の人達も身を乗り出し「やっぱり日本人は働き過ぎてストレスが凄いから?」と言われてしまった。「残念ながら、そうかな…」と力無く答えた私。何でだろうか…。やはり日本は繊細で真面目な人が多いのか。狭い世界の中にいると、知らずに視野も狭くなってしまう。命と同じ重さの出来事なんて、無いはずなのに。その時は逃げ場が無いように感じてしまうのだろうか。自分で自分を追い詰めてしまう。いや実際にどうしようも無くなったら私だって判らないかもしれない。イタリア人の口癖に「私のせいじゃない」なんていう言葉があると聞いたけど、それくらい無責任に図太くなって良いのかも。勿体無い。日本も日本人も素晴らしいのに。
9日
まだ木曜。最近、よく行くBarはPiazzaIndipendenzaの緑が窓辺から見える。このBarのオーナーは多分イタリア人で、ありふれたBarなのだけど、バリスタの男の子は中国人。いつも働いていて、店を任されている。全く愛想もなく、時折、攻撃的な強い口調で客とやり取りしている。1日中、絶え間なくお客は来る。休む暇も無く、ずっと働いている。笑った顔を見た事がない。バリスタ君はいつからフィレンツェにいるのだろう。すっかりイタリア語もベラベラだ。生きる為に異国で働く姿はたくましく、今の若者日本人には無い何か強い気迫を感じる。彼を見てると、ボンヤリお茶なんて飲んでる場合じゃないよっと焦ってくる。何でも良いから働きたくなる。とにかく中国の若者、凄い。
8日
学校後、Tさんから頼まれていた荷物をStefanoさん家に取りにいく。今日の空は見とれる程に薄い水色。爽やかな空気、白く巨大な雲が天空いっぱいにうねっている。Coopの先のStefanoさん家に着くと彼は変わらず元気だった。どうやら今のマイブームがレコード収集らしい。イーベイ?というネットオークションで購入した自慢のオーディオで沢山のレコードを聴かせてくれた。「中々帰れないね、可哀想なクミコ〜」なんて言いながら次々とレコードを持って来て聴かせてくれた。今までレコードの魅力を知らなかった、かなり感動!波打つようにクルクルと回るレコード盤。時折、ひっかかるようなボツボツと入る音が温かく。大きな窓から夕方の橙色の陽、茶色い家具の木目、猫のジェッポの後姿、音色と共に時が止まったかのよう。
7日
Midoさんからメールあり。仕事でミラノに転勤になったらしい。ミラノに来る事あったら是非連絡してとあった。ミラノかあ‥。過去二回訪れてるので今回は‥時間が無いのでパスかな。Tobiasからもメールが二通来てた、何故か迷惑メールの中に処理されていた。気付いて良かった。ドイツでの日本語教室のコースが始まったらしい。先生の名はレイコさんだそう。彼の住む町はかなり郊外で都心ではない。凄いな、がんばって欲しいな。そして‥なんと、祖父から手紙が。 驚きと、戸惑いと、言葉に言い表せない。色々な想いが胸にこみあげて、苦しくなった。今までの人生の中で、この手紙が私にとって色々な意味で一番の、最上の、手紙だろう。97歳になった祖父の字は、しっかりとしていて、力強く、優しかった。私は祖父に今まで全く何もしてあげていない。物心付いた時からずっと、祖父は恐い存在で、正直、苦手で仕方が無かった。母親のいつもビクビクした姿を見て、子供ながらにとても嫌だった。余りに厳しい彼の姿が、時に疎ましく、同じ家に住むのが我慢の連続だった。いつからか、会話もしなくなり、彼にとって、私は本当に冷たい孫だと思う。良い歳してワガママな人生を送る私に、まさか励ましの手紙をくれるとは思わなかった。不思議な位に今の私の状況をしっかりと解かっている文面だった。なんだか、言葉が出ない‥胸が痛い。過ぎてしまった永い時間を悔やむと共に、本当に申し訳ない気持で、居たたまれなくなる。祖父の人生を詳しくは知らない。あまり語らないから。でも両親と姉弟、家、全てを戦争で無くし、シベリア抑留、関東大震災を経験。何も無くなってしまった時、親戚を頼っても冷たく追い払われたという。たった独りで家や店を再建した。ようやく落ち着いてきた頃に妻である祖母が60歳で心臓発作で急死した。祖父にとっての人生は、楽しいばかりではなく辛い事の連続だったのではないだろうか。我慢強く、いつも懐疑心が強く、人間嫌いに見えた祖父。血の繋がる人なのに、30年以上も一緒に暮らしていたのに、私は何も知らない。いや知ろうとせずに目を背けていた。まだ遅くないはず、帰国したら変わりたい。
5日
日曜お茶飲み、洗濯。相変わらず手洗い。洗濯機はあっても結局自由には使わせて貰えない。どうやらイタリアはそうみたい。他のアパート等借りてる子は皆言う。イタリア、電気代高いから。トマト一切れとチーズ食べ宿題。息抜きスケッチにミケランジェロ広場前へ。いつもの所。今夕方5時になる。良い場所見つけた!サンミニアート教会前を真っ直ぐ行くと街路樹があり、その横がちょっと高台になりベンチある。車がずら〜っと駐車しているが緑が生い茂り涼しく人も居ない。教会の鐘が聞こえてきた。家族連れがワイワイと行く。夕焼けを楽しむためかな。Annaさん、独りの老後、寂しいかな‥。素晴らしい家があるし息子さんは立派だし幸せだよね・。人間は欲張り。無い物ねだりをしてしまう。もっと、もっとと、上を見てしまう。探求心は貪欲になっても良いけど、今ある幸せな自分に感謝していないとキリがない。一生、眉間にシワを寄せていなければならない。帰り道、CONADでコーン油と牛肉キャベツ等々買う。麦とか入った米を買い、鍋で茹でたけど、ご飯とは言えない代物が‥。やはりサラダ用。日本の白米食べたいな。
4日
朝、9時45分に出てバスでBarbaraの家へ。一本乗り遅れ、少し遅刻。彼女は先月、旦那さんと南フランスを車で旅行していた。丁度、先日旅先の彼女から絵ハガキが届いた。ヨーロッパは陸続き、車で国境を越えあちこち旅が出来る‥本当に羨ましい。文化や情報も入り乱れ、ハーフもきっと沢山いるだろう。いや反対に島国の日本ってある意味凄い。しかもあんなに小さな国なのに、経済も文化も技術もかなりの水準に達していて。これも、戦後、一生懸命に働いて働いて働いて、がんばって下さった方々のおかげだ。本当に頭下がります。 先日Barbaraに、いつかTORINOに行きたいと言ったら、物凄く調べていてくれた!安い宿からお勧めのお店やBarや名産や美術館やら‥素晴らしい情報量!感謝感激!益々楽しみになってきたー。やはり出身者に聞くのが一番良い。地元愛を感じた。午後はまたMicheleさんと会う、前と同じVia S.Antoninoの「Sieni」にて。ここは歴史あるPasticceriaでいつも混んでいる。内装はアンティークというよりちょっと古くさい感じがあって、好きだな。Micheleさんはどうやらベジタリアンらしい。これで私の出会ったイタリア人の四人目のベジタリアン。かなりの確率だ。Caffeも飲まないと言う。アルコールは外食の際にたまに。こんなに美味しい肉やCaffeやVinoが溢れる国で、そんな食生活は難しくないのだろうか。私も日本に居た時は肉とアルコールとコーヒー、小麦製品はなるべく避けていた。けれどイタリアに来たらそんな事言ってられない位、周りに溢れている。それに美味しい。彼は薬も嫌いで東洋医学に興味があるみたいだ。「ツボ」の話をしたらかなり興味深々だった。静かに日本語を発音するのを聞いていると、なんだかお坊さんみたいな人だ。前世は日本人だったに違いない。
3日
今週は物凄く永く感じる‥やっと金曜‥疲れた。Y婦人宅にて夢のように穏やかな日々は終わり、学校学校学校。。語学学校の先生もクラスメイトも何もかも素晴らしく良いし何も不満はないのだけど‥けど…昔から学校という場所が苦手だからなのか、それとも皆外国人で今更だけど劣等感のせいか、とにかく異様に疲れる。多分、私には「慣れる」という事はきっと無い。今日の語学学校で「Pappagalli」の話題。訳すと「オウム」なのだけど、いわゆるイタリアナンパ男の事を言うらしい。他の子も言っていたけど、フィレンツェの町を一人で歩いていると必ず声をかけてこられる。どうやら旅行や留学等の外国人がターゲットらしい。年齢も様々で、若い人から上は70代位?のオジサマも。無視したら悪いかな・なんて思って返事をしたら大変、かなりしつこい。とはいえ、何か危害を加えてくる訳では無いので別に何も恐くはない。ただ面倒なだけだ。日本女性好きがいて、声をかけてくる人はかなり居る。皆、同じ事を言う。日本に興味がある、いつか京都に行きたい等々。日本女子はNoをはっきり言えないので、狙われやすいようだ。とはいえ、悪意は無いのでそれを楽しむ位の心に余裕があった方が、きっとイタリアを楽しめるでしょう。私は遠慮だけど。Annaさんが最近のイタリアの若者は教育がなってなく、エチケットがないと言っていた。ヨーロッパの中でも酷い方だと。貴方がイタリアに来て滞在して、リスペクトしたいと思ったイタリアの良い部分てある?と聞かれ、勿論沢山!なんて答えたけど、正直、何も浮かばなかった…。いや、たしかに好きな国だし、素晴らしい国だけど、尊敬し日本が真似したい所…あるかな?世界遺産?これは過去の産物だし…。日本はもう外国の真似をしなくても良い。素晴らしい自国の文化に誇りを持ち大切に。
2日
吸い終わったタバコをぽいっと道に捨てるイタリアの人達。足で消す事もなく。それが、かっこいいと思っているのか、習慣なのか‥もし子供の顔に当たったら?とか何かに引火しないか、とか想像しないのだろうか。車道も歩道も狭い道をスピードを落とさず走る車やバイク。事故が多いのか、サイレンの音が絶えない。ちょっと考えれば、何が危険に繋がるかはイメージ出来ると思うけど。危機感の欠如?解せない。かと思えば反面、日本のようにレストランやカフェでタバコを吸う人は居ない。同じく飲食店や電車内でお化粧をする(直しも)女性も居ない。物凄い形相でグイグイと子供を引っ張り怒鳴りつけるお母さんも居ない‥。それぞれの国の目に剰る部分は違う。今日の授業で「Mammoni」の話題。日本語で言うならマザコン?いやニートかな?どうやら冗談では済まない位にイタリアでは社会的な問題らしい。大学を卒業しても仕事をせずに(仕事が見つからない)30代40代になっても実家にずっと居る。両親の年金や財産で生活をし、生活費は全て親が面倒をみてくれる。母親と息子の関係が強く、洗濯、掃除、食事等全て母親が面倒をみる‥。クラスのドイツの子もオランダの子もイタリアじゃ仕事は無いし生活費は高いし仕方ない!と言っていたけど、それだけヨーロッパの中でもイタリア経済は悪く、全てが整っていない事になっているらしい。多分、昔のイタリアMammoniは母親が何もかも世話をやき、それに甘え何も出来ない息子達の事を言っていたのだろうけど、今は仕事をしないで家に籠りパソコンに依存し過ごしている人達の事もさすみたいだ。日本でも同じ問題は抱えているけど、イタリアの場合、深刻?らしい。多分、優秀なイタリアの若者はモナコや他の国に渡るのかも。この先、未来のイタリア‥大丈夫か? ようやくY婦人家族が今日帰国するので荷物を担ぎ無事に元のAnnaさん宅に戻る。モンさんとお別れ、ちょっと寂しい。夜、電話あり、無事に帰国との事。お互い感謝感謝のご挨拶。
1日
朝起きて、窓を開け、その空気に少し戸惑う。急に秋の気配。昨日まで真夏だったのに9月に入った途端に乾いた冷たい風。 モンさんがいつもと違って丸くなってソファから動かない!やだどうしよう!様子をずっと観察。いつもなら直ぐに外に行くのに全く動かない。心配‥だけど、うーむ、もう学校の時間、今日は早めに帰ろう。とりあえずバスに乗る‥けど、あのクッタリした姿が目に焼き付いて、心配で堪らなくなり二つめのバス停で降り、早足で家に引き返す。やっぱりソファにじっとしている、心配だ〜どうしよう‥と言いつつ横で一緒にいたら知らぬ間に私も寝てしまった。はっと目覚めたら10時。モンさん見たら、大きなあくびをし、のっそり起き上がり、テコテコと餌の所へ。パクパク食べ、いつものように庭へ出て何処かに消えてしまった‥なんだ、寝てただけだったのね‥。ただ眠かっただけなのね。なんだかなあ〜、まぁひとまず安心だ。学校へ。授業はやはり疲れ。Pranzoは最近たまに行くFornoへ(パン屋をFornoという。屋号はあったり無かったり)女性三人?でお店を切り盛りし、いつ行ってもてきぱき働いていて気持よい。今日、私が頼んだパニーノをうっかり温め過ぎて焦がし、「お〜No!ごめんなさい〜キノコのパニーノになっても良い?」なんてドジしてて可笑しい。常連客も沢山いて、お客さんとのお喋りを聞くのも楽しい。今日も直ぐ帰宅しコーヒーで休憩。一人でいると、また宙ぶらりんな、変な感覚が。怖くなる。この孤独とあてのない人生。きっと贅沢な悩み、馬鹿げている。だけど何かはっきりした指針やゴールがないと、泥濘を歩くように、ふらふらとブレてしまう。得体の知れない不安の波がざわざわと襲う。日本に帰国したいのかしたくないのか。分かんない。

8月

31日
つ、疲れた…。今日からまた新しいCorsoが始まり。6月の休んだ分を振替で午後2時からもLezione‥休憩時間も短い。ハードすぎる…もう若くないし…。夕方、GromのGelatoをご褒美として食べ、少しだけ元気になった。しかし分かんないだらけ。
30日
誰にも会わず1日中お家に籠り、庭でスケッチしたりキッチンで絵を描いたり‥一瞬、此処がイタリアだという事を忘れてしまう。たまに聞こえてくる近所のおば様達の話声で、我に返る。 スケッチする私の足にモンさんはボンッとわざとぶつかり、そのままテコテコ出掛けてしまった。ふと、思う、良かれと思い言った事やした行為が、全ての人に正しく良いと感じて貰える訳がない。知らず知らずに、人を傷つけたり、そして恨まれたり‥その逆もあるわけで。悲しい事だけど、そういうものなのかもしれない‥。午後3時過ぎころからグレーな雲がもくもくし、あれっと思っていたら大粒の雨。ザーザーザーザー降り出した。モンさん家に入れば良いのに。夕方6時過ぎ、カラッと晴れ明るい。ペルジーノの水彩はとりあえず完成。夏なのに、淡いピンクの薔薇が一輪、庭の片隅で咲いていた。
29日
モンさんは、ガブリと私の指を噛む。腕をガリッと引っ掻き、バスッとパンチする。…痛いよぅ(泣)じゃれているのか嫌われているのか‥?。今日も朝から庭の植物スケッチ。日曜の朝、ご近所さんは洗濯を干してる家が沢山。私も慌てて洗濯。昼はテラスで。庭のバジルを摘みトマトサラダ。午後は模写続き。―「個に徹する姿勢のなかにこそ真の自由が在る。この世における存在の基盤を支えてくれるのは、それ以外にあり得ない。絶対に。その真理に気づこうとしない者たちは、疎外感と必要悪の嵐に幾度となく巻き込まれ、心が満たされない不幸に沈淪しながら、ニホンオオカミのように絶滅の道を辿るだろう。」―丸山健二「荒野の庭」より。。。絵を描くのに疲れたら庭の緑を眺め、お茶をいれ、時折、本棚から適当に取り出しページをめくる‥こんな贅沢な日、初めてだ。バチ当たらないかな‥いつか母親にはこんな自由な生活を送らせてあげたい。
29日
イタリアご飯について…こちらに滞在して短い上にグルメではない私にはイタリア料理の事は全く解って無いと言っていい。そんな私がちょっと気付いたイタリア人の食事。こちらの人は朝ゴハンは余り重視しない、食べないでカプチーノかカフェラッテだけの人もいる。初めの頃、スーパーに行き「犬のご褒美コーナーがこんなに充実!?」と思ったら人間の朝ごはん用ビスケットだった。大袋にシンプルで固そうなビスケットが大量に入り売っている。それをカフェラテなどに浸して食べる。もしくは全く甘くないラスクみたいなものにジャム等を付けてボソボソ食べる。正直、初めの頃はこんな非常食みたいな朝食は絶対イヤだ・と思ってたが今ではボリボリ毎朝食べている。意外に美味しいのだ。Barで朝ゴハンをする人もいる。定番はCornettoという見た目クロワッサン、が、食べると味も食感も違うパン。クリームやチョコが入ったのもある。Bomboloneというドーナツみたいな揚げパンも中はフワフワして美味しい。どれも1Euro前後。昼食はどうやら人それぞれ。パニーノだけの人も。中身はトマトとモッツァレラ、ルッコラを挟んだり、プロッシュートとチーズ等々。もしくはパスタなど。昔は昼休みには一旦、家に帰りMammaが作ったお昼ゴハンを食べ、昼寝して…なんて具合だったらしいけど、今のフィレンツェではそういう人は余り居ないようだ。夕飯の時間はだいたい早くて夜8時過ぎ位から、9時なんて事も。友達や家族など皆で集まって食べる場合は、ちゃんとPrimo(第一の皿・パスタかリゾットかスープ)Second(第二の皿・肉か魚)Contorno(付合わせ・サラダや焼き野菜やフライ)あとワインとパンが欠かせない。そして食後にケーキやチョコのデザート。甘い食後酒を小さなグラスに入れて飲む時もある。料理は日本の様にいっぺんに全部、テーブルには並ばない。Primoを食べ終わり、それからお皿が変わりSecondの料理が運ばれてくる。家庭でもレストランみたいに。それが普通のようだ。給仕する側は大変。そして私の知る限りイタリア人は食べるのが猛烈に早い、すぐに食べ終わり、そこからベラベラと夜遅くまで猛烈にお喋りをする。イタリア料理は各地方によって全く違う。国は長靴に似た形をし、南北に長く、気候も風土も全く違う。イタリアは一つの国として統一されてからまだ100年余り。永い歴史間、小国分立の状態を続けていたため、それぞれの地方が独立した国のように個性、特徴がある。人間の性格も違うらしい。必ず何処の出身なのかと、イタリア人同士で妙にこだわっていて面白い。フィレンツェはトスカーナ地方にあたり、周りは山に囲まれた盆地。海に面してないので魚介類を使った伝統料理は無い。やはり肉!よくトラットリア等のお店で見かけるのは前菜ではサラミやハムの盛合わせ、CrostiniToscaniというスライスしたパンに鳥のレバーペーストをたっぷり塗ったもの。PrimoではRibollitaという色々な野菜とパンをぐにゃぐにゃに似たお粥みたいなもの。昔、残って固くなったパンと残った野菜をなんでも一緒煮たのが始まり。いわゆる冷蔵庫お掃除料理だ。美味しいけど。SecondはTrippa、いわゆるモツ。牛の胃袋をトマトソースで煮てある。ちょっと匂いが独特‥。あと有名なのはBistecca alla Fiorentinaという巨大な牛ステーキ。今のところまだ食べた事がない。というのも、一人、二人では到底食べきれない大きさ。日本人だと四人位居ないと無理じゃないかな。普通のスーパーにも七面鳥から牛、塊肉や内蔵から様々な種類の肉が手頃な値段で売っている。でもさすがにウサギ肉は手が出ない。Tさんも言っていたけど、フィレンツェは野菜が美味しい。イタリアにしかない野菜も。無知の私はいつもスーパーで「何だろなぁ‥これ‥?」と思いながら初めての物ばかり挑戦し適当に調理。でも素材が良いので美味しい。先日買った、まん丸のZucchiniもどうしたものかと思案中。
28日
モンさんは度々私に擦り寄って来る、撫でてあげると、ふいっと離れてしまう。そのくせ私が別の場所に行こうと歩き出すとテコテコ付いて来る。面白いな猫って。顔もエジプトの壁画にありそうな、輪郭はシュッとした△で目が金色で鋭い。媚びない・魅惑的。今日から三連休!思いっきり引き籠るぞ〜!と変な気合いを。だって、こちらに来てから落ち着いて1日中家に居た日は殆ど無い。最悪学生アパートは論外としても、今の部屋もやっぱりちょっとは気を遣う。Y婦人宅にて一人まったり、勝手気儘に出来るのが嬉しい。それにしても、お庭の緑が綺麗だ。青紫の朝顔、赤と白のオシロイバナ、たくさん実を付けた橙色のホオヅキ、薔薇に藤棚にザクロの樹、葡萄の蔦、紅葉の木、オリーブの樹、百日紅‥。少しスケッチする。朝は涼しい。ここ数年、日本での夏はいつも早起きし朝顔や蓮や睡蓮をスケッチしによく出掛けていた。古代蓮をスケッチしに早朝5時に車で古河まで行ったのは‥いつだった?・あ去年だ。たった1年前の出来事か。今はイタリアで朝顔をスケッチ。あんまりやってる事変わらないな、私。初め気楽に描き、次に考えて描いた‥先に描いたほうが断然良かった。これかな…創り過ぎると、癖が出る、自分が出過ぎ。かといって全く意識しないのは‥。ギリギリのライン。午後はペルジーノのフレスコ画模写を水彩画にて挑戦。なかなか面白い。疲れたので休憩にイタリアの音楽でも、と思いリビングのCDデッキを見る、と…イタリア音楽のCDが一枚も無い。あれ〜?有るのは宇多田ヒカルから都はるみ、さだまさしに井上陽水、平井堅…とGiapponeseばかり。あらま、じゃあ仕方ないか、と目についたユーミンのCDをかけた。これ懐かしい‥確か私が初めて自分で選び父に買って貰ったカセットと同じアルバムだ。確か小学生。曲が流れ出し…聴き出した途端に涙涙涙。感動〜なんて良いのだ日本の音楽!日本語の歌詞が堪らなく五臓六腑に染み渡るよー。さだまさしも泣けるな〜。ホロホロ泣きながら、リビングの本棚を良く見れば、やはり日本語の本ばかり。小説から画集から仏教、格言、歴史、全て日本の本だ。その膨大な量を見て、Y婦人の言葉を思い出した。「時が経てば経つほどに昔の記憶がはっきりしてきて、日本に帰れないとなると帰りたくなるものなのよ」。このCDにせよ本にせよ、Y婦人の日本への強い渇望の表れのような気がして切なくなる。結婚して30年以上もフィレンツェに在住し、端から見たると幸せな家族もいて、すっかり慣れ親しんでいるように見えるけど、きっとイタリアの文化にまみれた生活の中で、日本人としてのアイデンティティーを常に忘れたくない、忘れない、という必死な想いがあるのだろう。何十代も続く大きな寺の長女として産まれ、年頃になってもお見合いや結婚話しには見向きもせずにアメリカ、イタリアへと自由に渡り青春時代を謳歌したY婦人。30年前のアルバム写真をこっそり見たら、まるで女優さんのように綺麗でお洒落でかっこいい。そんな彼女が感じる郷愁。海外で永遠に生活し生きていくという事、憧れだけでは決して出来ない。きっと強い覚悟、そして運命と宿命。
27日
朝、寝ていると何か気配を感じ目を開けると黒い物体のドアップ!わぁっと思ったらモンさんだった。「Buongiorno!モンさん!」ご飯をあげるとモリモリ食べた。窓開けお庭に水やり。朝の庭の緑は光っている、GardianGarden。モンさんはまた何処かへ。一体何処へ行くのだろう。風来坊、家の父みたい。今日は学校休み。11時にMicheleさんとVia dellarientoのBar「Piani」で待合わせ。Micheleさんは先日darteで紹介された日本語勉強中の人で本屋を経営。イタリア人とは思えない位ゆっくり、静かに話す。彼は自分の事をTimidoだと言う。フィレンツェでそれじゃ、生きてくの大変じゃないかな〜?二時間程、色々話す。日本の宗教について質問された。仏教と神道。先日、MidoさんにもAnnaさんにも聞かれた。またもや電子辞書大活躍。お金を貰う訳ではないから気楽とは言え、縁あって二人のフィレンツェ人に日本語と日本について教える機会があり…私こそ、日本についてもっと勉強しなくては駄目だと反省。外国人への日本文化と日本語の教え方の本ってあるのかな‥。彼は自分はクリスチャンでは無いと言う。両親はクリスチャンだし子供の頃はそれなりの教育や教会にも行かされたけど、今は理由は色々あるが、キリスト教徒という物に疑問を感じていると言う。なるほど…きっと最近はこういう西洋人が増えているのだろう。私も教会は好きだしキリスト教にも興味があるし教えも素晴らしいと思う。けど、クリスチャンには多分ならないだろう。宗教はデリートな問題だよね…と話し、Ci vediamo! と言って別れた。午後はZecchiが休みなので初めて行く画材屋「SALVINI」Via Degliへ。小さなお店だけど顔料も金箔張る道具も品揃え充分。店員の女性がとっても感じ良く色々と説明してくれた。その後ネットポイントへ。4時過ぎ、ジェットコースター並に荒々しい運転のバスでY婦人宅へ帰る。帰宅し窓開けるとモンさんが。テラスには強い陽が差し込む。夕方になっても、まだとても暑い。モンさんを撫でつつ、少しぼんやり‥。蚊取り線香は苦しくなるから点けず、夕飯の用意。夜も更け、暗闇にモンさんが同化し何処にいるか分からない頃、どこからか、物凄い大音量でアラビア語の音楽が聞こえてきた。インドカレー屋か?何かの祭か?‥謎。また別の家からは賑やかな音楽、上の家はテレビのボリュームは大。ホントに皆それぞれ自由に生きてるなぁ。多分、この国には“近所迷惑”という言葉は存在しないのでは?きっと“迷惑”には感じないのかも。日本は異常なくらい過敏だけど。
26日
はあー疲れた…今日は語学学校テストだった。半分位赤ペン×!間違いだらけ、こんな酷いテスト結果は高校の数学以来だ。人間には向き不向きがあるっ、と開き直り。度々登校拒否児。かなりフェイドアウトしたい衝動にかられるけど、学校の事務の方達や先生方が「Kumiko ComeStai〜?」とちょこちょこと気にかけてくれるので、何とか辛抱。午後darteへ。今日は細かな造作、目やくちびる等々を。かなり無理矢理なんとか完成?頭を割り、中身をVuotoに。Cretaをくり抜く。再び頭に蓋をし、そして乾燥。Valentino先生、本当に良かったな‥。全然言葉が聞き取れなくて、分からなくて困ったけど、何だろう一生懸命だし、今日もガガッと最後の仕上げしてくれて。先生が「君はとてもBravaな生徒だったよ」と言ってくれて素直に嬉く、気恥ずかしく。。。帰り道、バス停でぼんやりバスを待ち、段々と見慣れてきたフィレンツェの街角を見ていたら、なんだか不思議ととても居心地良く感じた。まるで故郷のような‥。夕方の穏やかな太陽の中、小柄なお婆さんと男の子、仲良しの二人。私は一人ぼっち、誰も待つ人居ないけど…あぁモンさんが待ってる!早く帰らなきゃ。帰宅し、直ぐに窓開けたら入ってきた。ごめんね遅くなって〜汚れてるけどどこまで行ってたのかな…撫でてあげ、ちょっとしたら、また何処か行ってしまった…夜なのに大丈夫かね。あんまりご飯も食べないけど‥。リビングは広く、大きくゆったりしたソファも。貧乏症の私は結局、いつもキッチンにいる。テレビがやたら大画面だ!イタリアのテレビ番組はつまんないな〜。言葉が解らないせいもあるけど。
25日
遂に、Y婦人宅にて短期一人暮らし、いや一人と三匹暮らしが始まる。学校後、荷物持ちバスにてPiazzaGiorginiへ。婦人宅に着き、鍵開けるとSpilosさんがハンさんの散歩ついでに来ていた。ガスの事や色々教えてくれて「何かあったら直ぐに電話してね、遠慮なく!」と言って帰って行った。はてさて…一息つき、この広いお家に一人ポツン。意味もなくウロウロ…。実は今日から9日間程、Y婦人の家族皆さんがVacanzaで旅行をしている間、お留守番を頼まれたのだ。様々な花が咲く広いお庭の水やりと(スイッチ押すだけだけど)、Mondoくんという真っ黒な雄猫にご飯をあげるという任務を授かった。あ、あと“父さん、母さん”という二匹の陸亀も庭の何処かにいらっしゃるので、時々餌を。しばし、フィレンツェ在住婦人の疑似体験だ。でも他人のお家だし、やっぱり責任重大だ。色々慎重に、気をつけよう!何事もなく無事に過ごせますように…。夕方、近くのCoopまで行く。この辺りは同じフィレンツェとは思えない位静かな住宅街。そして凄く大きなCoop!品揃え豊富!野菜から肉、魚、チーズ、ワイン、雑貨、なんでもある。憩いの広場や小さな商店とマンションが一緒になった複合施設?こんな感じ日本にもあるよね・豊洲とか木場に。買い出しし帰宅。モンさんは少し私に警戒しつつ、たまに擦り寄ってくる。でも自立していて庭の壁をつたって殆ど外出している。その自由な後ろ姿、モンさん、かっこいい。 夜になると周りの家からテレビの音が聞こえ、それぞれの窓に明かりが灯る。生活の音がする。あー…なんかだか切ない。
24日
またサボる。EDISONカフェは落ち着くな。でも自習ははかどらない。ほとほと勉強嫌いだ。こちらに来てから、日本の風景を想い出さない日は無い。毎日、どこかの景色がふと頭によぎる。近所の交差点だったり、ゴロとの散歩道だったり、アトリエに向かう途中のお寺だったり‥。本当に何て事ない場所、全く気にも留めていなかった眺め。不思議だ。食べ物や人よりも、あのコンクリートだらけのグレー色した街がこんなにも私にとっては、一番のNostalgia。25日darteのValentino先生は本当に良い先生だ。不公平なく皆平等に熱心に教えてくれる。早口で殆ど聞き取れないけど‥。会話成り立たないけど‥。自分のStudioにいつでも見学に来てよいからと言ってBigliettoくれた。ホームページもあり、見てみたらかなり面白い作品を創っている。立体作品以外に平面作品やインスタレーションも。中でもライトボックスの作品が印象的。
23日
少し眠い月曜。午後はdarteへ。自分の顔と向き合いつつ、自分の顔が出来てきて‥皆に似ているとびっくりされBrava! と誉められても、余り嬉しくなく。だって、わー堀浅いなぁ、鼻低いわぁ、見事な一重だぁあ〜変な顔‥なんて思いながら創っていて‥見渡せば同じ人間とは思えない、妖精のような可愛いくて綺麗な女の子達がいっぱいいて。劣等感の固まりの私には自虐行為だ。ある意味、本当に現実の自分と向き合っているな。Io sono Giapponese。いつかキレイなモデルさんでSculturaやりたい。
22日
Domenica朝起き、洗濯。Annaさんが突然「Prnzoを一緒に食べましょう」と言って、作って下さった!一時間前からテーブルセッティングやら色々準備してくれて、Primoは昨日お土産に買ってきたPiciという太麺 のPastaをトマトソースで。 SecondはSaltimboccaという子牛肉にセージ葉と生ハムを一緒にワインを入れ焼いた物を。凄く美味しかった。Annaさんに料理は誰に習ったの?と聞いたら「本!」と。結婚するまでは全然料理出来なかったらしい。いつかAnnaさんからイタリア料理を習いたいな。午後はMidoさんに会う。スピリト教会前のBarにて。日本語と日本文化に興味のある彼は、色々と質問してくる。仏教や神道、侍や歴史‥うーむ、ごめんなさい‥日本語でもちゃんと説明出来るか怪しいのにイタリア語でなんて‥。結局電子辞書が大活躍。一緒に本屋に行き、日本語の学習本を探す。あんまり良いのは無くて一冊だけ基本を押さえた分かりやすそうなのがあった。夜は語学学校に居る元スチュワーデスさんのK子さんに誘われ、MadonnariのTomoさんを見に行く。実は彼には3月に一度会っているけど、それ以来だ。フィレンツェに滞在した日本人なら多くの人が彼の存在を知っていると思う。大阪弁で人懐っこく、夜、行くと必ず紙コップにワインを注ぎ「まあまあ」と言って勧めてくれる。初めて会った人でも直ぐに友達になってしまう人。地面の上にチョークやパステルを使い宗教画の模写を道いっぱいに描く。Mandonnariはイタリアに昔からある職業?らしい。宗教的な意味もあって、イタリア人が多く投げ銭してくれるらしい。反対に観光客のアメリカ人他(勿論日本人も)は全然、投げ銭をし無いらしい。文化の違いかな。二、三日で消えてしまい、残らない絵画。Tomoさんは「残らへんのが気楽でええやん」と言い、「何でも全ての物はいつかは無くなるんやで、諸行無常の‥なんやったけ」と言って笑っていた。固執しないで生きるって、現代では難しいと思う。物やお金や人間関係‥色々な事に執着してしまう。tomoさんは日本のテーマパークからもお呼びがかかり、来月は仕事で一時帰国。夜、11時近くまで描いる彼の周りには、いつまでも人の群れは絶えなかった。
21日
Sanginmignanoへ。朝9時発のバス。12年前にも訪れた場所。塔の街。12年前の印象は狭くて混んでる観光地・だったけど、今回はなんだか懐かしさもあって、とても楽しい。それに夏休みシーズンのせいかイタリア人が沢山遊びに来ていた。家族連れは果物やパニーノを持参し広場で食べていて微笑ましい。バスを降りS.Giovanni門をくぐり、緩やかな坂道を行けば、すぐににょきにょきと幾つかの塔が見えてくる。この街の歴史は古く紀元前にさかのぼる、11、12世紀にかけて町は拡張し都市内の貴族間の対立(グエルフィ対ギベッリーニ)が激化し、権力を見せつける為と自衛のために競って高い塔を建設した。最盛期には72塔もあったらしいが今は数えられる程度。それでも狭い区域内に倒れそうな古い塔が幾つもあるのは不思議な風景。広場に出ると古いレンガの井戸、Cisterna広場。その先にはDuomo広場(といってもこじんまり)まずは参事会教会へ。切符売場脇の小さなPiazzaで、ハープを弾く女性。レンガ造りの建物に囲まれた広場にハープの音色が響きわたる。13世紀から変わらない建物、街並みはズシリと歴史の重さを感じさせてくれる。このDuomoは12世紀に建てられロマネスク様式。内部は全面、フレスコ画で覆われ、少しアッシジを思い出した。壁面右側はBarna da Siena「新約聖書」左側はBartolo di Fredi(1330〜1410)「旧約聖書」。柱廊突き当たりにギルランダイオの「受胎告知」のフレスコ画。はっと目を引く上手さ。力作だ。そして堂内で異彩の空気を放つ礼拝堂が!S.Fina礼拝堂。建築はG.da Maiano。全面青の色を基調とした空間は、本当に綺麗で神聖。ギルランダイオ様のフレスコ画。まだ円熟期前の作品らしいが、こなれた感じが無くて丁寧に描いてある気がして好感。そして人物表現、素晴らしい。画面中心には横たわる聖女フィーナの姿。彼女の服だけがローズ系の色で着彩され自然と視線が集中。バックや天井画の背景はアンバー系の下地の上に青(ウルトラマリン?いやラピスラズリか)を塗ってある。これは私もフレスコをやった時にそうしたラピスじゃないけど。深みを出すためとアルカリに弱いため。所々に透けて下地が見えているのが渋い味わい。人物の顔、描き込みがしっかり。さすがギル様。15才で死んだ聖女フィーナの姿を見ていたら、ふと、先日行ったLuccaのDuomoにあった「Ilaria del Carrettoの墓」の彫刻を思い出す。その永遠の眠りについた横顔が重なる。と、思ったら同じ堂内にJ.della Querciaの作品が‥。こちらは木彫でちょっと作風違うが素朴な天使。Luccaでも同じ聖具室に二人の作品があった。勝手な想像だけど、もしかしたらギル様はあの彫刻からインスピレーションを受けて、この聖フィーナの姿を描いた?のでは‥なんて思った。その他Benozzo Gozzoli「聖セバスティアヌス殉教」のフレスコ画は修復されていると思うが、完璧。天使の少し冷静な表情が印象的。刺さる矢もいっぱい。やっぱりこの人はイエローオーカの使い方が上手いな。金色に見える、アクセント。その他LippoMemmiの「聖女カテリーナ」「聖女フィーナ」のフレスコ画があった。見る所沢山。外に出てお腹減り、ウロウロ‥PaninoPorchetta屋さん発見。可愛い少女がお手伝いする屋台で一つ買い、教会前の階段で食べる。Porchettaは豚肉の丸焼きを固いパンに挟んだパニーノでトスカーナ地方では良く見かける。目の前でややグロイ肉を切り刻んで作ってくれる。食べごたえあり顎が鍛えられる、美味し。広場では皆、階段に座ってそれぞれピザやパニーノを食べ‥私はしばしスケッチ。しかし本当にVagabondaだなぁ‥と、社会不適合者。気を持ち直し、すぐ隣のPalazzo del Popolo(市立美術館)へ。階段を上がると入口。入ってすぐの部屋にはL.Memmiのフレスコ画がドーンとお出迎え。「荘厳の聖母」(1317)なんか聞いた事見た事ある感じ?と思ったらSienaにあるSimoneMartiniの作品(1315)を真似て描かれたらしい。なるほど似てます。でも一部、Gozzoliが(1467)加筆していて、明らかに顔が違うのが面白い。この美術館も13〜15世紀のシエナ派とフィレンツェ派の板絵が沢山あった。BenozzoGozzoli(1422〜1497)の「聖母子と諸聖人」は大作、金地テンペラ。ハッチング跡が良く判る。刻印やミッショーネ、マーブリング等々、技法が一通りあって模写して勉強するには最適な作品かも。Filipinolippi(1457〜1504)の円形板絵「受胎告知」は2枚で一対の作品。Rotondo好き。マリアさまの表情が妙になまめかしく、困惑というより気だるさ?人間味溢れてた。あとPier FrancescoFiorentino(1444〜1497)の作品が沢山あった。Firenze出身の画家で優さしい色使いや形が現代的でびっくり。ちょっとAngelico氏を思い出す。磔刑図ではAzzo di Masetto(1289〜1297)が物凄い存在感。時の重さ。でも今日のCoCo1はBernardino di Betto( Pinturicchio)(1454〜1513)の板絵だ!恐ろしく綺麗だった。ずっと見ていたかった。やっぱりPinturicchioの為にSpelloまで行くかな‥ちょっと遠いなぁ‥。同じ建物内に14世紀に建てられた高さ54mの塔があり、頂上に昇れる。急な階段を上がると目の前に広がる街並、少し錆びた赤レンガの屋根、無骨な四角い塔、城壁の周りはトスカーナの穏やかな自然が囲む。低い山々が遠くまで続き。葡萄畑、糸杉。強い風がボーボーと顔に当たり吹き飛ばされそうになりながら、しばらくぼんやり眺めていた。少し陽も傾き、S.Agostino教会へ向かう。然程大きくなく、素朴でとても美しい教会。ゴシック様式。此処での見るべき物はやはりGozzoliの「聖アウグスティヌスの生涯」(1465)色彩、形、共にはっきりくっきり見られる。建物や風景がやはりこの人は上手い。特に樹や植物など丁寧に描き分けていて当時の自然が判る気がする。メディチ家リカルディ宮のフレスコ画が余りも凄いので、この人はあの仕事に全力投球して他は力尽きた?なんて失礼な印象を持っていたけど、中々、こちらの作品も素晴らしかった。ミサが始まるみたいで、街の人達が集まって来た。私は失礼をして、世界チャンピオン?というジェラート食べ、裏道を行くと誰も居ない。堅牢なレンガ造りの家々、小路をてくてく歩く。窓から食器の音と話声。暢気そうな猫が私をじっと見ていた。スケッチしながらバス停へ向かう。6時40のバスでフィレンツェに帰。
20日
こんなにイタリア語まみれの生活なのに一向に上達しない私の語学力。自習したくて朝からEDISONのカフェに教科書持ち込み‥子供の頃から本屋さん、大好きだ。読書家じゃないけど。イタリア人は読書好きな気がする。今の部屋にも息子さんの本が沢山あるし、フィレンツェには大きな本屋から小さな本屋、古本屋と何軒もある。画集も日本に比べ安く豊富。でもマンガはやっぱり日本の勝ちかな・特に少女マンガみたいなのは無いのか見かけない。「ベルサイユのバラ」はあったけど。イタリア少女達は思春期を何で現実逃避するのだろう。午後はdarteへ。少しづつ進行中。帰りがけメキシコ人のElenaがやってきて、何やら今日が最後のレッスンで月曜日には帰国すると言う。彼女は目を真っ赤にし、私の顔をじっと見る。涙ぐみながら「○×△○ムーチョ○×グラシアス」とスペイン語で言う。私も「有難うね、私も貴方に会えて本当に良かった」と日本語で答え、抱き合い、お別れの挨拶。彼女はギュッと強く私を抱き締めた。「やっぱり言葉じゃないなぁ」と強く思った。Buon Fortuna! どうかお元気でね‥。
19日
Annaさんは昨日、転んで手を挫いたらしく朝から元気ない。早く良くなるといいけど。午後、darte休みなのでLuccaに行く。最近のフィレンツェの気候は8月とは思えない爽やかさ。涼しい。Antonello先生はStrano(変だ)! と言っていたけど。今、Luccaへの車中・何故か電車が止まったまま‥嫌な予感。同じ車両の人達もイライラし電話をし始める。‥あちゃー無事到着するかなあ‥。‥と思っていたが、遅れたが無事Lucca着!駅前をちょっと歩けば城壁が見え、きれいな小川、広々と芝生 が広がる。城壁の門をくぐれば、クリーム色や淡いピンクの低い建物。赤い花咲く街路樹。馬車が目の前を通り過ぎる。県庁のあるNapoleone広場は大きな樹々に囲まれ、メリーゴーランドのある憩いの場。ああ〜Lucca素晴らしい〜!二度目の再訪だけど、やっぱりこの街好きだ。お店や町の人達も優さしい。道路を横断したくて待つと、すぐに車もバイクも止まって通してくれる。住みやすそう。まずはお腹減り、時間ないのにViaFilungoの「Italia」というPizeeriaに入る。まあまあ美味しかったかな。ひとまず、VillaGuigi博物館へ。少し中心から離れるがレンガとアーチの回廊式が立派な建物、エルトリアや古代ローマの遺跡、彫刻や12世紀から18世紀の絵画作品が展示。かなり充実。良い作品が沢山あった。板絵ではLuccaの作家でAnsano di MicheleCiampanti(1498〜1532)綺麗、Bartolomeo Bulgarni(1337)やFrancesco Traini(1321〜1345)の「S.Michele」は色彩も顔つきも、素晴らしい。十字架磔刑図が何点かあり、Deodato Orlandi(1284〜1332)修復されていると思うが、十字架を縁取る模様もはっきりしていて、人物表現共に見応えあり。Berlinghiero Berlinghieri(1225〜1235)やBorghese di PieroBorghese(1397〜1463)も磔刑マニアには堪らないだろう。木彫ではNerccio di Bartolomeo deiLandi(1447〜1500)のマリア像がスッゴく良かった。素朴ながらマリアさまの愛らしい顔と天使達が木の材質と合っていて、盗みたい位欲しかった。その他AndreaPisano.Nino Pisanoの彫刻もあった。油絵はLucca出身の画家が沢山並んでいたがどれも秀作。Paolo Biancucci(1596〜1650)Pietro Polini(1603〜1681)PompeoGirolamoBatoni(1708〜1780)など大作が。でも今日のCoCo1はBartolomeo di Paolodel Fattorino(1472〜1515)の「聖母子と聖人」。品のある陰影と柔和な表情、衣服の色の対比、印象に残る作品。誰も居なく静かでしばらく佇みたかったけど、時間も無いのでローマ期の円形闘技場跡の裏道を通りS.Frediano教会へ。この教会はファザードが特殊。中央にキリスト、左右に青い羽の天使、背景は金色のモザイク画がバ〜ンとデカデカとある。12世紀前半に建てられた。内部も素晴らしく少し個性的。まず目を引くのはロマネスクの聖水泉。ロープで囲われ今は見るだけだが、浮き彫りが施された槽と天蓋はかなり年期を感じる‥。ただならぬ雰囲気を持っている。後ろ壁面にはA.dellaRobbiaの「受胎告知」テラコッタ。入口入ってファザード裏側にかなり豪華なパイプオルガン、その下にA.AspertiniとCiampantiのフレスコ画。右側奥礼拝堂に珍しい大きな浮き彫り木彫の「聖母被昇天」MatteoCivitali作、彩色されていて面白い。Crocedis.Agostio o delle reliquie礼拝堂はA.Aspertini(1508)のフレスコ画が堂内、一面にある。状態良く、見応えあり。Luccaの聖遺物、「聖なる顔」の物語が緻密に丁寧に描かれている。浅草の観音様の由来みたいなもの?その後、賑やかな街の中を歩き、S.M.Folo教会へ。この教会はかなり巨大だ。ピサ、ルッカ様式と言われるロマネスク建築。繊細な浮彫りと五段にわたる連続アーチのファザードは素晴らしく、写真を撮っても撮りきれない。頂上にプリミティブな大天使ミカエルがドンと乗っかっている。1143年に着工、1300年代終りに完成した。堂内にはお約束のA.dellaRobbia、聖母子テラコッタ。板絵ではFilippinoLippi「4人の聖人」がある。教会内はあまり神聖な感じを受けなかったけど、風通し良く一休みしている人が多かった。それから急いでメインのDuomoへ。ここも鐘楼とファザードが仲良く並び美しい外観。11世紀から13世紀にかけ建てられた。ロマネスク様式G.da Comoの設計。正面扉にはNicolaPisanoによる浮彫りが。ちょっと遠くて良く見えず、一応写真を撮る。町の守護聖人S.Martinoを祀る聖堂は沢山の人で賑わっていた。私はひとまず聖具室へGo!別料金2Euro払い中に入る。そこには見るべき物は二点。一つはギルランダイオ様の「聖母子と聖人」もう一つはJ.della Cuerciaの彫刻「Tomba di Ilaria」。ギルランダイオ様の祭壇画はやっぱり凄かった。完成度が高く、背景のカーテンと後輪に金箔が使われ、カーテンにはアンバー系の色で模様が描いてあった。弟子のフレディアーニのピエタも良かった。そしてクエルチャの彫刻・女性の横たわる姿が窓からの光に包まれて、この上なく神秘的。その眠る横顔に、ただ見いるばかり。外に出るとまだ明るい。城壁上が遊歩道になっているので、少しベンチで休憩し、6時30の電車で帰。
18日
水曜日。昨晩寝れなくて疲れが。Antonello先生は割合分かりやすく、厳しいけどまあ、良い。darteの彫刻は少しづつ輪郭が出来てきた。少し形になると楽しくなってくる。それまで試行錯誤、なんだか分からなくて手探り、結構難しい。でもAutoritrattoだからなぁ‥。何故か今のクラスはメキシコ人が多い。みなさんSimpatici.とても感じ良い。平気でスペイン語で話しかけてくる、解らないけどなんとなく通じ合う。目鼻立ち濃く顔つきも肌の色も浅黒く素敵。いつかメキシコ行ってみたい。
16日
良い天気、突き抜けるような青空。そして入道雲。darteは新しく制作する前に自画像デッサン。久々に自画像を描く!全然、上手くいかない!あんまり自分の顔、長時間見たくないなぁ。でもモデル居ないし仕方ない。夜はY婦人宅のCenaに招かれて行く。Spilosさんというギリシャ人の画家さんも来ていて紹介して下さった。大人しく礼儀正しい方。Sayuriさんがローストビーフを作ってくれた。Giovanniさんは相変わらずComico.面白い。ローストビーフとFioriZuccaの天ぷらとサラダとパンとチョコケーキ!お腹いっぱいだ。美味しかった。留守番中の鍵や窓締めや庭の水やり、モンさん餌等々教えて貰う。帰りは車で家まで送ってもらう。アルノ川夜景がめちゃめちゃ綺麗!街はライトアップされていて、まるでSpettacolo!いつも早く寝ちゃっているけど、いつか夜散歩したい。
15日
Domenica、朝から爽やかな天気。Annaさん宅に引越してから、本当に生活がしやすくなり、精神的にも落ち着いた。生活環境というのは、こうも全てに影響するのかと思い知った。やっと色々考えられて、絵の事にも向き合えそう。部屋は静かだし涼しいし、目の前のスーパーは綺麗で店員がまともだし。そして嬉しいのはS.Felicita教会やPitti宮やBoBoli庭園が直ぐ近くで散歩コースになった。S.Felicita教会には大好きなPontormoの「十字架降下」やメダイヨン、フレスコ画がある。冊越しにかじりついて観る。独特な表情とうねるような構図。無重力のような世界、鮮明な色彩が眩しい。朝のBoboli庭園は一夜明け、新しく生まれたかのように新鮮な緑と空気。人が居ない、だだっ広い園内を自分の庭と妄想し、てくてく歩く。でも西洋の庭園って整い過ぎていて、スケッチする気になれないかな。そのまま、裏口から抜け、Bardini庭園に。共通券で入れて、高台の斜面にある庭園。此処は小さいけどかなりお勧めだ!間近にDuomoとフィレンツェの街並が一望出来る!春には薔薇が咲き、初夏には紫陽花が。様々な彫刻が庭園内にいくつも配置され、歩くだけで楽しい。眺めの良い場所にCaffeもある。キョーコと電話。私だけ自分勝手に好きな事して‥申し訳ない。あの子ばかりに任せていて心苦しい。ああ心配。ごめんねキョーコ…。午後は手紙書き、デッサンし窓からスケッチ。紅茶飲みつつテラスにいると自分の人生じゃないような、幸せ過ぎて泣きそうになる。こんな眺め良かったら出掛けなくても良い。Annaさんがベットのシーツを週末替えてくれる。今日は手伝っていたら、「これはちょっと大事な物なのよ」と言って、真っ白なシーツと枕カバーを持ってきた。見ると、それぞれの周りに小さな丸い輪っかのレースがプチプチと縁取るように装飾されていた。「私の祖母がやったのよ」とAnnaさん。ひゃーっと驚いてしまう。こんな細かい飾りが手作業なんて。しかも、かなり時が経っているはずなのに、全然ボロボロになっていない。きっとAnnaさんがお嫁入りする時にお祖母さんがお祝いと愛情を込めて編んだのだろう。真っ白で寝心地の良いシーツ。シチリアの明るい窓辺でお祖母さんがせっせと編んでいる姿が目に浮かび‥。なんだか有難いな‥きっと今夜もぐっすり眠る私。
14日
せっかくのSabatoなのに朝から雨。Annaさんと一緒にColazione。Annaさんはロシアにいる息子夫婦を心配し過ぎてちょっと泣いていた。電話で大丈夫だと聴いていてもテレビのニュースを見ると恐くなってしまうみたい。可哀想になり一緒に涙ぐんでしまった。今日はS.Marco修道院に行く。此処には何度来ただろう‥数えきれない。修道院、教会、図書館が一体となるドメニコ会の重要な場所、今は教会隣がBeatoAngelico氏等の美術館になっている。入口、はいると直ぐに聖アントニーノ回廊、糸杉のある中庭を目にするといつも少し気持ちが落ち着く。回廊突き当たりに「十字架像に祈る聖ドメニコ」。シンプルな絵柄なのにハッとするほど神聖な青。一階は金地テンペラの板絵中心に展示。私が初めてテンペラを勉強した時に模写した聖母子の作品もある。マリアさまの青い服、白い肌、優さしい顔、本当に綺麗で泣きそうになる。どの祭壇画も金箔を使い豪華なのに清らかで愛情深く敬虔。SalaCapitolare正面壁には半円の大きなフレスコ画「キリスト磔刑図」。二階への階段を昇ると目の前に現れる「受胎告知」。この有名な作品について私がとやかく言う必要はないでしょう‥。でも、いつも見て思うのは、この絵の中に入りたい、この作品の世界に行きたいと願ってしまう。長い廊下に白壁の簡素な小部屋が幾つもある。修道僧の僧房だった。各部屋の壁にアンジェリコと弟子が描いた「キリスト伝」フレスコ画がある。一部屋、一部屋見ていくと、なんだか魂が浄められて行くような、静かな安堵感。アンジェリコ氏がどんな人柄だったかは幾つかのエピソードがあるけど、これといって派手な話はなく、絵を描く事が神から与えられた使命とし、それに一生を捧げた画僧だった。でも一つ知ったのは、その昔、時の教皇エウゲニウス四世がアンジェリコ氏をフィレンツェ大司教の座に任命した、しかしアンジェリコは自分は人を統治するような人間ではないと言って断り、代わりにAntoninoという人物を推薦。教皇は言われた通りAntoninoを任命した。そしてなんと、私がこの前まで住んでいたアパートの住所が正にその人から取られた、Via S.Antonino。ちょっとだけアンジェリコ氏と繋がったような気がして嬉しかった。こじつけかな。
13日
Venerdi、朝から曇行き怪しい。語学学校後、Bargello美術館にいく。入館した途端に雷と土砂降りの雨。館内の薄暗い部屋に点在する彫刻。耳にするのは雷鳴と激しい雨音。一瞬、時間を越えたような錯覚‥少し恐くなる。午後はdarteへ。仕上げ作業。Cretaの表明をなるべく滑らかにし、形も再度見直し。窪みをやや深く少しコントラストを付けた方が良いらしい。底辺部分からCretaをくり抜き半空洞にする。そして乾かす。来週は新しい課題。夜はOさんとその彼女SさんがCenaに招いてくれた!彼のアパートはS.Marcoの近く、キッチンやリビングも広く、窓も大きくて中庭にはオリーブの木や緑生い茂り、良い学生アパート。彼らは ご飯とふろふき大根と卵焼き、キュウリに梅干しと、和食にて迎えて下さった!感激。二人とも20代で若いのにしっかりした意見や目標を持って夢に向かって頑張っている。二人の経緯はとにかく国と時間を越えた超遠距離恋愛。5年前、互いに違う国に留学中に知り合い(カナダとスペイン)そして今は彼はフィレンツェ、彼女はパリに留学。きっとお互い自立していて固い信頼と絆で結ばれているのでしょう。運命共同体?ソウルメイト。二人でいつか絵本を出版したいと話す眼はキラキラしていて、とても羨ましかった。Oさんの水彩画、繊細でFantasiaで凄く良かった。世界をかけめぐる二人、自由で伸びやか可能性無限。
12日
晴れ。朝晩は23〜25度位で涼しく昼過ぎから日差しが強くなり暑い。今日はdarte休みなのでGranmaticaの授業後、Pistoiaに行く事にする(片道3.1Euro)。Pratoに行った時と同じ電車。朝、ヨッピと久々にメールやり取り。色々頑張っていてくれて本当に頼もしい。彼は彼なりに色々考えてるんだな‥。Pistoia駅に12時15分着。駅前はお店等なく並木通りが真っ直ぐ続く。人通りもなく静か。少し歩くとBarやお洒落な洋服屋さんが並ぶ。まずはCorsoSilvanoFediのTau礼拝堂へ。狭いスペースだが一面に天地創造の物語、フレスコ。14世紀のピストイア派(NiccolodiTommasoとAntoniodiVita )剥落している所も多いが、細かな描写と深い色彩、人間も生き生きしていて良かった。同じ建物隣がマリーノマリーニ美術館。だけど此処は後にして、直ぐ目の前のS.Domenico教会に入る(13世紀末ゴシック様式)。暗く誰もいない。小さな異空間‥蝋燭の赤い火が揺れていた。外に出てVia Cavurへ。割ときちんとしたCaffeやRistranteがある。なんだか地味な街の印象だったのに、歩くと意外に可愛らしい街並でお店も沢山ある。歩きやすくて良いなPistoia!と、ちょっと気分盛り上がり。Duomo広場に出たら更にテンション上がる。かなり素敵なPiazza!Duomoも鐘楼も洗礼堂も素晴らしい。人気の少ない広場で一人パチパチ写真撮りまくる。 時折、自分の波長と合うというか、気が合う街は何故か道に迷わない。Pistoiaが正にそれで、途中から地図無しで廻れた。そして有難い事に訪れた美術館全て、「教員か学生ですか?」と聞かれ「講師です」と言うと無料になった!素晴らしぃ。DuomoファザードはPisaの大聖堂に少し似ていて、上部にアーチの列柱回廊。中央扉の上、内側はAndreaRobbiaの彩色陶板と聖母子と天使。いつも思うがRobbia一族のテラコッタは本当にあちらこちらで観る事が出来る。ただ美術館以外の場所は、どうしても長年の埃?なのか汚れが気になってしまう。スプレー洗剤かけて雑巾で拭いたらさぞや綺麗になるだろう‥やってみたい。内部は想像していたより広かった。天井は剥き出しの木骨、左右に整然とコリント式列柱と半円アーチが並んでいる。印象的だったのはサレルノディコッポの「磔刑図」色とキリストのうねった身体つきが良かった。S.Giovanni洗礼堂は1338年AndreaPisanoの設計に基づき着工。この人はOrvietoのファザード建設もした方!またもや出会えた。緑と白の大理石横縞模様は気品あり、八角形がしっくりと街に収まっていて美しい。近くの市立美術館(MuseoCivico)に入る。テンペラから油絵と中々の作品点数。一階にはマリーノマリーニの彫刻も無造作に置いてある。金地テンペラも幾つかあった。Mariotto di Nardo(1393〜1424)の祭壇画が二点、どちらも色彩鮮やかで立派な祭壇、マリアさまの顔(切れ長の眼)が良かった。木彫もAnonimoToscano「S.sebastiano」やFrancesco di Valdambrno「Angelo」等、表情が印象的。Pistoia出身の画家の作品が当たり前だけど充実。少しペルジーノに似ているGerinoGerini(1480〜1531)やBernardino del Signoraccio(1460〜1540)Bernardino Detti(1498〜1566)等々。LorenzodiCredi(1459〜1537)の油絵も嫌味がなく、端正。あとAnonimoFiorentinoの「Ritratto di giovane donna con fiori」がちょっと歪んだような顔の一部と花にライトが当たる意味深な作品。外に出て少し坂道を下ると左側にCeppo病院(13世紀)。外観がフィレンツェの捨子養育院に似ていて、それをもっとコンパクトにした感じ。Robbiaの彩色陶板とメダイヨンが装飾されているのが面白い。今もちゃんと病院なので、人々が出入りしている。左に少し歩くとS.Andrda教会。小さな教会だがファザードがロマネスク様式で浮き彫り等、細やかで美しい。扉を開けると、入口に若い子が数人座っている。ちょっとびっくりしたが、どうやらボランティア?か何かで夏休みの学生さんが教会の内部をガイドしてくれた。親切に色々教えてくれた。此処の見物はGivanniPisano(1248〜1314)の説教壇と木彫の十字架像。暗くてあんまり見えないのが残念だが、説教壇はど根性を感じてしまうほど徹底的な仕事ぶり。この人の作品はPergiaで噴水を見た、ハトの水飲み場になってたな。父ニコラとの共作。この人の説教壇はPisaとSienaにもある。気付くと早くも夕方4時、最後にマリーノマリーニ美術館に立ち寄る。此処がかなりのボリュームがあって、時間がかかった。版画から油絵の平面作品の他、勿論彫刻作品も多く展示。美術館には誰も居なく、窓から夕方の風が心地よく。静か。中庭にはカフェも併設していた。街の人々もどこかのんびりしていて、良い街だった。
11日
キョーコと午前中電話、いつもは私が弱音吐いているのに今日は反対…可哀想に泣いていた。心ない言葉に酷く心が弱くなっている。きっと自分でもどうしてよいか解らないのだろう。何か見えないシガラミや重さ。自信とプライド。これは難しい問題。狭い所にいると益々見えない。がんじがらめ。ひどい言葉を言うデリカシーない人っているんだ。失礼な人。偽善者。妹を傷付ける奴はゆるさん。勝手な思い込みで決めつけて失礼な事言う人は、いつか、それが必ず自分に跳ね返ってくるであろ う。自分が言った事で自分が苦しむだろう。
10日
久々に猛暑、世界中から観光客は沢山。darteに行くと校長のPatrizioさんが友人を紹介してくれた。フィレンツェで本屋さんをやっているMicheleさんは、日本にとても興味があり、日本語を勉強してるとのこと。音楽もJ-popから三味線や雅楽まで好む。不思議。Patricioさんも平面絵画の芸術家で凄く面白い作品を作るけど、その人もコラージュや音楽を作るらしい。私のScultura一作目はようやく完成見えてきた。上出来とは言えないけれど、大変勉強になる。新しい感覚。発見もあり、面白い。 9日
ネットポイントに行くとOさんカップルに遭遇。近くでお茶を飲む、版画の学校はかなり本格的らしい。フィレンツェの専門学校はジュエリー等もかなりレベル高い気がする。二人は来週アムステルダムに行くそうな。オランダ、何年か前に行ったな…。現代美術の画廊が幾つかあった記憶。darteは段々面白くなってきた。形が出来てくると、“そこに存在する”という事を感じ始める、Cretaに何かが入り呼吸をし始める。立体の魅力。
8日
Domenica朝7時30起。AnnaさんはまだロシアにVacanza中の息子夫婦を心配し、Nervoso。どうやらロシアの酷い山火事で立ち往生しているらしい。テレビのニュースを見てはAnnaさんは寝れない位心配。家の母が弟を心配する姿にそっくりだ。Mammoniは世界共通。 私はバスでBarbaraの家へ。今日はlezione、昼過ぎまで。しかし上達しない私。帰りがけBarbaraが「Regalo perte」とLimocelloをくれた!イタリアのレモンリキュールだ。嬉しい!冷やして飲むのよ、と彼女。楽しみ。今日もとても暑い。午後は掃除、洗濯、荷物整理。夕方、Stefanoさんが来た。久々にお会いしたが元気そうだった。Annaさんと三人でテラスでお茶をした。話題は飼い猫ちゃんの様子から政治の話まで多岐に渡り‥でも二人とも口を揃えて「昔のフィレンツェはとっても良かったのよ、今は変わってしまった」と言う。
7日
Sabato、朝ご飯はAnnaさんと一緒にリビングで食べ。今日こそPratoに行くぞ!と意気込み駅へ。切符販売機に並び、自分の番になりPratoまで1.9Euro。しかし20Euro紙幣を入れると戻ってきちゃう!財布のコインは1.7Euroしかない、20足りないよ〜。と一人であたふたしてたら後ろに並んでた綺麗なお姉さんが足りない分のコインを販売機に入れてくれた!「ありがとう〜待ってて直ぐに返すから」とイタリア語で言ったけど、いいわよ〜と言って、笑顔の彼女。あー‥本当に感謝‥こういう優しさに触れると、心底嬉しい。私も優しさを受けた分は常に誰かにこの「親切恩返し」を出来るようにしなくてわ。結局お言葉に甘える私。電車に乗りPratoCentrareに無事に着く。この町はフィレンツェからそんなに遠くない。けど、イタリアでも有名な中国人街だ。どうやら元々は繊維工業で栄えていたらしく、その下請け作業を中国の人達がやり始め、人口が増えたらしい。確かに街には半分と言っても大袈裟じゃないくらい中国の人達。うーむ‥。案の定「ニーハオ」と知らないおじさんに挨拶された。ここに居たらどうみても私は中国人だろう。と思っていたら「サヨナラ」なんて言ってくる人も。美術館の人も私にGiapponeseと言った。駅前を真っ直ぐ行くと街の中にいきなり巨大な堅牢な城壁の塊が現れる。神聖ローマ皇帝2世によって13世紀に建てられたお城跡。その直ぐそばにはS.Maria dell Carceri教会。初期ルネサンス様式で上には小さな円蓋。内部にはA.della Robbiaのテラコッタがあり、簡素ながらも上品な教会。Giuliano daSangalloの建築。とりあえず知らない街に着いたら、ウロウロと迷子になり、ある程度迷子になりきると少し頭に地図が入る。とっても簡素な街並だ、というかお昼のせいか歩いている人も少なく、お店も閉まっていて、ちょっと寂れた感じも。お腹減り、数少ない小洒落たお店に入る。表参道にありそうな・ちょっと東京が懐かしくなる。「Bigogne Bar」PastaとAcquagassataで6Euro 美味しかった。トイレも綺麗だった。昼だけどDuomoが開いていたので入る。このDuomo、見た目は‥うーむ、そんなに感動的とも言えないけど、ファザード右側に小さな説教壇があり、DonatellとMichelozziが共同で制作したもの。ただしレプリカで本物は美術館にある。このDuomoの見物はFilippolippiのフレスコ画「洗礼者ヨハネと聖ステファノ伝」天井に「四福音記者」。Pratoは彼の生まれ故郷なのだ。その昔、このDuomoでの聖母被昇天祭で「聖母の腰帯」の式典最中に50才のFilippoと23歳の尼僧Lucreziaは駆け落ちする‥修道士と修道女の逃避行はかなりスキャンダルな事件。許されない破門当然の所、大パトロンの老コジモの計らいで異例の許可が出る。その後二人の間に息子Filippinoが生まれた。Filippinoが12才の時に彼は亡くなってしまうけど、その後息子はBotticelliの弟子となり立派な画家になる。ちゃんと繋がっているなぁ‥。中の礼拝堂は3Euro払うと近くまで入る事が出来、間近にフレスコ画が見れる。色彩はそんなに鮮やかではないが、全体的にちゃんと残っていて、見応えあり。色味はややぼんやり。が、やはりFilippolippiの世界なので、柔らかな線と女性の目、表情が優しい。サロメの白い服のヒダの揺れが印象的。右側隣の礼拝堂にはUccelloのフレスコ画。こちらも修復後なのか、全画面しっかり見応えあり。Duomoを出て、隣は付属美術館(5Euro)。こちらにDonatelloとMichelozziの「説教壇」オリジナルがある。近くで見れるのは非常に嬉しい。天使達の楽しそうにはしゃぐ姿が可愛い。ちょっと不細工な顔つきもあって、思わずスケッチ。この作品はフィレンツェのDuomo博物館にある合唱隊席と似ていると思ったら、やはり同時進行の制作らしい‥と本に書いてある。あとFilippolippiの板絵も展示。形が祭壇画のように変形、トップが玉ねぎのような形。その後、壁画博物館に行く。建物はゴシック様式のS.Domenico教会に付属した修道院。ここには現在、修復中の市立美術館の作品も展示してある。Filippolippiの板絵や息子Filippinoが母のために購入した家にあった「聖女マルゲリータ」、Lorenzo MonacoやBernardoDaddi、GiovannidaMilanoなどの祭壇画。印象に残ったのはMaestro di S.Miniato(1460〜1490)小品だが聖母子が可愛いく淡い色彩が良かった。珍しかったのはフレスコ画技法Graffitoで描かれた壁画の展示。これは1967年にParazzoVajの修復工事にて発見された15世紀のものらしい。その他LuccaSignorelli、RaffaellinodeCarliの作品も良かった。閉館時間になり、帰ろうとすると美術館のおじさんが、話しかけてきた。君は絵の勉強しているのか?と聞かれ、Si.と答えると、じゃあと言い、売物のカタログを下さった。わーい嬉しい。おじさんはPratoとFilippolippiについてちょっと自慢気に話してくれた。外に出ると街には老若男女、ゾロゾロ出てきた。夕方に皆さん活動するみたい。19時の電車でフィレンツェに帰。
6日
今日は朝から涼しい。いつも家を朝8時50分位に出る。家の前の小さな果物屋さんはすでに開店。ドアを開け右に行くと直ぐにPonteVecchio。まだgioielleriaの店々は閉まっている。アルノ川は静かな鏡のよう。空は涼しいCerlian色、遠くに雲が流れ。橋を渡り、そのまま真っ直ぐ歩いていく、左にCinghiareの銅像。MercatoNuovoでは慣れた手つきで市場の準備をする人達。そしてRepubblica広場に出る。動いていないメリーゴーランドが玩具みたい。そのままSavoyHotelを過ぎるとDuomoが現れる。浅草寺と同じく、ちょっとお辞儀し通り過ぎ、ViaMartelliの学校に着く。今日の授業後、Tobiasが明日ドイツに帰国するので、お別れに一緒にPranzoした。彼は日本をとても好きだと言ってくれ、帰国したら日本語の教室に通うと言う。すでに平仮名カタカナは書けるし読めるから凄い。いつか京都に行きたいらしい。彼との会話は互いに慣れないイタリア語でだけど外国人と話してる気がしない。見た目は今時の男の子だけど、なんだか真面目な日本人学生のよう。お別れに英語と日本語で書いてあるフィレンツェの本と日本の飴をあげた。物凄く喜んでいた。日本語で手紙をくれる約束をして、何度もお別れの挨拶をし、一緒に写真を撮り、「サヨナラ、アリガトウ」と手を振り去って行った。とても短い期間だったけど、日本に興味を持ってくれているTobiasみたいな外国人(アニメオタクでは無く)に出会えた事は、私にとって、想い出深い出来事で‥なんだか、凄く嬉しかった。多分、こちらに居ると気付かない内に何かコンプレックスを感じているからだろう。容姿や言葉、東洋人という事‥そんな時に日本は良いと言ってくれる人に会えたのは、私にとって日本人としての誇りを再確認させてくれて、胸をはって歩ける心の支えになった。午後はdarteにてSculturaの制作続き。本当に難しい‥立体。ミケランジェロがやたら絵画より彫刻の方が上だと言っていた意味がちょっと分かるな‥。
5日
キッチンで鍋燃やし、Annaさんが帰宅し凄くびっくりされた‥。臭さかったらしい。まずった・。ぼんやりしてしまい…。Annaさんは息子さんの件で電話で言い合い、かなりNervoso、なんて言って良いか分からず、とりあえずMi dispiace‥hai ragioneと頷き聞いてあげた・話終わると少し落ち着き取り戻し部屋に戻っていった。 今日は午後はdarte休みなのでPitti宮殿に行った。Mostra「Caravaggio e Caravaggeschi」がやっている。Caravaggioだけでなく、同じ時代のJusepe de Ribera(1591〜1652)やBartolomeoCavarozzi(1587〜1625)OrazioRiminaldi(1593〜1630)SimoneVouet(1590〜1649)BartolomeoManfredi(1582〜1622)等々。Caravaggioは日本でも好きな人は多いけど、どうやらイタリアでもかなりの人気。会場は混んでいた。展示の仕方も良かった。というより展示場所が凄い所なのだから、それだけで圧倒。日本の美術館を考えると本当に羨ましい。Pitti宮の二階の部屋に全面真紅の壁をたて、そこに燻金の豪華な額縁をつけた黒の闇と明の世界。キリスト教の主題を中心に明暗、生死等々の対比で描かれた作品。会場の天井は高く、フレスコ画や天使や紋様の装飾、そして幾つものシャンデリアが吊り下げられている。展示がまるで一つの舞台かオペラを見ているかのよう。豪華。Caravaggioの「Amore dormire」良かった。油絵は西洋の物だなぁ‥なんてつくづく思ってしまう程、画材と題材と技術、全てが完璧に合い、完全なる完成度。
4日
この街に居ると恐ろしい位の引き寄せというか、偶然いや必然がおこる。神様が正したのかな。うわあ‥って落ちこんで。この二三日の独り言と一人芝居バカだなぁー。…ただただ落ちる、堕ちる。いや、違うってわかってたけど、早く分かって良かった。こういう気持、胸がざわざわして、息が上手く出来なくて、何を見ても見てなくて。そういう時の、言葉では言い表せない気持、忘れないようにしたい。頭が真っ白になって、自分の言葉や想いがバカみたいで。恥ずかしくて死にたくなるような、きっと、多くの人が感じた事があるかもしれない、痛み。忘れないように…。物凄く今は辛いけど、きっと時間がたてば、何でもなかったかのように消えてしまうけど、今はこの痛みは確かにあって、どうしてよいか頭の整理がつかず‥何度も同じ場面が頭に繰り返し浮かび、その時の間抜けな自分に死にたくなる位悲しくなる。でも少しづつだけど必ずまた、大丈夫になる。今は全部無しにして消えたくなるけど、時間が経つとすっかり忘れてしまうだろう。こういう時のどうしようもないざわめきを、鎮めてくれる物は何だろう‥。救いの芸術…?何かにすがりたい気持。人は自分に陶酔して落ちようと思えばいくらでも。反対に上がらせるのも自分。簡単だ、単純だ。忘れよ 忘れないけど。悲しいのと寂しいのと。
3日
語学学校始まり、ちょっと憂鬱。午後はdarteにてSculturaの授業。大学生以来の立体制作なのでとりあえず基本的な「手」にした。まずはデッサンをし、ポーズを決めてBase作りから。想像以上に難しい!かなり苦戦、Valentino先生のイタリア語も早くて早くて‥。でも熱心な良い先生だ。4時間ずっと全力投球という感じ。本当にこの学校の先生は皆、Passionaleだ。夜は疲れて食欲なし。
2日
朝7時起き、ブランキーの夢みた、ベンジー出てきた。ミケランジェロ広場まで行き、教会スケッチ。段々、やんわりと自分の描きたい世界が見えそうな‥。でも考えていても形にするのは難しい。darteのScultura始まる。先生が変わった‥。超早口だ。ほとんど分からないと言ってもいいかも。いつものごとく見て学ぶしかないかな‥。今日は説明と自分のテーマ探しで終わった。初めての事をするのは新鮮な気持になる。けれど、頭フル活動。ちょっと疲れる。
1日
Domenica.朝は8時起床。涼しい。Annaさんは私が問題なく過ごせたかと、とても心配して、ちょこちょこ気にかけてくれる。私のマイペースでトンマな所は、いつかバレるでしょう。とりあえず朝一に前アパートへ鍵返しに。サンマルコ広場へ行き教会へ。キョーコと電話で話す。人間はイロイロな人がいる。悪い人も良い人も普通の人も。たまたま、その時は嫌な人も本当は違うかもしれない。その反対もある。結局、世界中、何処の国もそれは同じではないかな。宗教や経済状況や様々な文化が違っていても。結局は人間は同じ。あの国の人達はああだとか、こうだとか、多少の違いはあるだろうけど。多分、思い込みや贔屓目や偏見だったりする所があると思う。きっと本質は同じ…。フィレンツェと言えばBrunelleschi、S.M.del Fiore大聖堂のクーポラ(大円蓋)でしょう。夏のバカンスシーズンの日曜昼過ぎ、当たり前だけど入口は行列。この大聖堂内は入ると意外にガラんとした印象。だだっ広い。入口側の壁にUccello設計の時計(1443)が目に止まる。また左側には同じくUccelloの描く騎馬像。隣にはCastagnoの騎馬像。クーポラは別の入口から頂上まで登れ、上から街を見渡せるらしい。昔、ちょっと流行った(?)とある小説で主人公の二人が再会する場所。日本の人達が多く上がるらしい。ひねくれ者の私は今の所、上っていない。健脚な恋人同士だったんだなぁ‥と思うだけ。夕方は買い出し。夏休みは今日で終わり。明日から学校が一気に始まる。ハードな日々が始まる。夕方、Anna さんに呼ばれ、テラスに椅子を出しお喋り。なんて素晴らしい眺めなのでしょう!PonteVecchioとVasariの回廊。こんなに間近に見れるとは!橋の屋根に鳥の巣があるらしく、何匹か行ったり来たり飛び回る。アルノ川はゆるやかに流れ。夕陽が建物を照らし、くっきりと形を浮かび上がらせる。人々のざわめきが遠くから聞こえる。

7月

31日
朝9時まで寝坊。ひとまず昨日、閉まって入れなかったS.M.N教会の付属美術館に。美術館といってもChiostroと礼拝堂。大きな糸杉のある中庭を囲むように規則的に配置されたアーチの柱。そして壁面全てがTerraVerde!「緑の回廊」と呼ばれている意味が分かる。TerraVerdeの顔料がそのままに残って描かれている。何故だか急に哀しくなる‥分からないけど、誰も居ない緑色の回廊があまりに非現実的で、美しくて、取り残されたような錯覚のせい‥?そして突然に鳴り響く鐘‥。この回廊にはスペイン人礼拝堂という所があり、中は天井、壁一面にフレスコ画が。Andrea di Bonaiuto作(1355)修復されているとは思うけど、かなり細部に渡り描き込みが素晴らしい。こちらは全体的にTerraRosa系の世界。日本語で言うなら小豆色?。所々に抹茶色と白。かなり渋い。ずっと見ていたら、学生の時に旅したシルクロードを思い出す。そう、キリストがまるで仏陀そのもの。同じように見える、あの渇いた砂だらけの世界、三蔵法師が歩いた景色を思い出す。他の場所でRestauro中で見れない所もあったけど、かなり素晴らしかった。今日は夕方に引越しを予定。昼過ぎからアパートで荷物準備していたら、いきなり大家の娘と子供が来た!び っくり。いつもは日曜に大家夫婦が掃除に来るのに。今日はまだ土曜。大家娘はこのアパートに初めて来た日に、物凄くAntipaticaで雑な説明だけして帰ってしまった人だ!まさか最後の最後にこの人に追い出されるとは‥ちょっと笑ってしまう。案の定、彼女はいきなり大きい声で汚い汚いと私に言う。びっくりしてポカンとしていると、どうやら隣の部屋の事らしい。私に言われても‥ね。ガタガタと掃除をし始め、私にも掃除するから出てけと言う‥夕方6時まで荷物置かせてと頼んでみたけど、聞く耳持たず彼女は強い口調の英語で廊下に出せと言う。暑い中、外国人の汚した3部屋も掃除するのが嫌なんだろうなぁ〜‥、彼女はイライラしてやたら恐いので私も荷物を廊下に出し、Barに避難。それにしても多荷物。はあ‥無事に引越し出来るかなあ。そんなちょっとブルーになっていた矢先に先日知り合った版画学校に通うOさんが手伝いに来てくれると言う!まだ一度会っただけで挨拶した位なのに。なんて優しい人なんだろう!私が困っているのをまるで知ってるかのようだ。彼は自転車でアパートまで来てくれて、めちゃめちゃ重たい荷物をサ クサクとタクシーに乗せ、運転手さんとやり取りし、新しいアパートの前まで全部運んでくれた!あっという間だった。私の予定では2、3往復する必要があるなと覚悟していたので、有難くて涙涙。無事にAnnaさんの家に着いた。今日からAnnaさんというシチリア出身の60代イタリア婦人宅に居候。一人暮らしの彼女のアパートはなんとPonteVecchioの渡ってすぐ並び。アルノ川沿いだ。テラスからの眺めが信じられないほどの絶景で、こんな角度からPonteVecchioが見れるのはかなり貴重な事。この景色を見て暮らしていたらきっと幸せだろうな。しかもテラスのあるリビングは白を基調としたお洒落なインテリアで、イタリアらしい内装。日本人には真似出来ないセンスだなぁと、感動。私の部屋は道路側なので窓の眺めはコナドなのだけどね・でも部屋は広くWベット。綺麗で嬉しい。とりあえず、新しい部屋での生活が始まる。Annaさんは綺麗好きでちょっと神経質な所があると聞いているけど、静かな方なので、お互い心地よく共同生活が出来ると良いな。
30日
朝は引越し準備、いやはや大荷物。12時にS.M.Novella教会に行く(4度目)この教会は私のアパート目の前。Piazza unita italiaにアパートはあるが、昔々(9、10世紀頃?)はこの広場がS.M.N教会のPiazzaだったらしい。再建時に正面方向が90度回転し1246年に新教会は着工されドメニコ会の根拠地となった。ファザードがLバッティスタアルベルティの設計で、私はフィレンツェで一番好きなファザードだ。白とモスグリーンとピンクの大理石で模様がデザインされ、落ち着きがある中に軽やかさもあり、何度見ても癒される。中に入るとすぐに目に飛び込んで来るのは、Giottoの「十字架像」!天井高くにかがげられ、金地をバックにキリストの姿が大胆にじっくりと描かれている。底知れぬ迫力、シンボルとしての強さ。直ぐ近くの右側にはMasaccioの晩年の作品「三位一体」。晩年と言っても27歳‥。Giottoのキリストと比べると、やはり絵画空間を意識しているのが分かる。奥行や遠近は友人のBrunelleschiからアドバイスを受けていた事でしょう。周りの人物の服や建物にピンク色系統を使って、中心の白色系のキリスト身体を浮かび上がらせている。進んで行くと右側、ストロッツィ礼拝堂の壁面には「聖ヨハネとピリポ伝」FilippinoLippi作(1489〜1502)。そんなに広くない空間に力強いフレスコ画がびっちりと描きこまれている。この人には器用な優等生的印象があった、何でもソツなくこなすような‥(お父さんのFilippoが破天荒だったせいかな?)しかしこのフレスコには人間臭さみたいなのを感じて好感を持ってしまった。本によると晩年の作品で時代もロレンツォ豪華王が死にサヴォナローラが現れ、そして処刑され‥という不安定な時代。世紀末的な不安な時世に影響されつつ、負けじと熱っぽく描いたような気がした。そして主祭壇後陣、かなり広い壁面にGhirlandaio(1449〜94)の「マリアの生涯」フレスコ画(1485〜90)物語が一面に繰り広げられている。各画面に当時の重要人物が描かれているらしく、いく人かの美男美女がこちらを向いている。色彩も鮮やかで配色、構図が素晴らしく、画面に躍動感。マリアさまの物語がドラマチックに展開されていて、映画監督のようなGhirlandaioの感性は凄い。そして左隣にはGondi礼拝堂。ぽつんと木彫のキリスト十字架像がかかっている。そう、これがあのBrunelleschiの作品。前にも書いたがDonatellとのやり取りで創作した物。内緒で制作したBrunelleschiはDonatellを昼食に誘い二人で買物をし、口実を付けて先にDonatelloを自分の家に帰させる、Donatelloが家のドアを開けるとこのキリスト像が完成され置いてあった。これを見た途端、持っていた卵等の食材を床に落とし呆然と「君にはキリストを作る事が許され、僕には農夫なのだ」と言ったとか‥。二つを見比べて‥私には甲乙の差を感じられなかったけど、確かにBrunelleschiのキリスト像は半開きの口元や肌の色などから悲壮感と神秘的な美を感じた。しかしこれを期に彫刻制作からは遠ざかったらしい。更に左側の階段上には時代が古く、Nardo di Cioneの「天国」「地獄」のフレスコが一面にある(1357)。かなり色が渋い。京都で見た古い曼荼羅を思い出す。中央には兄のOrcagnaの多翼祭壇画(1354〜57)がある。Orcagnaは1359〜あのOrvietoの大聖堂の建築をした人だ。多才だな。あと個人的には聖具室の土産売場がシャンデリアや装飾が素晴らしくて大好きだ。
午後は暑さもやわらいだので、散歩。DellaSpadaでセールしていた画集(Giotto. Gozzoli)を二冊購入。そのまま歩いてSantiApostoli教会へ。細い道を行くと小さな小さな広場に出る。フィレンツェでも古い聖堂のひとつで街の片隅にひっそりと佇んでいる。時の重さを感じさせる、ただならぬ雰囲気に少し怖くなってしまう。中に入ると古い埃の匂い。昼間でも暗く、派手な装飾はない。ロマネスク様式。小さなアーチの窓から外の光が差し込む。外の喧騒が嘘のように静か。Brunelleschiがここの半円アーチや柱などから多くのヒントを得て、ルネサンス建築に大きな影響を与えたという。外に出て、ミケランジェロ広場に向かう。時間は7時過ぎ、ようやく夕焼けタイム?坂道と階段をウンセウンセと上り、San Miniato al Monte教会まで辿り着く。眼下にはフィレンツェの街並、夏の夕焼けに照らされる赤レンガの屋根。アルノ川が眩しく反射し光っていた。オレンジ色と葵が混ざった雲、淡い紫の空。
29日
珍しく今日は朝から曇り。あまり暑くない。少し街を巡る、まずは一度訪れたChiostro dello Scalzo。週三日の午前中しか開いてない。「洗礼者ヨハネの生涯」Andrea del Sartoが1509〜23年にかけて描いたフレスコ画がある。入るとぐるっと一目で見渡せる位の小さな回廊の壁面全体に、物語が描かれている。何より初めて見た時驚いたのは全てが褐色と白のモノクローム。微妙な色合いなど日本の墨絵を思い出してしまうが、それよりも明暗が強く表現されていて、とてもドラマチックに見える。独特な空間を作っている。彼はPontrmoの師匠。という訳でSs.Annuziata教会へ。ここには彼らのフレスコ画が並んである。Chiostro dei Voti「聖母被昇天」RossoFiorentino「聖母訪問」Pontrmo「聖母誕生」A.delsarto、16世紀の彼らの作品を見比べられて興味深い。天窓からの明かりが頼りなので曇りの日はちょっと見づらいが。その後S.MariaMaddalena de Pazzi修道院へ。此処は少し離れた所にあり、急に人気が無くなる。日曜朝、何度も訪れていたが、いつも誰も居ない。今日は奥の扉が開いていて係員のおじさん発見!やった!すかさずペルジーノのフレスコが見たいと言うと。「Oggi e chiuso」え〜‥「Quand posso vedere‥?」とくい下がると、おじさんは直ぐ戻るようにと言い、地下の電気を付けてくれた。単に面倒くさかっただけ?まぁ何でもいいから早足で階段降り地下へ。ちょっと不気味な所を奥に進んで行くと、現れた!Perginoの「十字架に架かるキリスト」フレスコ画。素晴らし過ぎる!!なんて美しくて清純な世界。感嘆の声出てしまう。顔つきが虚ろで現世から逸脱したような儚さ。色彩は透明感あり綺麗で息をのむ。上品。ペルジーノが描いてから500年、修復されていないというから驚きだ!神秘だ奇跡だ。アルノ川氾濫の時も奇跡的に助かったらしい。私のベスト10入り!離れ難いけど、又来よう。おじさんにお礼を言い、また歩きBrunelleschiの設計したロトンダを通り過ぎる。名はSantaMariadegliAngeli。Brunelleschiの晩年のもの。未完とはいえ地味な佇まい。でもとても見ていて落ち着く。しかし外壁にはスプレーの落書きあり。勿体無いな。そしてすぐ近くのSanMicheleVisdomini教会に入る。ここも地味な存在で観光客は一切立ち寄らない。静か。Pontrmoの「聖家族と聖人」の油絵があるが、暗くて、いや、黒くて全然見えなかった。残念。その後Via dei Pucciを行きS.Lorenzo教会に。こちらはBrunelleschiの設計でフィレンツェで最初のルネサンス建築。ファザードが未完でレンガが剥き出しなのも、フィレンツェの街に溶け込み、不思議と魅力的。内部は左右に半円アーチと円柱が優雅に施され天井も四角い格間が。教会内に入ってすぐ右側礼拝堂にR.Fiorentinoの28才位?の作品「マリアの結婚」があり。主祭壇近く左右にドナテッロの最後の作品、説教壇がある。すぐ左にはAngnoloBronzino(1503〜72)の大きなフレスコ画。人間の身体が大迫力!そしてFilippoLippiの「受胎告知」が見られる。少し焼けているのか暗いけど品がある。そして旧聖具室(1419〜28)設計はBrunelleschi、装飾はDonatellの共同制作。どんなやり取りで作業したのだろう‥お互いに尊重しつつ意見を言い合い、安らぎを感じさせる空間を作ったのだろう。先日見たS.Croceのパッツィ家礼拝堂にやはり似ていて正方形プラン。あちらの円盤下のメダイヨン(楕円または円形装飾)はLuca della Robbiaの作品だ。DonatellとRobbiaはどんな関係だったのだろう。違う素材でもライバルだったに違いない。雨降りそうなので一旦帰宅。案の定 豪雨と雷!3時には晴れ、また凄く暑くなる。午後はDuomo付属美術館へ。2月以来二度目。クラシック音楽が流れ、近代的で綺麗な美術館。Duomoの14世紀のファザードの装飾彫刻などが展示。私は此処の彫刻作品が好きだ。どれもちょっと微笑ましいというか素朴で、純粋。一階にはArnolfoの作品が並ぶ。堂々としていて安定感。Donatellの作品も幾つかあり、有名な「予言者ハバクク」、カボチャ頭と呼ばれ、難しい顔つきなのに愛嬌あり。何故か京都の仏像を思い出してしまう。「マグダラのマリア」かなりボロボロだ(笑)CATSのグリザベラ‥?。ミケランジェロの「ピエタ」もある。途中で放棄し人出に渡り後世手直しの痕跡あり、なんとなくしっくりこない部分もある。二階のDonatellと Luca della Robbiaが競作した(1430)二つの「聖歌隊」の彫刻が本当に素晴らしい!子供や女性が歌いダンスし楽器を奏でる姿が生き生きと彫られ、本当に音楽が聞こえてきそう、楽しい!半立体のなかに遠近感とリズムを表現していて作品に動きがある。隣の部屋のAndrea Pisano(1334〜36)の鐘楼を飾っていたというパネルが壁一面に並ぶ。こちらも漫画?みたいで面白い。農業や航海や画家や職人‥様々な職業が浮き彫りされている。人物の表現が本当にコミカル。外は大嵐なので止むまでちょっとだけ彫刻をデッサンする。テンペラも幾つか展示されBernardoDaddiの金地テンペラは修復もされているのか、完璧で見応えあり。そしてこの美術館にはBrunelleschiのデスマスクやDuomoのランタンの模型がある。Brunelleschiを無視してはフィレンツェには住めない。いつも彼の銅像はクーポラを見上げている。とある本には彼の事を背が153センチ、秘密主義で協調性はなく高慢短気、生涯独身だったとある。21才の時にサンジョバンニ洗礼堂の扉コンクールにてギベルティに敗れ、ローマに旅だった話は有名。ローマにて10年位滞在し古代建築を研究、クーポラ建設のヒント得て、あの美しく絶妙な大聖堂のクーポラを完成させた(1436)。この時代の人ですら、更に古代の芸術から、色々と学んでいるのが面白い。その後ランタンも彼の模型がコンクールで決まる。かなりの大仕事をした。それと自分の見ている実物の型と正確に一致した画面に作図できるかと、遠近法の研究もしていた。この影響はマザッチョや後々、建築家のアルベルティが引き継いでいく。でも遠近法の研究と言えばUccelloかな。ともかく初期ルネサンス様式の建築の形を確立したのは彼なのだろう。
28日
午後、Basilica di S.Croceに行く。2月に行った以来。何故だかこの近辺の雰囲気が個人的に苦手であまり寄りつかない。でも昨日までGiotto氏の故郷Mugelloにいた事だし、Giotto氏の作品が見たくなったのだ。この教会はFirenzeのフランチェスコ会の本部とも言える重要な教会。1294年に着工され歴史と共にミケランジェロ(Vasari作)等の沢山の著名人のお墓がある、いつも観光客でいっぱい。まずはGiottoフレスコを、と礼拝堂に行くが「福音記者ヨハネと洗礼者ヨハネ伝」は修復中で幕かかり残念。「聖フランチェスコ伝」は見れた。破損部分も多いが晩年頃の作品と言われていて、「フランチェスコの葬儀」は色数は少なく暗めの色調だが、死への哀悼とドラマが静かに伝わってくる。この教会には師匠であるCimabue(1240〜1302)の「磔刑のキリスト」も付属美術館に展示されている。1966年の洪水で損傷は酷いが、それが返って磔されたキリスト悲惨さを増す。しなだれた身体つきとVerde系の肌の色や陰影が悲嘆と苦痛を強く訴えかけてくる。さすがCimabue様!それまでは長い間ビザンチン様式という型から、少し人間味のある表現を始め、更に弟子Giottoが「キリスト・聖人=同じ人間」とする思想の革命をする。人間の感情や表情を身振りで表し、当時の建物や風俗を取り入れ分かりやすく描いた。Giottoの弟子のD.gaddiの「生命の木」も壁一面に描かれた世界が素晴らしかった。この教会は美術館並に作品が充実している。教会内のDonatello(1386〜1466)の「受胎告知」や「十字架像」が印象に残る。この十字架像はとても人間味溢れ生々しい。この像を見た親友ブルネレスキが酷評し同じ木製の像を作りドナテッロに見せると、ドナテッロは完璧に仕上げられた像を見て驚愕「キリストを作る事を許されたのは君で僕に許されたのは農夫なのだ」と言ったという逸話が。そしてその像はライバルのドメニコ会、S.M.N教会にある物だ。とはいえDonatelloはリアルさを追求し人体を解剖学的に把握した彫刻界の革新者。あとBマイアーノの説教壇も素晴らしい。Lorenzo Monacoのキリストを描いたテンペラ画もあった。何故か顔立ちに親近感、やはり好きな画家。あと、付属美術館にAgnolo Bronzinoの巨大な油絵があり、完璧。美しく迫力。女性や子供の肌のムチムチした質感と表情が魅力的で惹き付けられ。最近の1番!だ。
29日
朝8時過ぎにGiovanniさんの車で再びFirenzeに戻る。Y婦人宅にちょっと寄り薔薇のお茶を頂き、バスでアパートに帰る。
27日
朝は鳥のさえずりとニワトリの鳴き声で目覚め。ぐっすり眠れた。爽やかな空気。ジャケットが必要な位涼しい!日本で例えるなら清里とか那須あたり?。一日中、スケッチする。昨日まで暑くてダレていたのに、制作欲も食欲も戻る。昼はYさんと外のテラスでPranzoしたり、夕方はハンちゃんとお散歩。ちょっと遠くの丘まで上がり、青く大きな空と、もくもくと覆う雲を眺め。広々とした草原で羊の群れが草を食べているのが見える。牧羊犬が私達の近くまで駆け寄ってきて、ご挨拶。 誰も居ない山道をてくてく歩く。MugelloはGiottoの生まれ故郷、彼はもともと羊飼いで、羊の絵を描いていた所にCimabueが通りかかり、その才能を認めて弟子にした‥という逸話がある。Giottoが居た時代と余り変わらないかもしれないMugelloの自然に身心共に癒された。夢のような時。
26日
数日前から学校は夏休み。 暑さも少〜しだけ和らいだ気がするのでPratoに行く事に。S.M.N駅に10時過ぎに着くが凄い人混み。夏の間はPratoに行く電車が少ないらしく11時38分発だ。この駅に来ると、何故かわくわくウキウキする。大きな荷物を抱えた人達、絶え間なく流れるアナウンス。売店はいつも忙しそう。此処から色々な街に繋がっていると思うと、嬉しくなる。用もないのにたまにブラっと来てしまう。なんて、浮かれた事を書いたが、どうやら電車乗り間違えた??直ぐに着くはずなのにおかしいなと思い、気付くとEmpoli駅!ホームの標示みたらLivorno行き!え〜っおかしいな確かにLucca行きに乗ったはずなのに(焦)ちゃんとホームで確認したはず‥。しかもだいぶ前に車掌さん来て切符をControllareしたのに。何にも言われなかったぞ。私も天然ボケだけど、あの車掌さんもかなりボケてるよ〜(1.9Euroの切符なのに)。というか、どうしよう‥固まってしまう。とりあえず乗ってるか‥。ようやく知ってる駅が現れた。Pisaで降りる。三回目、Pisaは好きな街だから良かったけど、間抜けだなあ。まだ見てなかったSantaMariadellaSpina教会に行く、びっくりするくらい小さくてオモチャみたい。アルノ川の歩道に、へばり付くように建つ。かなり摩可不思議な風景。小さいけどロマネスクゴシック様式で浮き彫りや尖塔や彫像などが細かなに装飾されている。ガイドブックに砂糖菓子のようと書いてあったが本当にそう。大理石の色も柔らかいピンクやベージュで夕焼け時はきっと素敵だろう。MuseoNazionaleに行くがあいにく今日は何かの催しがあり休み。迷いながらPiazzadeiCavalieriへ。とても綺麗な広場だ。かつてPisaが共和国として栄ていた時の中心場所。Vasariが設計したStefano教会やPalazzodellOrologioなどが趣きあり。修復後らしく綺麗。暑いけど日陰は心地よく、また斜塔の所まで歩く、一応遠くから拝み、眺める。凄い観光客で混み混み。そしてまだ行ってなかったいくつかの教会を目指して歩いて行くが、どれもこれも閉まってて‥こういう日は何やっても空回り、取り越し苦労。大人しくしてたほうがよいな。夕方約束あるし、16時の電車でフィレンツェに17時30着。実は今朝、Y婦人から電話あり、Mugelloの別荘にいるから遊びいらっしゃいと誘ってくれた!天使からの救いの声!暑くて寝苦しいFirenzeから逃れられるなんて、地獄に仏!有難い〜。なので夜、仕事帰りの旦那さまの車に乗せて貰い向かう事に。嬉しい。7時30Giovanniさんと待合わせ。45分位で別荘に着く。山道をぐんぐん行く、山の上の方で涼しく緑が沢山。周りに家やお店は全然ない、自然だらけ。Yさんがイタリア料理作って待っててくれた。外のテラスで鶏肉と野菜を煮た料理とパンとレンティッケとサラダ食べ。お喋り。夕焼けが綺麗。夜になると、星がキラキラ輝く。暖炉があるレンガのお家。黒猫と大きなワン子も一緒に。絵本の中のよう、赤ずきんの世界。子供の時に凄く憧れた風景が現実にある。私の子供の頃の夢が叶う。
24日
朝、9時30分の35番のバスでViaBaraccaのBarbaraの家に行く。彼女はTorino出身で同年代、Firenze男性と結婚していている。Kさんのお友達で、私が余りにイタリア語が上達しないので、ちょっとだけ家庭教師を頼んだのだ。彼女にとってもイタリア語を教えるのは初めての事だろう。気軽に頼んでしまったが、よくよく考えたら言語を外人に教えるのは難しいはず。一生懸命に準備していてくれて、感激してしまった。お家も新しいappartamento。中心から離れているので普通の住宅街(マンション群)。日本ほど高層マンションとかではないけどPiazzaもありモダンで生活しやすそう。普通のイタリア人は大体こういう所に住んでるのね。Civetta(フクロウ)の置物をコレクションしていて可愛いらしいリビングだった。汗汗のレッスンは昼頃に終わり、私は再びバスで駅前まで。午後はAccademia美術館に行く。いつも大行列で敬遠してたけど今日は意外に列も短いので並ぶ。やはり此処の目玉はミケランジェロの「Davide」でしょう。とはいえ、まず入口すぐにPerginoなどの油絵がある。大作。Pergiaで彼の作品はいくつか観た。どこか虚ろで涼しげな顔立ちや優美さは観ていて陶酔出来る。二階の金地テンペラ展示も見逃せない充実さ。この美術館は金地テンペラの宝庫だ。中でもシエナ出身LorenzoMonaco(1370〜1425)の「受胎告知と聖人」が凄く良かった。柔らかなFormに柔和な顔、でも金箔の背景の強さに負けていない。手つきや布の揺れ具合など、どこか日本の昔の美人画を思い出す。でも、やっぱりこの美術館と言ったら「Davide」。大学生の時に観て以来。うーむっスゴイ!何だろうこの迫力と存在感。何か押し迫ってくるようなパワー。腕と手、脚、顔立ち、目、全てが力強く。これがシニョーリア広場にあったと思うと、さぞや朝陽、または夕陽時はドラマチックだった事でしょう。沢山の人々が勇気を貰ったに違いない。彫刻のあるべき意味意義を強く感じる。
23日
Museo del Bargelloに行く(三度目)。ここは彫刻が沢山展示されている。外観は堅固な印象で飾り気はないがいつ来ても落ち着く。1200年代半ばに行政長官の舘として。建てられた。一階に中庭があり壁面に紋章や石のレリーフなどがいっぱい飾ってあり楽しい。一階入ってすぐにGianBolognaの作品、そしてMichelangelo の「バッカス」(1499)手足が美しくて力強い。そして「ブルータス」この彫刻を見るとどうしても予備校を思い出してしまう‥木炭デッサン。私が好きなのはLuccadellaRobbiaの作品。あちこちで見れるので沢山作品を残したのだろう。テラコッタの艶と淡いブルーなどの色味がマリアさまや天使の柔らかさを表現するのに合っていると思う。Robbia一族は15〜16世紀に活躍、彩色テラコッタの専売特許だな。ドナテッロの「ダヴィデ」「聖ゲオルギオス」は、しなやかで整っていて非の打ち所ないという感じ。あと、かの有名なギベルティとブルネレスキの1401年コンクール作品「イサクの犠牲」が並べて展示。この博物館では象牙細工の展示コーナーがあって、見応えあり!象牙細工好き。何時までも見ていられる。時間が足りない、1時30分には閉館で追い出される。早い店じまい。夕方はYさん達とApperitivoの会。PiazzaCionpiにて。
22日
学校のあと夕方4時過ぎ(といっても太陽はガンガン照らし明かるい)S.Trinita教会へ。此処には時折、散歩のついでに立ち寄る。車道に面していて少し騒がしい所にある。が、中に入ると別世界。右の礼拝堂にシエナ出身のLorenzoMonacoのフレスコと立派な国際ゴシック様式の祭壇画「受胎告知」がある。修復されているとは思うが色彩部分も金地の背景も神々しい。天使がマリアさまよりちょっと大きくガッチリ描かれている気がする。顔が優しい、羽の色彩が上品で美しい。そしてこの教会で一番の見物は後陣右の礼拝堂のドメニコギルランダイオの作品(1480年頃)。中央に祭壇画「牧者の礼拝」それを取り囲むように壁面フレスコは「聖フランチェスコ伝」が。フレスコと祭壇画は技法が違うので同じ作者でも、こういう風に感じが変わるものかと、比べて見れるのが興味深い。でも理屈どうこうより、本当に力強い。Ghirlandaioの作品はどれも男性的な印象。人物の手や脚、顔立ちなど迫真で、惹き込まれる。ドメニコギルランダイオ(1449ー94年)はBotticelliと同じフィレンツェが華やかな頃に活躍。そういえばOgnissanti教会に二人の作品が向かい合わせで展示されている。Botticelliの「書斎の聖アウグスティヌス」Ghirlandaioの「書斎の聖ヒエロニムス」。これらを観る限りお互い良きライバルだったように思う。弟子にはMichelangeloも居て、確かな技量は脈々と受け継がれていく。祭壇画のマリアさまの祈る手とうつむいた表情が本当に綺麗。ライトが消えた礼拝堂の暗闇の中、マリアさまだけにうっすらと光が当たる‥ 胸に迫る忘れ難い瞬間。
21日
今日のPranzoはStefaniaが今週末にスイスに帰るので一緒にPasta食べた。彼女はまだ19歳なのに病院で働いていて凄くしっかりしている。私の個人的な印象だがスイス人はなんとなく日本人と近いtemperamentoな気がする。「恥」を知ってるいるというか‥ うまく言えないけれど。今のクラスの人達は皆とても日本に興味があるみたい、日本の話を聞きたがってくれる(でも上手く話せない私)。言われてビックリしたのは「日本人は1日20時間働くんでしょう」とか「日本は果物が凄く高価なんでしょう」(千疋屋の事?)とか‥何処からそんな情報が流れているのか、ちょっと事実より大袈裟に伝わっている。懸命に説明するけどちゃんと伝わってるのかどうか。ブラジル国籍のエレーナは黒くて目が大きい。彼女にとって日本人と中国人が一緒になっている感じはあるが、マイペースな所がかわいい。私にとってちょっと仲良くなった初の黒人女子だ。彼女にも「犬食べた事ある?」と聞かれてしまった。なんだろね‥全くこの話は。
20日
暑い‥。太陽が痛い。語学クラスのドイツ人男の子は29歳で学生らしいが語学堪能。英語フランス語スペイン語をマスターしている。なのでイタリア語も1ヶ月余り勉強しただけでで私より全然話せる。どんな脳ミソなのだろう。彼は日本語も好きだと言い、私にカタコト日本語で話してくる。発音もちゃんとしているし、ひらがなカタカナも書いて見せてくる。何処で勉強したの?と聞くと独学だと言う。タマゲタ。日本語はつくづく難しい言語だと思う。外国人に日本語を説明するのは本当に困難だ。彼は口びるにピアス、髪も少し長く痩せていて、ビールとソーセージ!のごっついドイツのイメージからはかけ離れている。サブカルチャー好きそうだ。でも日本を好きだと言ってくれて嬉しい。
19日
昨晩、12時位にお腹痛くて目が覚め。そこから痛くて気持悪くて‥。朝までトイレに行ったり来たり、お腹抱えて激痛に苦しむ。沢木耕太郎の「深夜特急」インド編を思い出してしまった。外国で夜、独りで体調崩すのは、この上なく不安‥。とりあえず色々な飲んだらマシになり。朝、学校いくが力が出なく二時間で帰る。街には楽しそうな家族や友達同士の観光客で賑やか。は〜ぁ‥。
18日
朝6時過ぎ起床、外は涼しいが私の部屋はサウナ。窓開け扇風機回し、掃除洗濯。ミケランジェロ広場へ。途中シニョーリア広場に行き昨日観たフレスコ画を思いながらサヴォナローラの処刑された跡の銅板の碑を見下げる。政治と宗教と芸術の深い関わり、互いに絡み合う。そういう時代だったのだ。今、ミケランジェロ広場の登った教会途中にある芝生の広場の木陰にいる。風があるから過ごしやすい。ここは頭を整理するのに良い場所。
17日
めちゃくちゃ暑いけれど、頭を落ち着かせたくてOrvietoに行く。S.M.Nを9時13分発、Rなので2時間40分もかかる(2等11Euro)切符のお釣りが足りないと後から気付く(取り損なったか機械が違ったか)。小さなな事が積み重なると‥。お金はこちらに居るとちょっとした失敗やミスで小さな額だけど度々損している。合わせて今のところ日本円で一万円位かなぁ‥考えると凹むから止めよう。一人で静かに電車に揺られ、見る車窓の景色。広がるイタリアの緑、不安も寂しさも喜びも、かけがえのない経験として記憶に、頭の奥に残そう。Orvietoの中心は駅前のケーブルで登るはずが今日はChiuso、なのでバス。残念・乗りたかった。街は小さく少しCortonaに似ていた。メイン通りのViaCavurには陶器やワインのお土産屋が並び観光の外国人さん達が意外に多く驚いた。Duomoは昼休みなのでまずはPranzo、お店探し。暑いけど日陰もあるので小道をブラブラ。脇道に入り、なんとなく小さなtrattoriaに。お客さんで混んでいて賑やか。AntipastとTagliatterePergoraというお店の名前のパスタ。白ワインが有名らしく、グラスワインでちょっと良いのを頼む。美味し!幸せ。久しぶりにまともに食事。やはり元気がない時は少し高くても美味しいもの食べないとポジティブなれないな。気付くと2時半。いよいよDuomoへ。細い道を行くと建物の間から見えて来た!おぉ!凄いっ!なんだかこの感動がフィレンツェのDuomoに似ている気がした。そのくらいDuomoのファザードは想像以上に素晴らしい。1290年に建設が始められ17世紀初めに完成。ゴシック建築。しかし建物というより一つの絵画作品のよう。昼間の太陽が正面の黄金を使ったモザイクを照らし豪華絢爛に輝く。ガラスモザイクは色鮮やかに細かくキリストの物語がデザインされている。建設の中心人物はシエナ生まれのLorenzoMaitani. 彼はSienaの大聖堂建設にも関わっていたが1308年にOrvietoに招かれファザードを設計したそう。なのでSienaとOrvietoの大聖堂は似ている。ファザードを飾る浮き彫りは新旧の聖書をテーマにしているが緻密で繊細。圧倒されてしまう。中心の薔薇窓も繊細なレース編みのよう。アンドレアオルカーニャ作。Duomoの周りは広く空間があって高い建物もないのでより迫力が増す。青空をバックにドーンと建ちはだかる。こんなに美しくて完璧なDuomoもないものだ。芸術作品。中に入ると讃美歌が流れ天井高くたっぷりとした空間。白とグレーの横縞の石組が心地よい。天井はフィレンツェのSanMiniatoalMonteを思い出すような剥き出しの木骨天井。ゆっくり、奥に歩いていく。まずは礼拝堂CappelladiS.Brizioへ。想像以上の世界だった。ひと足踏み入れた途端、驚きと鳥肌。LuccaSignorelli・彼の作品はCortona出身なので、そこで二回程見ているし勿論Uffiziでも。特に大好きという画家でもなかったけれど、あの独特でややグロテスクな作風なのにPierodellaFrancescaの弟子だったりFraangericoとの繋がりがあったりするのがとても興味深く思っていた。しかし今日、このフレスコ群を見て、色々なイメージや思いは吹き飛んだ。ただただ凄い。なんていうか、この作品は意地みたいなものも感じる位自分の作風を押し出し、訴えかけてくる。 この壁画装飾には最初、フラアンジェリコが着手したが天井の一部を仕上げて、途中のままローマに行ってしまう。中断されたまま経済的パトロンが町の暴動で殺害され半世紀放置。1499年にシニョレッリが再開した。1502年頃完成。今まで見てきた教会のフレスコ画とは異彩を放ち全体のテーマは「黙示録」。描かれれいる裸体の人々の肉体や形相は苦しみや喚きでねじ曲げられ、悪魔も本当に憎々しい。あんまり真剣に凝視すると具合悪くなりそう。「世界の終わり」が描かれている。黒い服をまとった二人はフラアンジェリコとシニョレッリの肖像らしい。その他にこちらを恨むように見る青い悪魔も自画像と言われている。このフレスコにはフィレンツェの歴史的背景と深く関わりがある。ルッカシニョレッリが1499年にこの仕事に着手する一年前にフィレンツェではドメニコ会修道士ジロラモヴォナローラがシニョーリア広場で火炙り処刑された。一時期は熱狂的な支持を得ていたサヴォナローラの無惨な最期を見た画家はきっと色々な想いを抱いたに違いない。またメディチ派であったシニョレッリはサヴォナローラが現れ指導者と信じられた時、政庁から酷い目にあったという事実もあるらしい。偽キリストの主題を多分個人的な想いももあって描いたのだろう。とにかくずっと顔を上げ見ているせいもあるがクラクラし、内容的にも見るのにかなり気合いがいる作品。満腹。ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の仕事をするにあたって影響をうけたというが、納得。その他に堂内にはGentiledaFabriano晩年の作品「聖母子」ちょっと弱いけど見ていると優しい気持に。LippoMemmiの板絵「慈悲の聖母」は暗くてよく見えなかったけど天使愛らしく。名残り惜しいけど時間もないので隣の付属博物館へ。外に出た途端、太陽で道がぎらぎらし、とにかく暑い。汗が‥。博物館の中も冷房なんて効いてなく、暑い。でもSimoneMartiniの板絵「聖母子」「聖母と聖人達」が素晴らしく。破損している所はあるが彩色部分は修復もされているのか、色がしっかりしていてテンペラの色見の強さを改めてて感じた。遠くから離れて見てもドキリとする存在感。品のある陰影。もう少しゆっくり見たかった。夕方になっても日差しは強く。駅までのバス切符を買うためBarを見つけるのに一苦労(いつも思うけどバスのチケットはバス停近くに販売機置いて欲しい・汗だく)。乗り換えもして、ようやく駅。夕方6時の電車に乗り、S.M.N駅に8時45着。往復5時間以上だけど行って良かった。夜、外はまだ明かるい。夏は日が暮れるのが遅く一晩中賑やか。皆、夜活動。
16日
昨日より少しだけ落ち着いてきた。だけど暑い。居場所なく暑さで何も出来ない。今の語学クラスにはフランス人スイス人のおじ様デンマーク人の男の子女子はブラジル人ドイツ人ギリシャ人アメリカ人多国籍だ‥アパートはポーランド人とドイツ人の女の子。皆、イタリア語を勉強しつつ、バカンスを兼ねて1ヶ月単位でやってくる。皆、キャラクターが濃い。個性的で同じような人が一人も居ない。皆それぞれが映画の主人公。今日午後のレッスンで思わず質問してしまう「日本をどう思いますか?」皆、良い事ばかり言ってくれた。(当たり前か)車にせよマンガや色々な文化が日本の物が素晴らしく皆リスペクトしてると、ただ度々日本人と中国人と韓国人の見た目がそっくりで区別が出来ないと。確かに‥こんなに外見が似てるのに全く言葉が違い文化が違う事実のほうが不思議でしょうね。
15日
やっぱり私は日本人で‥語学の壁は高く。劣等感。部屋も暑くて居られないし寝苦しい。分かんないだらけ‥苦しくて。Duomoに行くと少し気持が落ち着く。日本の友人、生徒さんから手紙や差し入れやメールが届く。心底、有難く励まされ、嬉しくて泣いてしまう。こういう気持ち、日本に居た時より、強く感じ本当に身に染みる。 スーパーレジの中国人女の子、態度があからさまに嫌な感じ。些細な事だけど。小さい積み重ねがキズになり、気持を落ち込ませる。日本の近所のコンビニや中華料理屋さんの中国の人達は本当に丁寧で愛想良いのに。なぜこうも違う?
15日
何が言いたいか分かんないっていう顔されるの もう嫌だうんざり。外国で鬱になる人の話を聞いた事あるけど、気持が分かるな。夏は得意なはずなのに、フィレンツェの特殊な暑さには昨晩から閉口してる。釜戸の中みたい。アパートはサウナ状態。居るだけで汗が。扇風機が虚しい。夏乗り切れるか不安。うまく言えないけど同じ風景が待っていた。たった2週間弱で何か置いていかれたような気持。疲れる2月と同じ?なんだか不思議な感覚。初めての感覚。自分がこの前までいたのは確かなのに。テンションと体力とモチベーションが付いて行けず。
14日
昨晩無事にアパートに着き、またこの部屋が待っていた。そういえば昨日は私のCompreannoだった。案の定、朝からお腹壊し、語学学校は全くついて行けず‥今はTさんもキョーコもここには居ないと思うと寂しくて動けなくなる。気持を落ちかせたくてOgnissanti教会へ。あまりに優しい天使と窓からの光。留めたいと思う位、儚い、清らかな空間。光と影。真紅のカーテンと白い彫刻。夕方の光。いつも、どこにでも感動が溢れている。街を歩いても暗闇の中に浮かびあがる彫刻やレリーフ。また、あの緊張感と感動の入り交じった日々が始まる。
13日
今、ドイツのフランクフルト空港にいる。フィレンツェまでの乗り継ぎで、現地時間で16時発。アパートに到着するのは日本時間だと夜中の1時頃。家を朝6時に出てるから19時間位の旅。すっかりイタリア語は頭から飛んでいった‥また、一からやり直しのようで凹む。でも一時帰国は、結局私にとってとても良かった。日本を改めて感じられた上でイタリア美術に対してもう一度深く見直す良い機会になった。頭がクリアに。残り後半戦、どんな滞在になるか‥本当に分からないけどその時その時を一生懸命やるしかない。こんな自分勝手を許し応援してくれる人達に本当に感謝しつつ。自分でも分からない何か、見えない力に背中を押され、あと少しの日々、ガンバロ。
12日
LeonBatistaAlberti著「絵画論」三輪福松訳・訳者の“あとがき”から並々ならぬ苦労を感じる、戦争を体験しながらも運命と宿命の中、1436年のイタリアの芸術家が書いた本を訳す事。きっと出会ってしまったのだろう。あとがき最後に昭和45年とある。その時代にこのような本の訳をやり遂げる、どんなにか大変だっただろうか‥。頭下がります。ルネサンスとは人文主義の勃興と美術の革新。文字で表せば味気ない、自分の目で確かめ体感したい
9日
先日から図書館通いは続く・調べもの山ほど。しかしそろそろあちらに戻る準備。
8日
有元利夫展に行く。今、このタイミングで見れて、本当に幸運。以前から勿論好きな作家だが、今回はよりしみじみと有元氏の世界観が伝わってくる。うんうん、と一人勝手に作品に向かって納得、Hai ragione同意。フレスコを知らない日本人が観てもきっとそれぞれに様々な想いを呼び起こし仏画や神社仏閣を知らない西洋人が観ても、何か伝わるものがあるでしょう。東西、新旧を超えた普遍の美を追い求めていた。82年以降の作品はまさに仏画だ。没後25年の展覧会、惜しくも38歳で逝ってしまわれた。Caravaggioと一緒だ。そう言えば今、フィレンツェで没後400年とし大々的に展覧会がされている。全く作風違うけど、ちょっと不思議な相似。
5日
フィレンツェで出会った人で日本に少し住んでいたイタリア人男性が言った。日本の(都心)街並は看板やネオンでごちゃごちゃしている、大きい建物にいくつも店が入っていて奇妙、しかも土の下まで(地下のこと)、マグロは日本人が取りすぎてるから居なくなると、捕鯨の件は心底残念な行為と、日本のキャバクラや男性が行く夜の店は道徳的に問題だと。‥私を困らせるために言ったのか、冗談なのか‥。でもきちんと答えたれる語学力は勿論、きちんと言える知識と言葉は身に付けなければいけない。
4日
日本は言葉が溢れている。其所かしこと、文字だらけ。公共トイレには左右、前とあちこちに注意書きやらお礼?やら。看板は勿論、スーパーに並ぶ商品は説明書き以外にも人目を惹き付けるための宣伝文句。駅や郵便局には貼り紙だらけ。勿論電車の中にも。あらゆる書体あらゆるデザインで。東京に生活していて、一日中誰とも喋らない事は出来ても、一日中全く文章を読まないで過ごすのは難しいであろう。きっと世界でも日本ほど文字(警告、注意書きや宣伝文句)が溢れている国もないんじゃないかな。そういう自分もあちらの学生アパートで“トイレの電気消しましょう”とか“鍵閉め”とか“ゴミだしの仕方”とか、同居人に伝えたい事はなんでも貼り紙にしてた(大家さんが何にも言わないんだもの‥)こういう所が、私の日本人らしさかも。マンガの吹き出しや映画の字幕、最近だとテレビすら日本語に日本語の字幕?!イタリアでは大体が吹き替え。どうして?と、イタリアの方に聞いたら映像に集中したいから、という答え。日本人は漢字カタカナひらがなを使いこなし、絵と文字を同時に読み理解し・日本人の頭の構造と特殊な日本語。しかし言葉が分かれば、全てが理解できる。全てが情報として、知識として入ってくる。必要以上に。だから混乱するのか‥分かりすぎのも 余計な迷いや混乱を招く。イタリアでは言葉が半分分からないのが不安でもあり、不思議と居心地が良いのは、外国人だという少し傍観者的な無責任さがあるからなのか。
2日
本屋で塩野七生氏の「日本人へ」を買う。立ち読みで一気に読んでしまいそうだったけど、ちゃんと買わないと失礼よね。丁度「ルネッサンスとは何であったのか」も読み返す。イタリアまで持参したリルケの「フィレンツェ便り」も日本に持ち帰り。フィレンツェで読めたら・なんて、そんな優雅に陶酔できる時間も全くなく。学校と日々の生活に追われ‥離れたほうが想いをはせ、ちゃんと読めそう。昨日も3時間位しか寝てない。色々考えてしまう。気が張ってるのか‥何かに緊張?飯田屋さんから枝豆と鰻の差し入れ。有難い・美味しい‥優しい心使いに支えられ。
1日
午前3時過ぎに目覚め、荷物整理。6時に寝て昼に起き。全く時差ぼけだ。湿気のある空気が身体に重く。日本食って塩分がどれも多い気がする。砂糖と醤油、甘しょっぱい味。夏は汗かくから必要なのでしょう。でも日本で生活していた時は塩分に対しかなり麻痺していたと気付く。キョーコはすっかり元気に日常生活に戻っている。

6月

29日
朝7時40分タクシーで。8時過ぎに空港。チェックインは機械なのね‥時代は変わったね。荷物検査でAmmanituraがひっかかり‥係員「何これ?」「画材です」係員「何で出来てるの?」「え〜っと、石膏と兎の膠と‥」「はあ?兎?兎ってあの兎?」「絵の材料なんですよぅっっ」‥結局又もや係員に半分からかわれながら没収‥(泣)私、本当にマヌケだ‥確かに半固形だ。キョーコに叱られる。フランクフルト乗り継ぎなんとか無事に。私はなんだかボンヤリしてしまう‥飛行機は数日前に初出航したばかり、最新ジャンボとやらで二階建て。機内は綺麗、席のテレビもハイテク。LH710で成田に朝到着。ユーロ下がってて108円。家に昼11時過ぎに着く。ゴロと母が玄関で待っていた。ゴロが痩せててショック。たった4ヶ月半で‥ゴロは足腰がかなり悪くなっていて寝ながらウォーウォー鳴き喜ぶ。撫でるとゴツゴツと骨ばっていて・・こんなに痩せてしまって‥。目も濁り、本当に老犬になって‥時間の経過、ゴロの寿命を感じ。今度帰国する時にはもしかしたら会えないかもしれない‥と思ったら、辛くて苦しくて。なんて薄情なんだ私。ゴロ、本当にごめんね‥謝り泣きながらしばらく撫でる。日本に着いて、全てがグレー色なので自分の目がおかしいのかと戸惑う。梅雨時期で曇り空のせいでか建物の色のせいなのか‥。イタリアに居たのは永い夢を見てたかのよう。昨日まで居たはず、イタリアの記憶が猛スピードで薄れていくのを感じる。部屋には2月のままのカレンダーとマフラー。蒸し暑い部屋を窓開け掃除。箱に山積みの手紙を途中まで整理。現実の世界。活躍する友人、知人からの個展ハガキ・励まされる気持ちと、焦らないと言ったら嘘だ。 自分のしている事が正しい道なのか‥遠回りしていると感じ気持がゆらぐ瞬間。日本でやらなきゃいけない事が山積みなのに、またイタリアに戻る自分。アトリエの資料請求も沢山。返事を出さなくては。メールも、いくつか連絡しなくては。頭整理しよう‥。夜には素麺と天ぷら、どら焼。美味しい。日本に着いた途端に日本食が恋しくなった。空気と風景で味覚の嗜好が左右されるのかな。味覚と視覚と臭覚、そして記憶。夜、ゴロの散歩に。ゴロはまともに歩けないので介護ベルトで支えながら。生きている限り全ての生き物は老いる‥。当たり前の事、現実。 久しぶりに近所を歩く。静かな裏道、電信柱、住宅の植木、野良猫。明かるい表通り、コンビニ、カラオケ、ビール宣伝ネオン、ほろ酔いのサラリーマン。あんなにも見慣れていた景色一つ一つが、凄く大切に感じ。つまらないと感じていた景色が、安らぎを。雨後、風は重く‥濡れたアスファルト、夏の夜、静けさと平和。美はすぐ近くにある。遠い外国に行かなくても、身近に、生活している瞬間に、美や感動は溢れている・再確認。帰宅しテレビ付ける、ニュースのアナウンサーのゆっくり丁寧に話す日本語の響き、最後に深々とお辞儀する姿。素敵‥感動。街を歩けばゴミも全然落ちてない。窓からスカイツリー、伸びてきた。スゴイね浅草。日本人に生まれて、嬉しい。
28日
一時帰国の準備で忙しい。いろいろと欲張り過ぎとは分かるけど、戸惑いはどうしてもある。やるべき事書き出して、リセットしよう。
26日
土曜、同居人のアメリカの子は帰国。朝、一人でスケッチにミケランジェロ広場までいく。あの2月の朝と同じ道を歩く。でも全然違う空気。遠い昔のようで最近のようで。ふと、頭に浮かび、直ぐアパートへ戻る。キョーコに相談。一人で日本まで帰国できるかどうか、私も一緒に付き添う事にしようかと話す。そして、すぐにHISへ。同じルフトハンザの便、すんなり買えた。キョーコは精神的にも安心したようで、かなり笑顔。予定外の出費は痛いけど、お金じゃない、心配して後悔するよりいい。一時帰国したら気が抜けてしまいそうでちょっと恐い。
25日
キョーコの体調が安定してきたのでPisaに思い切って行く事に。12時37分の電車。少し冷房がきいた電車で午後2時前にPisa 着く。 が、どうもキョーコの様子がまた変。顔色悪く、手も冷たい。トイレがありそうな近くのBarに入る。キョーコが「ちょっとダメかも」とつぶやく。やはりまだ早すぎた。遠出は無理だったかも‥どうしよう‥後悔しつつとりあえずBarで休む。二時間位、ずっと居させて貰う。広いお店で客席も多く、特に長居しても全く問題なさそう。良かった。4時30過ぎた頃キョーコが少し歩く、と言う。なのでゆっくり亀の歩みで賑やかな通りを行き、途中のベンチで休みながら必死な思いでPisaの斜塔に辿り着く。有名な斜めの美しい塔を間近で見て、キョーコもかなり嬉しそう。そしてだいぶ体調も落ち着いた様子。「斜塔を見たら元気になったよ」良かった〜。広場の芝生が気持良い。ああ良かった本当に、斜塔を見せてあげれて、本当に良かった。夕方の風が心地よく。安心したらお腹減り。ゆっくり、歩いて広場でジェラート食べ。7時の電車で無事フィレンツェに帰。
24日
良い天気。キョーコはだいぶ回復に向かっている。アパートの一階、部屋の真下のBarはサッカー観戦でいつも満員。今夜はなんと8時過ぎから日本対デンマーク戦があるらしい!Barにはテラス席に大型テレビが設置され。キョーコはサムライJAPANが気になって。せっかくだから下に降りて行くと、数人の日本人がTV観戦。私達も早速仲間入り。前半で二点入れ私達ジャパニーズは大盛り上がり。他の外国人お客さんたち特に興味無し?「ほー」といった感じ。結局3対1で勝った〜!キョーコ大喜び!かなり元気を貰ったみたい。他の観戦していた日本人の方たちと「やった〜!」と喜び分かち合う。フィレンツェ片隅のカフェ、たまたま居合わせた日本人同士、一時の連帯感。小さい身体で、あんなにごっつい肉食西洋人にバッチリ勝った日本サッカー選手は凄い!精神面でもスタミナ面でも負けない世界に通用する日本サッカー選手から勇気を貰う。
22日
昨晩は何回も起きて寝れない、本当に、心配で。でも実際に大切な人が急に大病してしまって看病する人はさぞや大変だし辛いだろう。自分がしっかりしなくちゃという気負いと不安。明かるく振る舞い元気付けなくてはいけない。病人も勿論苦しく大変、その姿を見る辛さ。耐えられない悲しみ。乗り越えて、生きていかなきゃいけない。凄い試練だ。私なんてこんなちょっとした状況で参ってて、大袈裟だよね‥本当に情けない。スープ作り、とりあえず郵便局行く。が、売場が閉まって買えないインターナショナルカード。窓口はやってるのに売るのは別らしい。タバッキ三軒まわりやっと見つける。心に余裕がないとイタリアの不便さにイライラしてしまう。一つの作業がやたらと時間がかかってしまう。日本の便利さに麻痺していると住みづらいと感じてしまう。
20日
Tさんに会いに行こうと外出するが途中でキョーコがダウン‥タクシーで帰。ああ、心配でまた暗くなってしまう。Veneziaの電車チケット払い戻す(泣)仕方ない。しっかりしなきゃ‥。同居人ドイツの子、女性専用アパートなのに最近、夜ドイツ男性連れ込む。ああ嫌だな・本当に。キョーコがいるから二人で笑い話に。でもまだ不安な体調、終わりじゃない。「どうして、ダメなんだろう‥」とキョーコ。可哀想で涙出てしまう‥。
19日
朝から雨。起きて一人で洗濯。キョーコ目覚め、少し食欲あると言う。キョーコが日本から送ってくれたうどんを少し茹でる。「自分で送って自分で食べてるね」とキョーコ。私は今の所、日本食は無くても全く平気。でも、うどんだけじゃ栄養取れないよ‥「ダイジョブよ」と言い再び寝てしまった。外は凄い雨と雷。暗い空。止んだら何か食べれそうな物、買物行こう‥。本当は今日はPisaに行く予定だった。キョーコが行きたいと言ってたのに。もっと最初の方に行けば良かった。私のばかり付き合わせて‥本当に申し訳ない気持で一杯。一人でいるとたまらなく心細く、母に電話して相談したい・でも‥やめておこう‥きっと凄く心配させてしまう。もう少し、良くなってから‥。笑い話の一つになるまで‥。
18日
キョーコは死んだように寝て起きない。不安で心細い。ああ‥本当に弱っちぃ私。キョーコ起きても食欲はない。昨日から「サトウのご飯」をお粥にして少しづつ食べさせ。夕方、バナナと牛乳を食したら、また具合悪くなった。昨日もヨーグルトでダメだった。どうやら乳製品が今は駄目みたいだ。看病下手な自分が情けなくて、勝手に泣けてくる。それを見て「ダイジョブだよ〜」と寝ながらちょっとおどけるキョーコ。本当に良くなるかな‥また病院行く事になったら‥ちゃんと通訳出来るかな‥もぉ心配で私も胃が痛いよぅ(泣)
17日
昨晩はちょっと大変だった。あんまり寝てない。昨日はあれからキョーコ具合悪化し、慌てて保険会社に電話。24時間の病院を教えて貰う、聞いた事ない住所。遠そうだ‥しかも本人熱もあり歩けそうにない、それに今の私の語学力で病院でちゃんと説明出来るか自信ない。診察して貰っても分からないだろうし。どうしよう、明日まで様子みようか‥応診頼むか‥。うじゃうじゃ悩んでいたら、電話のベル!Tさんからだ!あまりのタイミングに「実は妹が〜」泣き声の私。すぐにTさんアパートに来て下さった。そしてタクシーでS.M.Nuova病院のPronto Soccorsoに行く。いわゆる救急診療。タクシーの運転手さんが入口を教えてくれる。着くとすぐに妹は診察室へ。Tさんが通訳として一緒に入る。夜の病院は不安を倍増。細い廊下の椅子には何人かの人が暗い顔で待っている。私もそこでとりあえず待つ。目の前を担架が行き来する・事故なのか傷だらけ血がついた人、吸入器を付けパジャマ姿の婦人、不安気に付き添う人達‥あーもー‥こんな所、一番来たくない場所・本当に何よりも健康第一だ。怪我と病気だけは本当に避けたい。それに夜中なのにTさんに悪い事してしまった‥忙しいし疲れているはずなのに‥すっかり甘えてしまった。自分がもっとイタリア語が出来てしっかりしてれば迷惑かけないのに。本当に申し訳ない。でもTさんは全く嫌そうな顔一つせず明かるく私を気遣ってくれ、妹にも付き添い、最後までいてくれた。本当に感謝で言葉もない くらい‥有難い。終わったのが結局夜中の2時前。妹曰く、診察はお腹押されただけ?であとは、血液検査して寝かされてたと‥(暗い小部屋でスパルタな看護婦さんで怖かったらしい(笑))でも、どう見ても他の患者さん達の方が急を要する感じ。妹も「私ちょっと場違い?」だよね‥。でも少し落ち着いた。変な病気じゃなさそうだ。疲れが出たらしい。薬の処方箋を貰い、Tさんにお礼を告げ別れる。夜中なのに近くだからと歩いて帰って行かれた。ああ、本当に申し訳ない。私達がしきりにお礼を言うとTさんは「私もイタリアに来て今まで沢山の人に助けて貰ったから、私も自分が出来る事をするだけだから気にしないでね。その分、久美子さんもこれから誰か困った人がいたら助けてあげてね」と‥。本当に凄い良い人だ‥。妹と二人でこの言葉、忘れないようにしようねと言いながらタクシーでアパートに帰る。17日朝、処方箋を持ち、早速薬局に。SpasmomenSmatico20という薬。キョーコは薬飲むと、再びバタンと寝こむ。とりあえず沢山寝なさいと医者も言っていた。私は色々用事をしつつ、今ひとつ地に足がつかない感じ 。不安と心配とで何をしても落ち着かない。本当にあの薬で良いのかな‥夜Boboli庭園の「Evita」ミュージカルのチケットを買ってあった。無駄にしちゃ勿体無いから、とキョーコ。「じゃあ、すぐ帰るからね」とAさん誘い、観劇に行く。野外で寒いし小雨降るし心配だし。見てても上の空、全然面白くない。後悔。ああ悲しい。キョーコ早く良くなって!(涙)走って帰る。夜中の街は騒がしく、若い子達がたむろする‥こんな夜、大キライだ
16日
朝7時起き甘いパンの幸せColazione。ちょっとキョーコ元気ない? チェックアウトし(二泊で140!)ゆっくり駅へ。Bologna行きは一時間半後の11時35だったので近くのS.GiovanniEvangelistaのベンチでスケッチ。時間になり荷物持ち、電車に乗る。2時間弱かかり1時頃Bologna駅に着く。ホーム歩き出した途端、キョーコの様子がおかしい。ちょっとフラつくと言うのでとりあえず駅売店の近くにしゃがみ込む。立ち眩み?しばらく休めば大丈夫かなと、休む。が、顔色悪くて手も冷たい。ちょっとヤバそうだ。とりあえず駅のBarに入る。歩くのやっと。キョーコ何も口に出来ずうつ伏せ‥かなり辛そう。どうしよう‥このまま酷くなったら‥駅に保健室みたいな所あるのだろうか。FirenzeならまだしもBolognaで病院行く事になったら‥不安で私まで蒼白。とにかく私はしっかりしなくては。時計を見ると既に3時過ぎ‥キョーコに具合を聞きつつ、Firenzeに帰る事に。キョーコを待たせ、荷物を持ちチケット売場へ。丁度3時53分発のESの席があり、取れた!良かった。Firenzeまで30分で着くはず。だけどキョーコはフラフラ。二人分の荷物を持ちキョーコ支えながら、とても広く人込みのBologna駅の中、やっとホーム見つけなんとか乗る。まだ具合悪そう。ちょっとハードスケジュールだったからだ。彼女はまだ来たばかり、慣れてないのに振り回してしまった‥もう少し様子をみつつ考えれば良かった。不安と心配で泣きそうだ‥色々な事を反省しつつ、なんとか無事アパートに帰宅。とりあえずバタンと寝るキョーコ。明日には良くなりますように・何でもありませんように‥。
15日
朝7時起、B&Bのおば様入れてくれたCappccinoを飲み、駅へ。近くのRoccaBrancaleoneまで散歩。駅に戻って10時35発のFerrara行きRにて。畑や工場跡のような田舎風景を3両電車は各駅停車で進む。うとうとしてしまう。Ferraraに着くと雨がポツポツ。小雨の中、Centroに向かう。Ferraraは13世紀から16世紀にかけエステ家が治めFerrara派と呼ばれる画家達が活躍した。駅から20分位歩くと立派なESTENSE城が目の前に!曇り空の下、何か不気味さと威厳さを漂わせ建ちはだかる。お城マニアには堪らないのだろうな。日本でも城好きでマニアな人いるものね。とにかく地下廊が怖すぎ。1分と居られない生々しさ。実際に血腥い過去ね物語もあり寒気。街は歴史あるレンガ作り、でも何か陰湿な怪しさのような‥雨のせいなのか影を感じる街。サヴォナローラの故郷と聞いたせい?彼の銅像がより一層怖さを。しかし反して街人は優しい気がする。今迄行った街とはまたひと味違う。広々としたEmiliaRomanga特有のポルティコもある。だけどどこか哀愁みたいな‥寂しも。ここに来た目的はFrancescoDellCossaのaffrescoを見る為。Cattedraleの脇道を進み、PalazzoSchifanoに。誰も居ない中、一番奥の「Salone dei Mesi」へ。かなり広い部屋の壁一面にフレスコ。しかし半分位が欠損して見えない。摩可不思議な絵柄は暗い部屋の中、独特な雰囲気。雨空にぴったりだ。気分はすっかりCossaの世界にのまれ。見応えあって良かった。あといくつかの写本完璧で素晴らしかった。遅いPranzoは市庁舎の一階のLeondoroというお店。落ち着けて綺麗でFerrara料理?クッキーのような生地でクリームとマカロニが挟まれたPasta、初めて食べ美味し。あとEmiliaRomagnaのパン?なのかな・外固くて中は綿みたいな歯応えブーメランみたいな形のパン、好き。Toscanaの塩無しパンも味わい深いけど、Ravennaで食べた薄い生地でラードが入っているというパン?も美味しかった‥ 食後、Cattedraleの中に入る。ファザードはアーチが印象的なロマネスク様式。面白いのは大聖堂右側側面がアーケードになって商店街みたくなっている。せっかくだからPo川も見たくなり、遠いけど頑張って歩いて行くが、小さく普通の川‥。そこが良いのだけどね。5時の電車でRavennaに戻る。
14日
朝7時29分発のRでRavennaへ。本当は直通なはずなのに(前回は行けたしホーム表示もそうなのに)Faenzaで乗換えろと車掌に言われ‥ナゼ?イタリアの電車は気まぐれ。Ravennaはこれで三度目の再訪。Tさんが教えてくれたB&B「CasadiPaola」また予約。駅に着き落ち着いた街を歩く、綺麗だし、路行く人々も穏やかに見える。住みやすそう。まずはB&Bへ。部屋がどれも個性的。私達の部屋は広くベットが4つもあり、Bangnoも必要以上に広く清潔。家具もヨーロッパ調で部屋のインテリアがアンティーク品、壁には油絵版画が飾られている。テラスやキッチンもあり、まるで誰かのお家にお邪魔しているかのよう。荷物置き、まずはモザイク巡り。Ravennaはビザンチン芸術がしっかり残るモザイクの街。少し離れたクラッセ教会以外は歩いて充分廻れる。キョーコもMosaicoの迫力に圧倒。やはり存在感と輝き、強い。私が一番好きなのは駅前のS.GiovanniEvangelista。中は暗いが両サイド壁に床であったMosaiciの断片が展示されている。かなり古いもので、絵柄も子供が描いたかのような素朴さと大胆さ。そのデザイとMosaiciの石との相性は良く、魅力的。夜、PiazzaPopoloでクラシックコンサート。気軽に観れるのが素晴らしい。その後あちこちの店先にTVやスクリーン設置され。あ!今日はサッカーイタリア初戦!試合に一喜一憂するRavennaの人々。外でワーワー応援する姿が面白い。サッカー大好きなんだね、本当に。 Ravennaについて。何故イタリア北の小さい街にぽつんとビザンチン芸術が残されているのか‥その昔、海も近く港としての条件に恵まれていたのもあり、1世紀の皇帝アウグストゥス時代には帝国艦隊の基地であった。ローマが中心であった時代、ローマ帝国皇帝コンスタンティヌスは330年に都をビザンティオンに移す。新しい都コンスタンティノープルが建設され、帝国は東西分離。西ローマ帝国と東ローマ帝国に。西ローマの皇帝は北イタリアのミラノやラヴェンナに暮らし、ホノリウス帝が402年に都移す。その後イタリア半島に侵入してきたゲルマン民族の東ゴート王がラヴェンナを都とする。しかしすぐに東ローマ皇帝ユスティニアヌスが東ゴートを滅ぼしラヴェンナは東ローマ帝国の総監府がおかれ8世紀まで繁栄した。 東ローマ帝国は偶像崇拝を禁止するユダヤ教やイスラム教地域と地理的に隣だったためその件には神経質にならざるえなかった。そのためキリスト教であっても偶像的な彫刻より平面美術が発達。ついに726年の東ローマ皇帝レオ三世は「イコン禁止令」を出しそれまで作られたキリスト教美術を破壊してしまう。この波が北イタリアのラヴェンナまでは及ばなかったため、その時代の素晴らしい作品が今世に残っている。
13日
日曜の朝、パンにトマトチーズ生ハム卵など挟みサンドイッチ。Cassineにスケッチに行く。あまり暑くなく最高に気持良い幸せ。キョーコとピクニック。川沿いも綺麗。アパートに帰宅したら久々の偏頭痛。キョーコがいると心強い、バファリン飲んで寝る。
12日
朝8時起き キョーコは寝てる疲れが溜まったのだろう。私はひとまず忘れ物した旨をS.Francesco教会に電話。たどたどしいイタリア語‥本当にいつになっても上達しないな。でも電話の相手はちゃんと理解してくれた。しかし昨日は何も忘れ物は届いてないとの事。ハァー‥ガックリだ。力抜けた。一つの自分の制作の糧が消えた。頭の中に記憶した風景だけが財産‥って、言っても私記憶力が本当に無い。忘れちゃう(泣)はぁ‥。今日も暑い、洗濯し買物。夕方、キョーコがゴロの鳴き声が空耳で聞こえたと言うので心配になり家に電話。案の定ちょっと色々あったらしく母の声、疲れてる‥本当に私のワガママで‥申し訳ない。本当に皆に迷惑かけてる。なのに私ったら‥もぉスケッチブック無くしたくらいで脱力してる場合じゃない。帰国したら親孝行しよう・真面目に生きよう‥。でも無くした事は私にとってどんな意味を?これからは気を引き締めろと?また気持新たにもっと描けと?‥いや、ただ単にマヌケな自分を反省するのみ。何時までもグチグチ落ち込む私にキョーコは「今頃Francescoさんが見てるよ。あれだよ、寺の写経みたいに、スケッチブックを教会に奉納したと思えば!きっとご利益あるよ」
11日
朝、鳥の声で目覚める、窓を開けると目の前に小鳥が何匹も行き交う。遠くまで続く黄色い畑や緑の木々。Assisiの朝は何か特別な空気。朝食はCappcinoとコルネットと固いパン。だいたい何処も同じ。チェックアウトしS.Damianoへ。此処はS.Francescoが神の声を聞き、独り石を積み上げ修復したという礼拝堂とキアーラさんが暮らしていた所。門から歩いて15分くらいの所。オリーブ畑と糸杉の間の細い坂道をてくてく行く。田舎道。暑いけど平和。その教会はひょっこり現れ、小さくて全く飾り気無し。質素、でも穏やか。中も見学出来る。狭く暗い石作り。ここでの生活を考えると、時代が違うとはいえ同じ人間として畏敬の念。でも俗世間から離れ常に自然の移り変わりを感じて質素に生きて行くってどんな感じだったのだろう‥。厳しくも心は豊かだったのかな。喜捨の変わりに小さい絵を買う。帰りの坂道は登り!疲れる〜。俗人の私達はすぐ疲れ、一休みとジェラート食べ。再びS. Francesco教会のジオット見に行く。じっくり観る。3時半に荷物持ちバス停へ。駅に4時半着。5時のFirenze行き電車で帰(11Euro)。が!ちょっと待って!無い!大切なスケッチブックが無い〜!S.Francesco教会に忘れた〜っ〜やってしまった‥あぁ‥もぉバカ。一冊丁度描き終ったやつを‥気付いたのは帰りの電車。はあ‥とりあえず明日教会に電話してみよう(涙)夜8時にFirenze着。
10日
Umbriaの旅を始めて4日目、少し疲れも。予定ではMontefalcoに行くはずだったが、Perugiaで話した教会のおじさんの勧めもあって、Assisiに変更。昔々の二十歳頃、大学の美術ツアーで一度訪れていた。その時、物凄く感動し自分にとって大事にしたい場所だったので、再訪し変わりはてた姿を観るのがイヤで躊躇していた。しかしキョーコも行きたいと言うので、朝9時発の電車で向かう。10時着、駅前には既に沢山の人。シスターの団体もいらっしゃる。バス分かり易く、すんなり旧市街に着く。まずは宿探し、暑く、荷物重たくしかも坂道。ハトが沢山飛ぶ道を抜け、フラフラしながら探し、ホテル「FonteBella」に直接交渉。すぐ入れた上、部屋窓から良い眺め!素晴らしーUmbriaの自然。遠くまで続く平野に畑. 濃い緑の木々、静かで長閑‥。早速S.Francesco教会へ。あ〜〜昔来た時を想い出す。記憶はうっすらでも、感動したのは覚えてる。すっきりと清らかで温かで。教会を中心に街全体が神聖な雰囲気。さすがだよーパワースポットだ。やっぱりGiottoのaffrescoが凄い!色彩も形も美しい!!ライトがあるのでしっかり鑑賞出来る。affresco独特の色合いが‥堪らなく良い。詫び錆びっていうか、ギラギラしてなくて気品があって・高貴。Giottoの描く顔立ちは勿論美しいけど手の表現も本当に素晴らしい。あとなんといっても建物の描写!形、陰影、色、全てが良い。あーっ感動。下部聖堂のSimoneMartiniのAffrescoも勿論素晴らしい。S. Francesco様が眠る地下礼拝堂は、一歩踏み入れた途端、言葉失う。ただならぬ空気。少し高い所に安置され、一心にお祈りする人々。暗がりの中仄かな明かりが厳かな雰囲気。足がすくんでしまう。人間にとって祈る気持と信じる心は、どれだけの力を生み出すのだろう‥。計り知れない、宗教の持つ力。夕方は教会を巡る。大城塞へ。登るのは大変だが大パノラマ!凄い眺め全てが一望!そして恐い!教会とは正反対。戦の匂い・どこかしこ雰囲気が恐い‥。夕食後は街中を散歩。静かなレンガの小道を小さい灯りの中、ゆっくり歩いていく、S. Francesco教会の前に着くと下の方に広がる平野には夜景が遠くまで続く。Umbriaの街のオレンジの光が小さくキラキラしている。しばらくすると教会から歌声が‥なんだろうと中に入ってみる、讃美歌の聖歌隊コンサートが聖堂でやっている!異空間。透き通るような合唱の波に、ボーぜんと二人で聞き入る。Giottoの描いたS.Francescoaの物語が歌声と共に生きているかのように迫力を増す。キョーコ号泣。どうやら今夜は特別コンサートみたい。また有難い偶然に遭遇。心が洗われるってこういう事だな。10時すぎ教会を出る‥また不思議な世界。ライトアップされた街中。誰も居ない夜道。
9日
朝、ホテルをたつ。電車時間の表示に混乱しつつもSpoletoに着く・が、駅からバス。バスの運転手に聞きバスに乗るけど目指す旧市街バス停が分からない。気付くと、さっきの駅前に戻ってる!あれ〜っと乗ったままで、もう一周。又もや降りる場所分からないまま駅前に戻ってきた‥運転手さんに教えてくれと頼めば良かったが後部座席に座ってしまい。運転も荒く、酔いそうだし、聞く気にもなれず。バス降りてタクシー乗る(17Euroもかかる)ガイドブックに載ってたホテルに直接交渉。すんなりOK,(どうやら客は私達だけ)崖っぷちに建つ「HotelGATTAPONE」入口小さく山小屋のようなホテル。作りも古く家具がアンティーク。眺めが凄い!目の前は谷と大きな山・森森。窓から山にそびえるAlbornoziana城塞と塔の橋が見える。此方から山にむかって渡る橋は高さ80m長さ200mのごっつい石造り!絶景だ!ひとまず街中へ。車も無くて静か。建物の色がクリーム、ピンク、グリーンとパステルカラーが可愛い。強い日差しがあたると、より鮮やかに。影がくっきりと形を作る。誰も居ない。現実の世界ではないみたい。街中はローマ時代の家が残っていたり、歴史を感じさせる。目的はDuomoのFilippolippiのaffresco。想像より大きく驚く。 そしてやはり色も表情も美しくて‥音楽が聴こえてきそう。何よりデザインが独特。背景の青い色を基調とした円が地球を、金地のうねりが太陽を思わせる。パワーある作品。1467年にFilippoは息子を連れてここで制作した。親子の肖像も描き込む。この一年後FilippoLippiは急死。彼は幼いの時に両親に死なれ、常に母親の面影を求めていたのでは‥恋多き僧画家と言われたが家族への憧れもあっただろう。だから聖母子をあんなにも美しく描けたのでは‥?。外は強い太陽の光。木々の緑と青空、教会の石の色がくっきりと浮き出る。眩しい。日陰でスケッチ。お土産に近くの店で特産のtartufoなど買うけど、若い店員喋りながら適当な接客。そして多分金額間違えられ(後で気付く)Barではカプチーノ一杯と干からびたパンで5Euro。バスのチケット買う時も、持ってた空っぽのペットボトルまで計算に入れて請求するTのおばちゃん。のどかなSpoletoに来て、自分がしっかりしないと、と改めて気持引き締まる。「トンマねイタリア人たち」とキョーコ。多分田舎の観光地、人もちょっと閉鎖的な上、値段も外人には高め?だけど夕飯に入った店はめちゃめちゃ美味(Stringozziが特に)値段手頃!それに店主おじさんが優しく色々話す。(客はまた私達だけ)「日本人ならこの雑誌知ってる?」と奥から持ってきた本は有元葉子さんの本。なんと、このお店がしっかり紹介されていた。隠れた名店発見だ。「美味しい物食べると全て許せてしまうね。トンマなんて言ってごめんよ〜イタリア」本当に良い点悪い点が両極端なイタリア。それも魅力なのかな。
8日
朝6時起き。朝は少し涼しいので、中心から離れたS.Pietro教会に向かう。ViaCorsoCavourをひたすら真っ直ぐ。途中S. Domenico教会に立ち寄る、17世紀の修復で新しい印象。中に入ると思った以上にだだっ広く、すっきりしている。ステンドグラスがかなり大きくてデザインも細かい。静かな教会、ただ独りDuccioの祭壇の前に祈る男性。外に出ると太陽は明かるく、眩しい。近くの考古学博物館に入る。エルトリアやローマ、先史時代の出土品の展示!‥Unbriaの歴史の古さに驚く。特にPerugiaの石碑がロマンを誘う、永い永い時の流れ‥想像すると楽しい。再びてくてく歩道を行く。SanPietro教会に行き着く。10世紀の教会。中に入ると唖然!天井から壁から全て、affresco、Tempera、Olioで描かれている。色々な時代が混ざっている。何もない所がないくらい。口を開けたままひたすら上ばかり観る。忘れちゃいけないPerginoの「ピエタ」も鑑賞。教会の係のおじさんが手招きし呼ぶので行くと、そこは聖具室。Perginoの小さい作品が四枚・破損しているけど中々良い。おじさんが色々と説明してくれる、その上、主祭壇の後ろの扉を開けてくれる、するとビックリ、小さいテラスになっていて外の景色が眺められる。遠くにAssisiの街が見え、美しいUmbriaの緑。それから地下室にも案内、三世紀?!頃の教会跡が!暗い地下の壁にちゃんと描かれた模様や獅の絵が!暗くちょっと恐い。売店で絵葉書買おうとすると、おじさんお金受け取らず。私が絵を勉強してるからと、くださった。嬉しい。再び歩きSanSevero教会へ。ここにはラファエロのafflescoが。37歳で急死したラファエロの後を継いで下半分は師匠Perginoが壁画を完成させたそう。奇しくも二人の共作‥。昼はパン屋でPanino買いホテルでSiesta。 午後4時過ぎ町のシンボル、大聖堂へ。白とピンクの大理石が柔らかな色、でも繊細さは無くごっつい印象。大きなアーチが、堂々としている。18世紀のものでゴシック様式。昼も夜も正面階段には人々が腰かけ、お喋り又はボンヤリ。中の礼拝堂はかなり立派。外見に反して中は優美。天使達がいっぱい。このDuomoの前はPiazza4Novembre、噴水がある。1277年位の物でPisano親子作。浮き彫りが凝っていて、派手さは無いが印象的。CollegiodelCambioに行くが工事中、Perginoチラッとだけ無理やり覗く。その後ViaPrioriを歩く、細く石畳の坂道を歩くとタイムスリップしたよう。シーリの塔を通りすぎると、物語の中のような小さい可愛らしい教会が。本当に昔のままの姿で今も生き続ける街。その先にはS.Bernardino教会。これまた、初めて観るような凝った砂糖菓子のようなファサード。AgostinoDuccio作でルネッサンス様式。建物自体が一つの芸術作品!楽器を持つ天使のレリーフが愛らしく、大理石の色もパステル調で優しい印象。見ているだけで幸せになる教会。その後昨日入れなかったS.An gelo教会に再度!円形のつくり、レンガむき出しで原始的。両脇には糸杉、手前は芝生広場(芝生のある教会前には何処でも日焼けしたい若者がゴロ寝)。5世紀頃に建てられぺルージャで最も古い初期キリスト聖堂。中も質素かつ素朴。けれど、神聖な空気。しばし椅子に座り静かに外の鳥の声を聞く。時計は夕方6時半。ゆっくり歩いて戻る。途中、ヒゲのおじさんとゴロに似た犬に出会い和む。この町に凄く似合うおじさんと犬の後ろ姿。ViaAppiaを登り大聖堂まで出る、しかし本当に坂道が多い〜、ヒーヒーです。山登り並。こりゃ健脚になるわ、サッカー強い訳だ。裏道を行き、パノラマスポットへ。広々としたUmbriaの景色が。城壁に囲まれた赤みの屋根屋根がが夕焼けに照らされている。石壁の上に座り真剣にスケッチする少年。ああ‥異国。Cenaは近くのPiazzeriaへ(Via.delleProme)たまたま入ったが、地元人も賑わう人気店。Pizza美味!テラス席でお腹一杯はち切れそう。
7日
朝、6時起き8時のR電車でPergiaへ(10.10euro)10時30着。
バスで旧市街へ、バスは坂をぐんぐん登る、だいぶ上がり城壁内に入ると、途端に町並みはレンガ作りの中世。壁や屋根の色はFirenzeとはまた違う。淡いピンク色、優しい赤みのある色合。山の斜面に重なるようにびっちりと古い建物が、オモチャのようで可愛らし 。
まずはホテル探し、Informazioniに行く。最初に聞いた2星ホテルは満室‥次に選んだ「Hotel Forutuna」は大丈夫との事で早速向かう。裏道で小さいけど、イタリアらしい上品な内装、外壁には蔦がからまる趣きある素敵なホテル(Doppia90)。ひとまず荷物置き、街へ。車の往来も激しく無くて、大きな通りにはブティックやBarなど観光地らしいお店。かといって、Firenzeみたくぐちゃぐちゃではなく、景観損なう事なくお洒落に立ち並ぶ。少し中心から離れると小路が要り組む、中世のままのレンガ作り、古い町並み。大学近くの路は視界が開け眺めが良い。住みたいな。お腹減り、PaninoPorchettaを近くの教会前で座り食べ。まずはGalleriaNazionaledellUmbriaへ. 物凄く沢山の金地テンペラ!古く、ボロボロに崩れている祭壇画はその当時とは多分輝きは違うだろう。けれど時間が重なり、生まれる趣きと風合いは、堪らなくグッとくる。剥がれ落ち崩れた美しさ。念願のBeatAngelico様、 PierodellaFrancesca様たちの祭壇画を観る。つい拝みたくなってしまう・ひれ伏。修復もしっかりされていて他の陳列作品とは郡を抜いて尊厳あり。Duccioの「Madonna e Angelo」も良かった。verdaccioの色、表情も素晴らし(アンニュイで)。隣の企画展示室でSteveMcCurryの写真展。凄く強い!思わず立ち止まる。引き込まれてしまう。胸が痛くなるような写真たち。意味意義のある作品。展示の仕方も部屋中に大小様々に吊り下げられ、写真の迷路の中にいるような感覚。あらゆる人種の顔写真には、こちらが見られているよう、ドキリとしてしまう。ずっと宗教画ばかり観る日々だったので、今、現代の問題をテーマにした写真展を観て現実に引き戻される。こんな呑気に旅をし絵を見ている自分が‥どうにも居たたまれず。心痛い。何が自分には出来るのだろう‥。いつも考えるが最善策は見つからず‥。
夕方、街外れ教会向かうけどスコールにあい、立ち往生。頑張って行っても閉まって入れず引き返す、途中どしゃ降り!トンネルで雨宿り‥雨とペルージャの街は正にぴったり合っていて。哀しい映画のワンシーン‥みたい。止み、夕食はガイドブックに載ってた「DegliArtisti」へ。お客私達だけ、でも値段味良く。食後、夜散歩‥教会はライトアップされ幻想的、夜空の青が本当に蒼い・すいこまれそうな蒼。そして石畳、小さい灯り。
5日
8時起、10時にS.marco美術館へ(四回目)Chiostloの中庭には薔薇が。Angelicoの作品をキョーコと観てからAさんとFiesreへ(二回目)前回来た時より緑が濃く、活き活き生い茂っている。良い季節を実感。日差しは強くても教会の中や日陰は涼しい。眺めもFirenzeが一望出来て、静かで良い所。何処きオーケストラの練習が聴こえてきた。夏はイタリアてはあちこちで野外劇場やコンサートなどイベントがある。
4日
朝、Esserungaへ、良い天気。Arno川美しい。凄い殺気だってる主婦とレジのおばちゃんの雑な態度にキョーコ驚く。
「日本は丁寧だよね〜」もう慣れてきたけど買物は一苦労。待合わせの12時半ギリギリになり焦り。バスでY婦人TさんとS. Cascianoへ。Pranzoに美味しい優しいパン屋さんでPaninoとBirra.今迄食べたPaninoで一番美味しい!感激! 職人気質のパン屋さんと一緒に外のテラスで(彼のパンに対する情熱の話をひたすら聞く)しかしこんな一時が本当に幸せだ。
良い天気で凄く気持良い。春や夏の訪れがこんなにも嬉しく感じるのは生涯で一番かも。きっと冬が厳しかったから(色々な面で)Tさんアトリエに行き少し引越し手伝い。夜7時のバスで帰。ヘロヘロキョーコ。毎日自炊生活でイタリア料理をまだ食べてないと言うキョーコ。お姉ご飯は不満かい?
3日
朝から雨、10時に予約したUffiziへ。キョーコ「いっちゃん有名なやつ見よっ」と言い、色々みる。Davinciに感動し。BotticelliのANNUNCIAZIONEには「歌舞伎の見得だね、付打聴こえてきそう」なるほど、同じ感じ。服の布のひだといい、手つきといい。やはり美と感じる要素は世界共通?!
昼過ぎたのでPontevecchio渡ってMarinoで一休み。再び歩きサンマルコ行くと閉まってた。なのでPiazzaMichrangeloまで歩く。晴れて綺麗!清々しい。キョーコはへとへと。キョーコは私がやたら足腰強くなっている事に驚き、やたらカメラのシャッター頼まれたり道を聞かれる事に笑って驚く。カメラと道は日本でもそうだったので。まさかイタリアでもとわ‥自分でも不思議。既にイタリア人やら外国人さんのカメラ何回シャッター押した事か。(でも道をなぜ東洋人の私に聞くかい?)おかげで写真を撮る時のイタリア語はすぐ覚えた。(Siete pronti〜?)
2日
昨日はキョーコは元気に現れ、時差ぼけ無く8時に起き、街中へ。今日は共和国記念日。休日で店休みだが観光客はまあまあ。Vecchio宮がすいているので入る。中を観て「なかなかイタリア人もやりおるのぉ」とキョーコ。
IfratelliPanino 食べる。何故このお店がネットで紹介されてるのかな?そんなに良くない。まあ浅草もイマイチなお店でも有名だったりするものね。午後は先日うっかりDegliamiciUffizziのカード無くし、再発行にはDenunciaが必要と言われたので、駅のPoLiziaへ。早速警官に言うと、そういう無く物しても盗難届は書かないって、「パスポートとかクレジットカードとかじゃないでしょ?」と。それでも私がしつこく「でも大事で必要でっ」って言うと、しまいに2、3人のお巡りさんに囲まれ、やんや言われ‥。私は必死「Vorei prendere denuncia〜」と粘ると、皆笑いだし(そりゃそうだよね‥あまりにマヌケ)からかわれながらも「分かった信頼するからパスポート持って来なさい」と。お巡りさんの気が変わらない内にと、急いで再びパスポート持参、物凄くお喋りで陽気な警官さんに届出を書いてコピーを貰う。すぐにUffiziの窓口に行き無事に再発行〜ハァー、一苦労。でも一年間Firenzeの美術館や観光地が出入り自由のカード、私には大事。もう無くさないようにしなくては。本当マヌケ。
帰りは小雨。MartelliのCaffeで一休み。Conadoで買物。独りだと面倒な用事も妹と二人だと何をしても本当に楽しい。私のつまらない悩みや愚痴もキョーコが笑い飛ばしてくれる。あんなに暗く感じたアパートも居心地良くなる。無理して来てくれて、本当に感謝だな。
1日
今、Firenze空港のベンチ。キョーコが17時30分着のルフトハンザで来る予定。
小さな空港は静かで、人もまばら。3ヶ月前自分が降り立った、あの夜を思い出す。今日の午前中はTさん歓送会という事でY婦人のお宅にPranzoへ。季節が丁度良くお庭には沢山の花、花、花!まるでモネの庭。二匹の陸亀もお出迎え(名前は父さん母さん)テラスに机を出し、美味しいご飯とお肉と野菜炒めをご馳走になる。Tさんがフルーツの美味しいdorceを。
静かな住宅街の緑溢れるお庭で、私が今、此処に一緒にPranzo出来る事が凄く不思議にもなり‥。私がイタリアに来た意味は、このお二人に会う為だったのでは‥と思う位。有難い出会い。お喋りも止まらなかったけど、午後にはお別れ。私はバスに乗り空港へ。無事にキョーコ来れるかなあ‥。

5月

31日
今日こそ貰いたい滞在許可書!と10時過ぎにImmigrazioneに着く。
すでに前には列が。此処に来ると、本当に色々な言語が飛び交い、色々な肌、顔立ち、髪。中国の人達が列のズル込みをし、他の国の人に注意され、それに対して凄く嫌な態度と反撃する中国の若い女子(共通語はイタリア語)‥中国の人は今後どうなっていくつもりなのでしょう‥あらゆる先進国に飛び散り、自分達の区域を作り、根を張り‥100年後は世界は中国人が仕切るようになる?!それぐらい強い。日本人は、か弱く繊細。負けちゃうよ‥。
無事PermessodiSoggiornoを貰う。時は既に3時30分。一安心し、Tさんアトリエに向かう。今日も良い天気でバスの窓からの眺めが本当に綺麗。いつの時代もどんな人種も、きっと美しいと感じる心の琴線は同じはず。こんな素晴らしい自然の風景を常に感じて生活出来るトスカーナの人にはどんな感覚を生むのだろう。ずっと東京に住む私は‥?ネオンとアスファルト、地下鉄、人、人、人‥。無い物ねだりなのかな。無い物に憧れ、欠乏している物を欲する感情。それも人間にとっては重要な原動力。Tさんのアトリエには白い薔薇が咲き乱れ、セージやローズマリーも。お土産に切ってくれた。夜7時過ぎても外は明かるく、雲がもくもくと覆う。もう夏のような空気。
30日
Domenica.朝、お弁当にpanino作っているとMedri夫妻が来る。今夜新しい同居人が来るらしい。
思わず私はAgostには部屋出たい・なんて口滑らしたら、バーッと色々言われ‥最後にHai capito?Daccordo? て言われ‥Si. とは答えたけどちゃんと全部分かってないよ〜。私のために11月迄部屋はキープしてるからっ言ってるのは解るんだけど‥。
出るなら替わりを見つけてと言ってんのかな‥うー‥翻訳蒟蒻欲しいよぅ。ひとまずPanino持ちCassineへ。いつ来ても本当に気持良い場所。生き返る。スケッチし散歩しているとKさんから電話。時折Kさんは私を気遣い電話をくれる。 優しい本当に良い人。FortezzadaBassoで「TerraFutura」というエコロジー関係の催しがあると誘ってくれた。
3時待合わせ勿論Andreaさんも、あとStefano、Barbala夫婦。色々ブースに別れていて環境に関するものからSpirituale系から健康食品などなど‥私も興味深い分野なので楽しい。AleppoのSapone買う。AndreaさんもKさんも度々道で知り合いに会い立ち話。沢山お友達がいる。その中に指圧師の方が!ビックリだイタリアでも指圧はあるらしい。夜は又もやお家のCenaに呼んでくれ。KさんがZucchiniとCipollaのPastaとPolloのソテーを作ってくれた。美味しい!皆でご飯。11時過ぎ迄・皆本当によく喋る〜。(そして食べるスピードも超早)まだ全部は理解出来ないけど、イタリア語の会話を耳にするのは楽しい。音の響きが好きなのかな。でも自分がそこまで話せるようになるには、相当な努力と月日が必要だわ‥(諦めムード)。
29日
GiardinoBardiniに行く。知合ったアメリカ人の方が通うAcademiaFineArtのMostraが庭の中でやっている。物凄く上手な油絵たち。庭は小高くなっているので遠くにDuomoがキレイに見れる。薔薇もいっぱい。こんな場所で展示、良いな。
28日
街中はどこ歩いていても臭い‥特にCentro。今までの人生で色々な国や街に行ったけどNo.1に臭いな。そして犬のフン。
サイレンの音も凄い。もったいないな‥せっかく素晴らしい歴史の宝が溢れてるのに。中国製品も沢山、お店も英語圏に魂を売ったような所もちらほら。けど観光地で生き残る為には仕方ないか‥。浅草も同じ問題かな。でも食べ物は美味し!野菜がなんでも美味〜Finocchio生でバリバリ食べるのもクセに。Vinoも1.5ユーロ位で充分美味。小麦製品は全て素晴らし!パスタの種類も勿論凄い。Paneも歯応え味が良く三食でも飽きない。勿論Oliodiolivaは最高だ。私の大好きなFormaggioは信じられない位沢山の種類で味も様々で、どれも美味しくて至福〜。
「食に関しては世界一」(イタリア人談)。
27日
今日は語学学校テスト、終わった途端肩こりが酷くて、とりあえず帰宅。いつものように軽く昼食。
今日はMULINOBiancoのPanBauletto(1.3Euroで20枚位!安っ)とイチゴとオレンジ、Stracchinoというクリーム状のFormaggio。あと日本の青汁とCaffe。食べ終る頃、なんか変な感じ‥手が痛い、耳が熱い・見ると真っ赤!。顔も首も斑に赤い〜。そしてちょっと息苦しい。もしかしてアレルギー反応?今迄こういうのは初めて。何でだろ?謎?とりあえず様子みつつ、午後はd'arteへ。今日でaffrescoが最終日。仕上げる。中々コツが掴めず大変だったけど勉強になった。が、フレスコは観るのが一番!観るが幸せ。Tiziano先生の技と気転にいつも魅せられた。Bravoな先生だった。
25日
未だに時折、凹む。ちゃんと話せ無いから?アパートストレス?でも日本にいても孤独や不安というのは常に隣合わせ、きっと人間は皆そう。自分の目的を見失わず、何しに来たか考えよ!自分の絵のために色々な犠牲を払って来た。悔いないように。
24日
二枚目のaffresco。恐れ多くもMicherangeroの部分模写。
やり直しが出来ないので私のようなチマチマした性格には中々難しい。決断力に長ける男の人向きな気がする。なんて言い訳か。
22日
宿泊したB&Bは1200年代からある建物。1400年代に使われていた大理石の洗濯桶?がまだある。す、凄い‥ヨーロッパの凄い所だな、後生に永く残る石の文化。材料が取れるから、それに伴った文化になっていった。日本も気候や取れる材料から日本の文化が生まれた。壊れず残る物に囲まれ生きるのと、常にいつかは崩れ、再生が必要な物に囲まれ生きるのでは、勿論意識や人生観も違ってくるだろう。仏教が中国から渡って来た時にすんなり日本人が取り入れたのも、根底に生成流転の意識があったからかな‥。
朝Paoloさんが車で、まずは街で一番歴史のあるユネスコ指定になっているScrutula作業場へ。今でも世界中から注文がきて沢山の彫刻作品が生まれている。過去、有名な作家達が滞在し制作していたとオーナーが話てくれた。工房の独特な雰囲気。具象的な物から抽象的な作品がゴロゴロと転がっている。そこに石がある限り、彫らずにはいられないのでしう。作業場では何人か無心に制作していた。その後いよいよ山の石切場へ。作業場で働くCavandoliの方に案内して貰う。真っ黒に日焼けし、額に傷のある彼は「じゃあ俺の山に行こうか」とジープに乗り込みガラガラ石の山道をガンガン上がる・ジェットコースター並に恐い〜っ。でも周りは遠くに町と海も見え素晴らしい眺め!石切場は何ヵ所もあるが、とにかく言葉では表現出来ないような不思議な、異様な景色。永い永い年月人間が堀出し、切り出してきた山。四角く切り出していくので山の斜面が直角にガッツりと切られ巨大な階段か建物のよう・もしくは山にくっついた未来基地?スタートウォーズに出てきそう。映画のセットに使えそう。青空と大理石の白・恐ろしいくらい綺麗。今は機械を使って切るとはいえ、なんとも錆び錆び簡素な道具(巨大鋸やダイヤモンドの付いた紐)こんなので、本当に?と思ってしまう。しかしダイナミックな世界。案内の彼は言った、Cavandoliになるには学校なんて無い、親がCavandoloならばその子供は跡を継ぎ親から教わるのだと。凄いな、カッコイイなぁ。大変貴重な見学を沢山させて頂き、その後Paoloさんが別の山の上(車で結構登る)にあるRistranteまで。緑が生い茂る森の中。そのRistranteは家族経営なのかな‥白熊みたいな犬と猫二匹と馬が四頭もいた!店内に暖炉があり薪を入れるおじいさん。絵本の中みたい。Pastaもdorceも手作り感あり美味しい。Paoloさんにとって山は身近な庭みたいなものなのかな。なんて豊かな人生。その後MuseoMarmiに行き、気付けば7時近い。私は電車でFirenzeに帰。皆さんに感謝とお別れの挨拶をし駅で別れる。今回の旅はなんと言葉にしてよいやら・Bella Esperienza! 凄く有難い貴重な経験をさせて頂けた。自分独りでは絶対行けなかった。TさんやK先生やPaoloさんに感謝‥。大袈裟な言い方かもだけど、こうした出来事や経験を、いつか何かの形で世の中に恩返し出来ると良いな。
21日
成り行きで、今なんとCarraraのB&Bにいる!
夜の10時過ぎ。ここに居る自分を想像しただろうか・以前から行きたかったけれど車も無いので諦めていた。今朝、K先生が「今日からCarraraの知人に会いに行くけど一緒に来ます?」と誘って下さったのだ、本当は今日Firenzeに帰る予定だったけど「行きたいです!」と財布の中身も確認せず即答。そして乗り換え四回合計6時間の電車の旅・Ravenna13時35発Bologna15時04着乗り換えBinarioが遠くて猛ダッシュ!15時10発Prato16時着。またもや乗換え時間が短い!焦ってギリギリ飛び乗り、ホッとして車窓を見ていたら、目の前をCarrara駅が過ぎていく!間違えて特急に!ひょえーと次の停車駅laspezia駅で降り、しばし鈍行を待ち、再び乗る。夜7時過ぎCarrara着。駅前は何もなく、哀愁が‥。先生の学校の研究生で彫刻家のPaoloさんが車で迎えに来てくれていた。街中は飾り気全く無いけど古ぼけた壁の家々には洗濯物が沢山干してあったり、雑多な作業場のような建物や営業してるか分からないような真っ暗なBar。中々味のある街。観光地の色気は全く無い。同じトスカーナでも全然違う。目の前には街を覆うようにAlpiApuane・山脈が。中腹から山頂にかけ真っ白な部分。一見、雪山のようだが大理石。切り立った尾根は様々な形をしている。ミケランジェロがPietaの制作ヒントになったという形だよと教えて貰う 。確かにあのFormに見える‥かな?
山の中腹にあるレストランで夕食に。丁度、夕焼けの時間・山の斜面はゆっくりと静かに柔らかなピンク色に‥。
20日
Ravennaに来た!今、B&Bの部屋、今晩は一泊。イタリアらしいアンティークな家具、壁一面に様々な絵。額縁素敵。独りでゆっくり出来て、TVもあってベットも大きくて幸せ。学生アパート同居生活とは大違いで幸せ。Tさんが仕事でRavennaに居ると聞き、その上、その仕事は日本から来るモザイクの第一人者K先生の関係。これは絶対に行かねば!と思い朝7時30の電車に乗る8.53Euro。K先生の名前は15年位前から色々な方から聞いていて、お仕事や活動など永年、勝手に存じ上げていた。日本にいて15年もお会いする機会をいつも逃していたのに、まさかイタリアでひょっこりお会い出来るとわ!やはりイタリアの摩可不思議パワー?嬉しいご縁だ‥。仕事の合間のPranzoを先生と先生のイタリア人知人の方達と一緒に食べる。Ravennaには12年前に独り旅で来た。その時は静かな街の印象だったけど今は若い人多く活気あり。Mosaicoの街、海が近いせいか何かゆったりしたバカンス地のような雰囲気も。レンガ作りの建物が多くて、とても可愛らしい。高い建物も無くて落ち着く。昔来た時も教会などのMosaiciに驚嘆した記憶‥今回も大感動、素晴らし・修復が活発にされているのか何処も綺麗。光の当たり方で全く見え方が変わり、凹凸が波打つようで、まるで動くかのよう。迫力。 それにデザインが本当に素朴で癒される、派手さや押し付けはない。優しくて温か。昔の人は純粋だな。石やガラスの自然な色味と装飾的な形がぴったり合っている。Mosaicoの世界に浸る。すると、外を歩くと道の石畳も砂利道も壁もモザイクに見えてしまう〜。かなり頭に残像が、イメージが残る。きっと存在感が強いからだ。
19日
affresco新しい技法、Graffitoを習う。
新しいといってもグラフィートなので、支持体がMartaになるだけで後は想像通り。でも、表明がざらざらしているので、面白い感触。こういう細かい仕事は大好き、黙々とするのが落ち着く。
気を付けて街を歩くとあちこちの壁にこのGraffito技法で描かれているのが分かる。今
、affrescoで一緒にいるアメリカ人のPoさんが自分のアクリルの作品を私にプレゼントしてくれた。色がステキ。英語出来たらもう少し仲良くなれるのにな。こちらで英語出来ないのって本当に私くらいなのよね‥勉強しよ!と、いつも思うんだけど‥。
18日
夕飯を食べた後にちょっとボンヤリした頭でゆっくり散歩する。
8時過ぎてもFirenzeはまだ夕焼け空、明かるい。そして空気が気持良い。
FiumeArno沿いを歩く。太陽がゆっくり沈んでいく。夕焼けに照らされたPonteVecchioは驚くほどドラマチックで、音痴な私ですら頭にオペラの音楽が浮かぶ‥。感動する環境(風景)に囲まれて生活していたから感動的な音楽や美術、芸術が生まれたのでしょう。
日が沈んで少し暗くなると、ポツリ、ポツリと建物の窓にオレンジ色の明かり。本当に切ない。
17日
三回目の荷物届いた(夏に向けた物)、しかし凄い量ね‥どんな僻地に居るのって!心配症で欲張りなんだな私。引越し出来るかなあ‥
16日
理性が働かなくなり苦しくなる、外に出るとスッキリして自分を取り戻し・色々な問題が重なるとすぐテンパってしまうな、ダメだな。半日スケッチする。ちょっと手が痛くなる。
15日
朝から雨。10時57分のTrenoでPisaへ、12時着。
駅からバスのはずが中々来ない。通りすがりの女の子が教えてくれる、どうやら今日は何かあるみたい?仕方なく雨の中歩く事に、少し大きな通りに出ると道に沢山の人。カメラを持ち何かを待ってるみたい‥何かの祭り?行進?かななんて思った途端に目の前に猛スピードで自転車が!えっ〜!自転車のレースが!赤、青、黄色の鮮やかなユニフォームと自転車がバンバン通り過ぎる!カッコイイ。偶然見れた、歩いて良かった。
そのまま真っ直ぐ行くとFiumeArno。Firenzeから見ると下流になる。川沿いの街並みも橋もFirenzeと全く違う。重たい雨雲のせいか街並みが古く質素なせいか、しっとりした静かな侘びしさが漂う。まずはMuseoNaziomale di S.Matteoへ。予想以上にしっかりした美術館で作品もどれも見応えあり! SimoneMartiniのMadonna col Bambino多翼祭壇画が有名で勿論迫力あり、独特な顔立ちとテールベルトの効いた肌色、金地テンペラの世界。すぐ横に飾ってあるLippoMemmiの祭壇画の方が感動。ピサーノの彫刻も素晴らしい。ロマネスク時代の彫刻もすっごく面白い!形といい表情といい、素朴でちょっと滑稽な物もあり、見ていて笑ってしまう。装飾のデザインも素敵。12世紀頃の彫刻にとても惹かれるなぁ。
その後、歩いてPiazzadel Duomoへ。いよいよあの有名なTorrePendenteとご対面!とにかく本当に斜め!わぁと声出ちゃう。そして想像よりこじんまり。なんだか愛らしい塔。そしてアーチ状の柱が円筒形の塔を囲み、物凄く綺麗。塔は登らずBattisteroに。目的はaffrescoの勉強のために来たので Campo santo, MuseodelleSinopieを鑑賞。どちらも間近で観れて迫力。
雨はやまず降っていたが夕方には明かるい太陽が見えた。ボンヤリとDuomoの脇の大理石で出来た上を歩いていたら、急にDejavu?昔よくみた夢に似ている‥風景。夢の中ではもっと白くて明かるかったけど。凄いビックリし、ちょっと泣きそうに。もう一度戻ってみる‥が、なんだかその感覚が煙のように不確かになり‥でもまた来ようPisaa
14日
模写をしていたaffrescoが一段落しそう。
25cm×60cmの大きさで一部分模写だが全部で3日間で15時間位。テンペラに比べたら断然早く仕上がる。そりゃそうよね‥昔は作業するのは壁や天井の大画面、いかに手際よく素早く完成に向けるのが大事。塗った時と乾いた時の色彩が変わる、自然の力が加わるようで偶然の作用などもあり、とても面白い。でもChimica、難しいー。修復はもっとChimicaだろうな。affrescoの色見や肌あいとTemperaとは全く違う。ましてや金箔を使っている祭壇画では同じ国の文化とは思えないくらい対称的な気がする。イタリア人美的感覚の二面性?
13日
S.CascianoのTさんアトリエ引越しの手伝いに行く。
朝から素晴らしく青空!気持良い〜。バスで30分位、少し標高上の小さな街。オリーブ畑やブドウ畑が城壁外の下方に広がり、糸杉がポコポコと生えていて可愛い。空が驚くほど広く、うねるように大きな真っ白な雲。こんなに綺麗な空を久々に見た。街は小さなお店が慎ましやかに、でも穏やかに営業している。奥でおじさんが作業をしている額縁屋、焼きたてのパンが山盛りにあるForno、飾り気ないEnoteca。昔のイタリアの姿がまだちゃんとある。
Tさんはいつでも明かるく、細かな気遣いもあって、日本、イタリアの良い部分両方をバランス良く持っているように見える。イタリアに長く住んでいても気負う所も、変な壁も無くて本当に良い方。ついつい、その人柄に甘えてしまい、随分と面倒や迷惑をかけてしまっている。Tさんの何気ない言葉が今の私にはとても励みになったり、勉強になったり‥制作=人生について色々考えさせられる。有難い出会い‥。しかしTさんの引越し作業、まだまだ難航中。
12日
TさんがまたもやCenaに招待してくれた!なんだか悪いな‥私のためにジュエリー作家さんご夫婦を紹介してくれた。奥様は素敵な作品をつくっている。めちゃめちゃ美味しいアボカドご飯と鶏肉とお酒とイチゴのデザート!料理上手。はあ‥なんか恥ずかしい、時折弱気になる自分、卑屈な自分。こんなのじゃイタリアにいる資格ない、もったいない。ポジティブにならなくちゃ。
11日
教会のシスターがやってるお土産物屋でビスケット買う。
教会巡り。やはりFirenzeはいいな。帰宅してからスケッチに。夕方の時間と空が本当に綺麗でゆっくりしてて好き。
夕飯ラタトゥイユとサラダ。アパート同居ブラジル人に囲まれ‥お互い気をつかいつつ。
10日
Tiziano先生を初め学校の先生は皆、素敵‥芸術家だからかもしれないが個性的で雰囲気がある。日本人(私って)つまらないかも。味がないというか、特にブランド物は西洋人の為にあるなぁ‥日本人は似合わない。何かが足りないのか、雰囲気がないのかな。無味乾燥、でシステマチック・皆同じ姿。日本の街の作りと同じだ。生活環境と人間味。
9日
早朝5時に目覚め、ベットの中で色々考え‥結局寝れないので起きる、MuseoSanMarcoに行く(三度目)。affrescoで模写する部分をよーく鑑賞。その後、Aさんとの待合わせ場所に行き、20番バスでMuseo del Cenacolo di Andrea del Sartoに行く。もと修道所だったMuseo. 隣には小さな教会が。街の人達が日曜のMesaに沢山集まっていた。Andrea Del Sartoは1486年〜1530年の作家。「Ultima Cena」のaffrescoがある。色がビックリするほど鮮やか、まるで最近描き上げたかのよう。(修復されたからとから聞いた)人物描写もとても現実的で人間味溢れてる。フレスコもこんなに強い表現が出来るものなのね‥。Monumento funebreなどもあり、間近で鑑賞出来てとっても興味深い。首や腕が欠けた古いStatuaを見るのが大好き。ドキドキする。Firenze中心からは外れた場所だけど、かなり良い。帰り道、歩いていると、やたらに人の群れが一定の方角に向かって歩いている‥なんだろうと思っていたら、サッカースタジアム!み〜んな紫色の服装!Fiorentinaのユニフォームだ。子供から老人まで・本当にお祭り騒ぎ。サッカー国だなぁ。その後Martelliの本屋のCaffeで一休み。Domenica夕方、ゆっくり流れる時間。明日はlunedi、また忙しい。
8日
Sabato久々に朝から晴れ!疲れているのか中々起きれず9時起床、10時間も寝た。Cassineにスケッチブックを持ち出掛ける。めちゃめちゃ広い公園にはジョギングする人やスケートをする子供、散歩する老人。森のような並木道は木漏れ日が本当に綺麗。緑色がこんなに鮮やかなのは季節のせいなのかな。最近、波のような不安と焦りに襲われていたので、青い空と雲と緑が本当に気持よく染み込んでくる。何処を切り取っても美しい緑色。何度も「キレイ」と声が出る。と、急に冷たい強い風・そして雨が突然に。スコール・大きな木の下に雨宿り。いつか止むでしょう‥強く降る雨が草木の葉にあたる音、グレー色の空気。アルノ川向こうの建物、窓の明かり。ボンヤリ色々考えていたら、カラッと晴れる。少しスケッチし、小さな石の橋を見つけ渡る。絵本に出てきそうな可愛い橋、ちょっと嬉しくなる。ESSELUNGAに寄り食料買物。
午後は友人関係で知ったFirenze在住の画家、Sさんアトリエを訪ねる。彼は初めて会うにも関わらず非常に気さくに明かるく迎えてくれた。本当にこちらで会う日本人は皆さん親切で心底良い人柄の方ばかりだ。天井高い白い壁のアトリエには彼の作品が沢山。具象もきっちり描いているし抽象的な作品は白を基調とし柔らかな作品。4時間近くイタリアやイタリア人について色々話を聞く。とにかく今のイタリア経済事情は深刻なよう。とはいえ、彼はイタリア、Firenzeをとても愛し、とてもたくましく生き抜いているように見えた。イタリアで生計を立て生活していく事の大変さ。強くならざる得ないのだろう。つまらない事では悩まずへこたれない強さ。自分をしっかり持っている。
7日
Afflescoの模写、Beat Angelicoにした。Carta ricalcareに転写。早速Intonaco。Arriccioは用意されていた。Maltaを平らに塗り(左官のお仕事のよう)、少し乾いたら一部分だけSinopiaをし、すぐに着彩!全く普通の絵画とは違う。下絵が決まれば、後は手順が大事。乾いた時に顔料の色見も変わる。白も使い方が難しい。ひとまず、今日出来る所まで・Giornata。色がどうなるか分からないのと、吸い込みが強いので中々、勘が掴めず。難しい。本格的にやるならば、少し勉強が必要かも。最近、イタリア人の魅力というものを少しだけ分かってきた。男女共になんとも言えないが色気があるのだ。雰囲気、空気というか。フランス人とはまたちょっと違う色気‥気品と情熱、繊細かつ大胆。魅力的。
6日
フレスコの自主勉強。最近、麻痺してきたのか慣れてきたのか、お店の人がつんけんしてたほうが気持よいというか‥特に女性カッコイイなって感じる。変かしら‥。
5日
先月末になんとかFilippoLippiの模写が一段落し、今日からAffrescoを習う。先生はTizianoといういかにもイタリア伊達男。説明も超passionatoで熱い!こういう男性は日本には少ない気がする。arteの学校の先生は皆お洒落で、外見も内面もカッコイイ。それに凄くProfessionale。作家としてもそれぞれ活動しているよう。今日はaffrescoの歴史と説明で終わった、難しい専門単語や化学的要素が一杯出てきて‥ハァー、頭混乱。先生が丁寧に図と文を書いてくれた。夜はこちらで知り合った在住30年のYさんがお家に招待してくれた、色々お喋りしながら庭でサラダの葉を摘み、空豆を生で食べる。ペコリーノチーズとVinoRossoを一緒に。カレーとアベカワ餅をご馳走になる!大きな犬と黒猫と金魚がいる素敵なお家。イタリア人の旦那様と美男美女のお子さま、幸せな家族。優しくて物凄く知的なYさん、年の差あっても話していて本当に楽しい。気付くと夜の11時過ぎ。
4日
周りに影響されないように集中しよう。目的のため。本当に自分を大切にしよう。自分が願ったり考えた事が実現してしまうから変な事は考えないようにしないと。恐ろしいくらい、引寄せを感じる。嫌な事や嫌な人と思う事がそれを呼ぶ。自分で自分に苦しみを呼ぶ。
3日
TさんAtelierに行く。Sitaバスで40分、オリーブ畑や葡萄畑が一面に続く、小さな丘には今にも崩れそうな古い教会。トスカーナの風景が広がって。Atelierは夕焼けが綺麗に見れる所にある。窓からの眺め、空が広い。鳥や猫がテラスに遊びに来る。素敵な所。Tさんと出会い、一人の女性芸術家の生き方をみて、色々な事を考えざる得ない。どんな時も絵を描き生きていく事、芸術の持つ力。命と同じ重さ。宿命と運命‥。Tさんの大らかで優しい人柄の底にある、強さと決意を感じて、胸があつくなる。ブレない強さ。私は‥ワガママで欲張り、いつも守られて生きてきた。本当にワガママで幸せな人生。本当に有難い‥何に感謝したらよいのだろう。神様?ご先祖?‥違う、もっと身近な存在全て。家族全員、友人、知人、生徒さん、全ての私の周りの人々に感謝。
2日
生徒さんOさんが旅行でFirenzeに来た.
しかし大雨。救援物資を貰い、そしてご飯馳走になってしまう・久々の外食!有難い〜。しかし少し不思議な気持に。日本にいた自分を思い出す。日本にいた日々の事。今の私‥確かに現実、でも、非日常・夢のような曖昧な日々。
1日
Bolognaへ行く。広くて綺麗でイタリアじゃないみたい(?)素晴らしい街。

4月

30日
知人の紹介で日本人女性の修復家工房を訪ねる。
バスで15分位、緑が生い茂る小さな川沿いにそのBottegaはある。その方は在住20年以上、イタリアの方達と一緒に修復工房で働き、絵も教えている。日本人がイタリアの人に油絵や水彩を教えている姿にちょっと驚く。その方は私の戸惑っている状況を知っているかのように、ズバリと助言して下さった。「貴方には時間はない、何が優先か考えなければ。観るべきもの、やるべきこと、何故ここでこういう作品たちが生まれたか、日本とは違う光。色彩の違い。イタリアに来た意味、イタリアでしか出来ない事を。文化を感じ、自然を感じ。沢山の美しい物が溢れてる。素晴らしい芸術作品、それを生んだ国。此処にしか無い物を見、此処でしか出来ない事を 」。
29日
朝、急に思い立ち、Cortonaに向かう。
12年前にも訪れ、とても想い出深い所。Firenzeから電車でTerontla駅まで行き、そこからバス。何にもない寂しい駅前で本当にバス来るかなぁと不安になりつつ待つ。遅れて大きなバスが!無事着くがCortonaも変わり果てていた。昔の印象では敬虔なクリスチャンしか訪れない俗世間から切り離されたような静かな所だったのに。今は人も沢山いるし、観光地化され綺麗なお土産屋が並ぶ。かなりビックリ‥ちょっとショック。昔来た時にちょっと仲良くなったBarのお兄さんがどうしてるかなぁと、遠い記憶を頼りに探してみるけど、思い当る場所には真新しいCaffeが。働いている人も違う感じ。変わってしまった‥。
ひとまず、Beat Angelicoの「l'Annunciazione」再訪。その美術館だけは変わらず人は居なく静かだった。そして作品もやっぱり変わらず凄かった。展示室に入った途端思わず声が出てしまう。マリア様の顔があまりに可愛いので笑ってしまうが、次の瞬間勝手に涙が込み上げ‥。12年前に訪れた時も一日中その美術館内に居座った。やっぱり言葉では表現出来ない作品。花瓶のカーブ一つとっても、草の葉一つとっても、全てが純粋で優しい筆致。来て良かった。午後は街中を歩く、坂道を登ると、城壁の周りは糸杉と緑のトスカーナの風景。遠くにTrasimeno湖が太陽が反射し光っている。以前来た時と同じように、やっぱり道に迷う。昔来た時、突然のスコールに立ち往生していたら、目の悪い修道女さんが現れ雨宿りさせてくれた。私が日本人だと言うと、手を握りながら驚き喜んでいた‥。今回は雨はなく、なんとかバス乗り場に辿り着きFirenzeに帰。
27日
学校休み・MatildeさんがAさんと私をPiazzaCureに連れて行ってくれる。
その前にForno、いわゆるパン屋のパンを二つくれた、美味し!市場は日常の姿、安いお店、野菜や魚や果物屋。チーズもパンも。楽しい。普通のItalia。しかし私の語学力は止まってしまい、本当に‥マズイなぁ。午後は美術学校に。Tさんのバースデーなので帰りにAperitivoする。
26日
2ヶ月も過ぎてくると、少しづつ街で顔見知りが出来てくる。隣の鞄屋のおじさん、Formaggio売場のおじさん、ケバブ屋のお兄さん、Labateriaの人、Marinoの皆さん‥アジア人でイタリア語もつたない私は彼らからはどう見えるのかな‥?こんな得体の知れない東洋人に優しく接してくれる人達。今の私には、ささやかな心の支え。
25日
Domenca. 暑くもなく寒くもなく良い天気。Fortezza da Bassoで開催しているArtigianatoのイベントに行く。中はイタリアの伝統手工芸を初め、世界中の工芸品や職人芸の物がブースごとにあり、凄い規模。日本のブースも発見!京都からいらしたという皆様は京人形や友禅の小物や浴衣、招き猫など売っていた。凄い人だかり!こんなに人気があるなんて!日本人として嬉しい。お店の京都の方も良い人達。思わず出しゃばりちょっと通訳したり。食品コーナーはイタリア各地の物産展。お店ごとに伝統と秘伝、見たことない美味しそうな物ばかり。試食が楽しい〜。外には様々な国の料理屋台が出ていて、やはり日本コーナーが人気!焼きそば、焼鳥が。ソース味ってイタリアの人にも美味なのね。きっと今後、日本の物がもっと色々と受け入れられていくのでは?ちょっとワクワク。
24日
Marcello先生の企画で数人の生徒達とMonastero della Certosaに行く。
37番のバス。15分位で、木々、花オリーブ畑、全く違う風景。大きな教会。そして静寂。小さな花が一面に咲き、まるで天国のよう。この世を去ったら、こんな風景が待っていたら良いな。
Certosinoとはカルトゥジオ会修道士のことで1084年聖Brunoがフランスのラ・シャルトルーズに創設したとの事。ポントルモのAffrescoがあり。色使いや形がモダンで現代的。別世界のように素晴らしい所で、また来たいな。丁度結婚式があるらしく、花嫁花婿やお祝いの人達に出くわした。幸せそうな一場面。
22日
Firenzeに着いて初めの頃、何故かあまり気持が乗らず落ち着かず悲しかったのか、最近その理由が少し分かってきた。それは余りに、昔に来た時の印象とまったく違っているから。これは在住の長い方から話を聞いたり、勿論イタリア人から話を聞いても、皆口々に、Firenzeは変わったと言う。Euroの統一も原因の一つだと思うけど、街が荒れているというか(スプレーの落書き酷く)、疲れているというか‥人々もちょっとキリキリしている印象。観光客に対してあんまり良い感じじゃないような。観光擦れしてしまったのかな。寂し‥。
21日
原因不明・夜、吐いてしまう、胃が急に‥疲れ?ストレス?…考え過ぎているのか。
どんな事もいつかは、過ぎさる。時間には逆らえない。なのに、その時には気付かない。永遠の苦しみのごとく。全ての障害や悩みは自分自身が創りだしている。その事自体の問題は大した事はないはずなのに。自分の頭の中で大きくなり、問題を自分で拡大し、呼び寄せ、そして苦しむ。なんて馬鹿げているのだろう。全ては自分次第。
20日
Azad氏の家に招かれバスに乗り行く。
家は外壁が淡いピンクで可愛いらしく中はマンションで新しい。インテリアは赤と黒。TVもパソコンもめちゃ大きい。キッチンもトイレも綺麗でAzadは手際よく料理をする。gamberettiとFunghiのPasta、SpigolaはMelanzanaとPomodoro, Cipolla, aglio,にローズマリーなど色々なハーブをいれオーブンで焼く。久々お魚美味!窓の外は夜になりかけの蒼空、隣家のオレンジ色の明かり‥キャンドルの火、そしてKurdistan人と夕食をする私。不思議…。帰り、車中に流れるKurdistan民族音楽が本当に異国情緒溢れ、嘘みたいに風景とあっていた。どこか遠い、忘れられた記憶。
18日
私の作品の写真を見たItalianoから「私達、西洋人から観ると貴方の作品はオリエンタルで魅力的だが、現代の日本でこういう日本的な物は今でも需要があるのか?」という質問を受けた。多分その人から観ると私の作品は具象だし古風な作品に見えたのだろう。私の答えは「dipende」。それぞれのマーケットがあるし、どれが間違いで正しいというのも無い気がする。それぞれの生き方、表現の違い。私は現代美術、先端芸術が好きだ。いつも刺激を受ける。常に開拓、研究と勇気と責任を要する気がする。芸術の歴史を繋いでいかなくてはいけない。重要な仕事。私はたまたま古典技法に惹かれ勉強してきた。理由は…色々あるようで無いようで、分からない。気付いたら、今の自分。
17日
朝早く起き、二度目のUffizi。
今、模写をしているF.Lippi“Madonna col Bambino eAngeli”の作品を色々考えつつ一時間ほど鑑賞。古典技法のテンペラはもう過去の時代に完璧に完結されていると思う‥それでも憧れ、そして模倣する。過去の芸術を追い求めるのも、勿論否定はしない。でも、古典をrispectoしつつ、何か今だから生まれる物を創れたら‥。とはいえ新しさばかりに目を向けると私の場合、しばし大切な物を見失ってしまう気がする。
夕方、家に電話、つい家族に日頃の疲れ愚痴をこぼしまくり母に心配をかけてしまう。…私って何でいつまでも子供というか、自立出来ないんだろう。ワガママで、はあ‥情けない。反省…もっと精神力強く理性と知性と判断力のある人間になりたい。
16日
最近知り合ったアーティストのAzadという人がいる。
彼はContempooraryの作品を制作し、平面だけでなく最近はVideoArtが主らしい。昨年はVeneziabiennaleに参加し、常に世界中で展示をしている。
彼のアトリエに招待され伺うと、そこは正にDuomoすぐ近くの中世から残る塔の1階!中はモダンに改装されているが窓などは昔の名残があり、とても素敵なアトリエ。羨まし〜、が賃貸料はかなり高いみたい。
作品について色々話を聞く。最近の映像作品など。伝えたいという思いや問題意識は人それぞれ。人種によっては常に大きな問題を抱え生きている。生涯を通して持つ強いテーマ…。
15日
こちらにくる前に、色々な人からFirenzeには日本人がいっぱい居るから、と言われかなり安心して来てみたら、全然‥想像していたほど居ない。勿論ツアー観光客はいるけど。お店や美術学校で日本人だ!と思って声をかけたら、違うアジア圏の人だった事が何度も。
12日
Italiaに住んで長いアーティストのT子さんに夕飯の招待を受ける。
Tさんとは知人関係などで偶然が重ったり、母校の高校が同じだったり、テンペラを使い制作していたりと私にとって本当に嬉しい出会い。T子さんのイタリア人の知人二人を交え四人でT子さんアジア手料理を頂く。久々のお米〜感激。Italianiの方々もお代わりをしてた。お土産にMarinoのお菓子を持参。皆とても美味しいと喜んでくれた。
私のHPも見て貰う。 T子さんは本当に素敵な女性で作品も魅力的。イタリアに住み、イタリア語で生活し、制作し発表していく事。並々ならぬ事だと思う。環境が違えばきっと生まれる物は違ってくるだろう。作品と言語の関係。言語は、その人種が作りだす物に大きく関わってくると思う。美術や音楽などの芸術は勿論、料理など。語感や、発音の響きなどが、創造物ととても強い繋がりを感じる。でも頭の中で日本語で考えている限り、生まれる作品は日本的になるのだろうか‥?。
11日
春の嵐。朝から凄い風と雨。そんな天気の中、傘をさし出掛ける。日曜の朝しかも嵐、人は居ない。Arno川は雨で水嵩が増し、凄い勢いで流れ、いつもと全く違う姿。誰も居ない橋の上から、遠くのCassineの緑と教会の屋根。全てが幻覚のように霞む‥世界がモスグリーン。
10日
FirenzeにはMandonnaroという道路上にチョークやパステルで有名な絵画を模写し描く人達がいる。壁ではなく道なのでふまたり消えてしまうが、これもひとつの表現。パフォーマンス。Madonnaroに日本人男性がいた。Tomoさんという。もう何年もイタリアに住んで暮らしているらしい。偶然にも去年の12月イタリア文化会館の入口の地面にやはり描いていたのが、このTomoさんだった。これは何だろうと思っていたので、再びFirenzeにて出会え不思議。以前こちらで知り合った切り絵作家の方も偶然去年の秋に日本の松坂屋で展示してた方だった。日本とイタリアを行き来している方達、様々な生き方。
9日
只今、引越し検討中。図書館で見つけた賃貸部屋貼り紙に電話。優しそうなSignoraの声。約束をし部屋を見に行く。Mammamia! とっても汚なくて暗くて、しかも隣の部屋は怪しげなブラジル人男。昼間から大音量で音楽聴いてて‥申し訳ないが却下。なかなか部屋探しは難しそう。
6日
日本の過剰な情報や色々な雑音からしばらく離れたくて、こちらにはパソコンは持って来なかった。その為、今日本で何が起きているか全く知らない。極限までシンプルにしたかったので連絡先もあまり人に知らせずに来た。まるで自分だけが、すっかり日本社会から切り離されたような感覚。日本での日々が遠い遠い昔の事のようで‥。浦島太郎?あんなに毎日必要としていたメールもパソコンもTVも雑誌も無くても、今は全く問題はない。生きるって、もっとシンプルで良いはず。
5日
MuseoS.Marcoに二度目の再訪。やっぱりAngericoの描く顔は良い。でも全然ラテン系の顔とは思えない。実在のモデルは居なくてAngericoの理想とする顔なのだろうか。どこか和風な顔立ちに感じる。テンペラ特有の下からじんわり色が表明に影響する感じが、堪らなく好きだな。
4日
Pasqua。「Lo Scoppio del Carro」という催しがある。朝8時半からOgnissanti教会より先の辺りから山車と中世のコスチュームを着た楽隊が出発しDuomoまで行進、11時に花火と爆竹の中ColombaがDuomoから出てきて‥というもの。丁度家から出ると楽隊の行進が。その後K子さん達と待ち合わせし、Duomo前へ。しかし凄い人混み。三社祭状態。爆竹の煙もあって良く見えなかった。けど、Pasquaの雰囲気を味わえて楽しい。
その後、Kさん宅へ。イタリア料理をご馳走になる。本当に美味し!旦那様のAndreaは本当に不思議なイタリア人でMolto interessante. とにかく頭が良いのだろう。そしてFilosoficoで私の今までのイタリア人のイメージが覆された。私が常々興味のある分野に彼もとても探求していて、面白い。彼はMeditazioneも日課にし、マクロビを好み、東洋医療も詳しい。勿論、輪廻なども信じている。Veritaは自分の中にあると。私のイタ語がもう少し出来たら、もっと色々お話出来るのにな。
夜はAndreaの友人でイタリア人夫妻を交え、車で中華店へ。皆がちゃんと箸を使い食べる姿にまたビックリ。Kさんに通訳を助けてもらいながら、同年代のイタリアの方と話せて楽しく、少しまた今のイタリアを感じれた。
3日
朝からArezzoに行く。12年?位前にイタリア独り旅をした時に訪れたが、お目当てのaffrescoが完全に修復中で観れなかった。なので、今回こそ絶対に見たい!今日はPasquaという事もあり街中がアンティーク市!その規模は今まで見たヨーロッパの蚤の市では一番だと思う。家具から本からアクセサリーから額、本当に色々な物があって楽しい!一目惚れしアンティークのangeloの付いたCucchiaioを買う。映画「ライフイズビューティフル」の影響なのか観光地化が進んでいて活気があってビックリ。以前来た時は人もまばらで過疎化か?ってちょっと心配したのに、まるで嘘のよう。まずはBasilica di San FrancescoのPiero della Francesca「Leggenda della Santa Croce」へ。勿論、Restauro後なので色彩が素晴らしい〜。線も陰影も強い。その世界に吸い込まれてしまう。Piero氏の描く顔や体型はどことなく、日本の仏像を思い興させる。堂々としていて品格があって。色のリズムとフレスコ独特の色調が本当に心地よく‥見飽きない。そしてCasa Vasariへ。内部は小美術館になっている。天井が低いのでフレスコ画がしっかり間近で見れて面白い。お庭もあって一面小さな花が沢山咲いていて・夢のようなお家。さすがVasari氏・いいなぁ。夕方電車で帰。夜はMatilrdeのお誘いを受けてS.M.NovellaでのPasquaのMesaに参列。私はクリスチャンではないけど宗教や信仰する気持は大事だと思う。夜11時30になると教会前に火が炊かれ、人々は手に蝋燭を持ち教会の中へ。一列目の席に。目の前には祭壇と ギルランダイオ、フィリッピーノリッピのaffrescoが拡がる、圧巻。拝観料を払い観るものとは全く違う姿。本当の意味でのフレスコ画の強さを思い知る。人間の力を超えた作品。沢山の人々の想い、心を救うための絵画。讃美歌と共にMesaは厳かに行われ、終わったのは夜中の1時半。ちょっと日本の大晦日みたい。皆、口々に「BuonaPasqua!」と言い合いお別れ。貴重な体験。
2日
今を考え過ぎるのは良くない。全てにおいて、自意識過剰にならないように・自分で自分の首を絞める事になって辛くなる。未来を思い悩むのも止めよう。街にはPasquaのお菓子並ぶ。
1日
又、色々な心のモヤモヤや学生アパートのストレスや今後の制作など悩みちょっと凹む。弱気になると居心地の良い日本が懐かしくなる。自分を常に見失なわないようにしないと、つまらない事で悲しくなったり寂しくなるので、前向きに客観的に自分の状況を見れるようにしよう。自分と他人は違う。流されないよう‥強い人になりたいな‥語学クラスのブラジル人のGabriel もスイス人のStefaniaも凄く良い子。頭良い。最近仲良くなれてきて本当に嬉しい。やっぱり人間は皆同じ。見た目が違っても中身が大事。人間性は人種関係ないとつくづく感じる。言葉も大事だけど心で通じる感覚がある事を知った。

3月

31日
この街に暮らしていると偶然、道で知人に会ったりする。東京だと中々そういう事は無い。そんな小さな街暮らす不思議な安心感。そして予定外の事も普通におこり、それに合わせフレキシブルに行動する。東京に居た時は1、2ヶ月先まで予定をたてスケジュールに合わせ行動していた。今の自分はちょっと新しい自分。
30日
授業中に気分が悪くなり終わって、すぐ帰宅し寝る。少し回復したので夜、SsAnnunziataでのConcertoDiPasquaに行く事に。只今Pasqua週間で無料のConcerto. 夜9時から始まり11時過ぎまで。家でTVではなく教会で生のオーケストラを楽しむ、なんて豊かな文化。教会内の素晴らしい彫刻や絵画の中、ソプラノ、テノールの歌声と二部はハレルヤの合唱。感動、胸一杯(涙)天使がいっぱいいた。3月29日lunedi今日は語学学校は新入生テストのため私は休み。朝から歩いて30分位のCoopに行く‥ちょっとバカみたいだが近所のスーパーに比べ安いのでリュックを背負って買いだめに。Coop近辺は町並みも生活感溢れていて落ち着く・この辺に住みたいな。野菜やら沢山買込み帰宅。午後はいつものように美術学校へ。最近、ようやく先生の言葉が理解してきたかな?模写はまだまだSfondも終らず先は長い。。私の通常の平日、朝7時に起きて語学学校が9時から13時まで。すぐアパートに帰宅しPranzo。すぐにまた美術学校へ3時から7時までDarteにて絵。帰宅しシャワーして8時過ぎ位に簡単なCena、勉強して寝る 。あっという間の1日、Radioが友達。
28日
今日は朝9時にMosaico工房のRobertとAさんと待合わせをし車で45分位離れた川にPietraを探しに行く。車窓からの眺めがみるみると変わり、羊や牛がいたり、可愛いらしい家や木々、ゆったりした田舎の風景。一つ大きな山頂まで上がり、そこのドライブイン?でお弁当用にパンとチーズとサラミを買う。空気が冷たくとても気持良い。Firenzeの喧騒から離れトスカーナの風景に出会えて生き返るような心地良さ。川に着くと早速大きなトンカチを持ち石探し。お目当てはRosso。ピンク色のような色が貴重らしい。外見からは分からないのでトンカチで割らないといけない。結構難しく‥真面目にやっていたがその内、絵のような景色があまりに気持良く川のせせらぎの音の中、ボーっと。此処に居る自分が不思議な気がして。連れて来てくれたRobertに感謝。所で今日からイタリアはサマータイム。時間が1時間早まる!ちょっと戸惑います。日照時間が長くなり省エネを考慮しての事とMatildeが言っていた。日本は電気を使い過ぎと言われ…確かにこちらに暮らし始め、最初の頃は日本は完璧で暮らしやすく素晴らしいなと感じたけれど、今は考えが変わってきた。日本は全てにおいて過剰気味・利益や欲で少し間違った方向に進んできたのかも。こちらの生活で不便と感じた事は全てそんなに不便な事ではなく自然な事なのかも。日本は地球の環境などを無視し過ぎてきた…時折外国の人達が少し冷めた目で日本人を見るのが少し分かってきた。ちょっと悲しく、恥ずかしく。
27日
Sabato. 良い天気、朝窓を開け掃除をし出かける。Pal.vecchioへ。入ってすぐの中庭だけでも見応あり。想像していた以上のボリューム。部屋ごとに、これでもかっというDecorazine.マニエリズムの世界で埋めつくされイタリア魂ここにあり!?宮内に反して、窓からの眺めは穏やかなレンガの屋根が広がっていて、一瞬タイムスリップしたような錯覚。午後はSignoraMatildeと待ち合わせ。街をGuidaしてくれる。最初はガイドブックに載っていないIl Chiostro dello Scalzo、ここは小さな廻廊にSanGiovanniBattistaの物語がSinopiaとBiancoのモノトーンのAffrescoがびっちり描かれている。1500年代に描かれたものだが物凄く生々しく、力強い。ドラマチックな世界、圧巻。その後Pal.MediciRiccardiに。今回二回目だがゴッツォリの「ベツヘレムに向かう東方の3賢王」はやっぱり素晴らし。Matildeの説明を聞いているといかにFiorentiniがMediciをVenerazioneしているか分かる。そしてFiorentiniは凄くFiorenzeを愛していて世界で一番だと言う。浅草っ子も浅草が一番だと思っているからちょっと似てるかな。夜はMatildeが夕食に招いてくれた。家庭の味にBuono! 色々と彼女の人生観を聞く。ItaliaMammaのパワーと心に感謝と尊敬。
26日
学校のクラスにブラジル人のGabrielという23才の男の子がいる。ブラジルに日本人の友人が沢山いるらしく、とても友好的。先月一緒だったブラジルの女のコも凄く感じ良くて大好きだったけど。ポルトガル語とイタリア語は似ている。彼はイタリア人の血も混ざっているらしくとても上達が早い。いつも色々ブラジルの事を教えてくれる。私は今迄ブラジルの事を何も知らなかった。昔日本人が仕事を求め渡った事は知っていても日本で生活していてブラジル人と知り合う事は無い。ブラジル音楽は大好きだけど。彼は日本語は全く分からないけど日本の事は少し知っている。なんだか最近ブラジルにとても興味を感じてきた。
25日
語学学校の後、Aさんと一緒にSs.Annunziataへ。Mercatoが出ていてPaninoRanpredottoをたべMosaicoFiorentino(フィレンツェモザイク)のBottega(工房)に行く。MaestroのRobertoが笑顔で迎えてくれ、Mosaicoの事を色々教えてくれる。様々な石、Pietaが必要で色や模様も自然の形を生かしてカットし絵にしていく。Pietra探しから仕事は始まるそう。そしたらRobertoが日曜にPietra 探しに川へ行くから一緒に行こう!と誘ってくれた。ちょっと楽しみ。
24日
Firenzeの街を歩いていると毎日必ず新しい発見と感動。誰も居ない教会の空気、窓から差し込む日の光、そして影。夕方、見上げた時の建物と空の色。朝、BarからのCaffeの香りと食器の音。雨の夜のDuomo 鳴り響く鐘。全てがいとおしく、自然と涙が込み上げる。
23日
Italianiは今、現在をとても楽しみ、一瞬一瞬をおもいっきり情熱的に生きているように見える。Amore. Cantare. Mangiare…Si gustano la vita!イタリア語文法で未来形Futuroを学ぶがあまり使わないらしく先生もあっさりで説明少し。多分イタリアで未来、先の事はあまり考えないという国民性のせいかな?ナンテ勝手な推測。それが刹那的と言うか楽天的と言うかは?だけど、日本人は余りも先往きに過度な心配をしているかも。大げさに言えば日本人は老後のために日々を生きているようにも。とはいえ私も超心配症、いつも見えない先の心配ばかり。
21日
今日は朝から洗濯と掃除。スケッチ散歩しMarinoでCappuccinoを飲む、最近はBarの皆さんが私を覚えてくれたのか店に入るとニッコリCiao!と挨拶してくれる。LungArnoに素敵な遊歩道を見つける、子供が遊んでいたりお爺さんがのんびり散歩してたり…隅田川みたい。時折、自分が暮らしていた浅草の何気ない風景がふと頭に浮かび、少し恋しくなる。夕方、Francescoから電話、とても深刻な声。以前会ったBarでお茶をする事に。彼は今、先週帰国した日本女性にInnamorato. スカイプでやり取りしてたけど数日前から連絡ないけど嫌われたのかなと…本気で泣きそう(笑)いや、笑ってはいけない。頬を赤らめ彼女に本気で惚れ毎日苦しいと語る彼。私、なんと言ってよいやら…しかもイタリア語で(そんな言葉習ってないよ)…つたない私の語学力でとりあえず励ます事一時間。ガッチリしたイタリア男子の恋の相談を変なイタリア語で慰める日本人女子の姿ははたから見たら奇妙だっただろうな。しかしイタリア男子は意外に純粋で一途?
19日
朝9:30にAさんとSignoraMatildeとち待合わせ。Matildeは70才になる生粋のFiorentina. 物凄くシャキシャキしていてInteligente、そして元気。私達をFarmaceuticadiS.M.Novellaに案内してくれた。1612年から続く薬局。もるで美術館のような素晴らしい店内!奥には廻廊と中庭もあり外の入口からは想像出来ないほど奥行あり。フレスコ画もしっかり残っていて素晴らしい。MatildeいわくTuttiFiorentini amano らしい。伝統と格式ある商品と建物に陶酔。滞在中沢山買ってしまいそう。その後AさんとS,FelicitaとS,spritoに行く。どちらもいつもタイミング悪く閉まっていたけど今日は入れて良かった!Pontormoの作品素晴らしい。色彩が華やかなのにイヤミがなく柔らかで慎ましやか。それでいてドラマチック。迫力さと気品。そして人物表情がなんとも言えずいい!としか言えない。前に「ポントルモの日記」という地味な日々を綴った、人間味溢れる?本を読んだけどこんな素晴らしい作品残していて…そのギャップが好きだな。夜はAさんの知人がMosaico Fiorentinoの作家さんで、その工房のMaestroの誕生日会に同席させて頂く、皆さん初対面にも関わらずとても優しく温かい(涙)Ristranteで久々にフルコースのちゃんとしたお食事(涙)栗の粉を混ぜたTariatelleにレーズンや胡桃の入ったPrimoとSecondoは猪の煮込んだ物を。65才になるMestroが本当に良い感じのFiorentino。職人の親方らしく心が広くそしてちょっとお茶目。初めて会ったのに凄く親近感。そして私に君はChiaccheronaだから前世はきっとFiorentinaだと・輪廻とか前世とかを言うイタリア人がいる事にびっくり!私の好きな分野(笑)私のめちゃくちゃイタリア語も寛容に聞いてくれ、工房に是非遊びに来なさいと言ってくれた
17日
平和に過ぎた。でも何も無いと急に不安と淋しさに襲われる。
この先往きの生活や人間関係や環境や体調や自分の人生全て。心配しても仕方ないけど。朝、目が覚めて未だ一瞬此処がどこか分からず・少し戸惑う日々。
16日
新しい同居人は同じくドイツ人のSignora.前から居たドイツ人女性は大喜び。
アパートはドイツ語会話に溢れ。二人とも私に気遣ってくれ優しいかな。
15日
良い天気、ようやくe arrivata Primavera.今日はd'arteにてSecond・着彩続き、顔の部分と髪のBase。色を探して決めるのが本当に難しい。
Sonia先生は的確。イタリア人の美的感覚や味覚、センスは本当に凄いと思う。鋭く深く。そして悦楽。
14日
Domenica.良い天気 朝早く起きて部屋の掃除と洗濯をし、スケッチに出かける。
朝、まだ人も少なくお店もまだ開店前、静かなFirenze.朝の太陽に照らされてるDuomo。何度観てもいつも押し迫ってくる。圧巻。威厳に満ちてる。
アルノ川沿いを行くとPonteGrazie辺りに良いスケッチ場所を発見。人があまり居ない、昼間じゃないと危ないかも。
いつものMarinoで一休み、お店は忙しそう。ミケランジェロ広場まで歩いていく。坂道をぐんぐん登ればFirenzeの街を一望、素晴らしい景観!
Duomo近辺の喧騒が嘘のように静かで穏やか。スケッチに良い場所、あとボンヤリするには最適な場所。時間を忘れます。そして色々な想いが駆け巡り。あー、これから私どうなるんだろ…色々な問題はまだまだ山積み。
13日
Sabato. 電車に乗り、Luccaという街に行く。本当に可愛らしい街!
こじんまりしていて町並みはまとまっていてFirenzeに比べ清潔感があって歩いてるだけで幸せになってくる。
まずはPranzoと入ったRistoranteでgnocchiとPeace久々にお魚食べた〜。Luccaはローマ時代に建設され今でもあちこちに名残が。12〜13世紀は絹製品の製造などで栄えていたそう。
Duomoのファザードが印象的な創りでアーチが幾つも連なりそれが三段になっている。
凄く繊細。SanMicheleinForo教会もピサ・ルッカ様式と呼ばれるロマネスク様式。細かな浮き彫りや彫刻装飾がスバラシイ!
広場では子供達がはしゃいで遊んでいたり犬がフラフラ気ままに散歩してたり、本当にのどか。
町並みは中世の建物が残りその中に可愛いいお店が。手作り生パスタの小さなお店を見つけ、夕飯の為に買う。お店の女性も優しい。街を取り囲む城壁が散歩道になっていて夕焼けの中、ゆったりした平和な空気と時間。
あーこの街住みたいな。
12日
体調イマイチなので昨日から明日は休みと決め寝坊するつもりが、あまり眠れなく、ちゃんと起きてしまった。
あーなんか久々にリラックスした朝だ〜嬉しぃ。ゆっくりジュースとクロワッサン食べ一応イタ語自習、午前中ずっとダラダラと部屋にいる幸せ。
午後はMarinoでCaffe 他のPasticceriaも何件か行ったけどやっぱりここが落ち着く。ウィンドのお菓子が飾り気なく昔ながらのイタリアdorcie、店主のおばさまが愛想全く無いけど働き者。バリスタの女のコ二人も可愛いく、てきぱき働いてる。いつも見かけるお客さん。それぞれ皆にとっての日常。私にとっては‥いつか遠い想い出になってしまう一場面。
11日
少し疲れが出てきたかも…胃腸の調子が。言葉が半分位しか分からない日常は自分が余所者だと強く感じる時がある、旅行者でもなく住民でもない…自分次第でどうとでもなる留学生活。私にとっては?毎日生きてる実感、一瞬一瞬が勉強。
午後、友人の紹介で知り合ったFrancescoというイタリア人Ragazzoと会う。日本、アジアが好きらしく日本に行きたいらしい。30代半ばで今は仕事をしてないらしい。というより若い人に仕事が無いのかもしれない。まだイタリアに来て3週間ちょっとだが、Firenzeも中心はとても栄えているけど、ちょっと外れるとゴーストタウンのように寂しい場所もある。Euroになって色々変わったのでしょう。経済事情は厳しいように感じる。
9日
Oggi nevicava!Fa freddo! KさんAccademia belle arteの卒業制作発表があるので見に行く。
大学内のCenacoloという部屋で行われ、中は古いフレスコ壁で趣きが。5人位のProfessoreに向け自分の研究成果と作品発表。緊張がこちらにも伝わってきます。かなり好評価なように感じました。
無事に終わった時はKさんの今までの苦労を想うと、おめでとうと心から嬉しく感動。日本人として異国の大学を終了するのは並々ならぬ事だと、ましてやイタリアの美術大学ならば…Kさんの頑張りには本当に勇気を貰います。強さは美だ。
帰り道、あの髭におかっぱ髪の店主のいるlibreriaへ。私の好きな分野しかない本屋・スバラシイ。Cenninoilの libro dell'arte、在るかなぁ、と聞いてみると「Si!」と即答。さすがだ〜ビックリ嬉しくなる。装丁も勿論日本のものとは違く表紙は古典の宗教画。さてさて、訳せるかなあ…。
8日
d'arteに行く、Baseが乾き、前回のCollaツブツブが消え気にならない。Carta vetrataで平らに削る。
簡単にスベスベになる。Carta di ricalcareをSpolveroというやり方で転写。昔のAffrescoも同じ、l'ombro系、MarroneのPigmentをハンカチにくるみ 、上から叩いてCruna dell'agoに刷り込む。その後、水を付けた筆で輪郭線を。そして全体に着彩。Trasparenteのように薄く塗る。一回目の下塗り。
7日
Domenica本当に日曜は街の店店は閉まる、休む時はしっかり休むイタリア。皆ParcoやAltriQuarieriに繰り出すのね、楽しんでるLavita!
私は相変わらず独り言多数、独りでいちゃいけないかなあ…・独りで歩いていると声をかけてくるのは年配のItaliaSingre達。おじ様ガンバルなぁ(笑)
日曜の朝早く起きSs. Annuziataに行くMesaの最中、神父さまの話を聞き、言葉は分からないけど祈りの気持は同じだと思う。クリスチャンではないが込み上げてくるものが。
それから朝日の中S.MariaMaddalenadepazziへ。この教会は街中にひっそりとあり、いつ来ても誰も居ない。取り残された、夢の中のような場所。独りでいると少し静か過ぎて怖くなる・が、しばらくすると安らかな気持に。佇まいが質素だけど可愛らしく癒される。中は窓からの明かりしかない、しっかりと描かれたフレスコ画は暗がりの中うっすら見える。きっと中世の頃はこういう感じだったのだろう。Biblioteccaから取り寄せたCENNINO CENNINIの「Il LIBRO DELL'ARTE」日本語訳は日本にうっかり置いて来てしまい…やはり探して買おう。お気に入りのDellaspadaにあると良いけど。
5日
毎日流れるように日が過ぎる、今日はBase作る、先生の言葉3割位しか分からないけどなんとか出来た、Collaはしゃぶしゃぶなスープ状態を刷毛で五回ぬる、二回目以降は15分くらい放置する、その間ニカワは温かくして湯煎。ニカワもツブツブ酷い、Colla は細かくSetaccioする塊は捨てたumidoだからだそう。今日は寒い胃腸悪くて夜はミルクだけに。平和な1日。
4日
いつの間にか木曜日!3月になり色々変わり快適になってきた。
同居はドイツ人おば様可愛い。語学クラスも年配者で落ち着いてて良かった!前のクラス考えると変われば良かったと悔しくなるけどあれも神様が与えた試練としましょう。留学して気付いた自分の悪い所、短所直せれば良いけど自分と向き合う日々。
美術学校darteがスタート。molto interessante! 凄い勉強になる。静かに顔料を練っているととても幸せな気持に。色々と違う点もあり面白い、Sonia先生は素晴らし。かなり凄腕だ女性として憧れカッコイイ。あとは言葉の問題。
イタリア人は本当に働き者だ、勿論休みも沢山取るし沢山食べ沢山話沢山笑い歌い沢山働き、パワフル情熱的。だからこんなに凄い芸術作品や建築を残せたんだと納得。今のFirenze人はこの有り余るパワーの吐き出し口はあるのかな?新しく創り出せない、変えられない生活は苦しくないのかな?

2月

28日
2月最後の日曜昨晩は10時頃寝る。誰もいなく気楽だけどちょっと不安。
朝、出かける。駅横の道真っ直ぐ行くと小さい公園。すぐ右曲がればサンマルコ。サンティッシマアンヌンツィアータ教会を通りかかり、吸い込まれるように中入る。Mesaの最中でただボーーぜんと市民の日曜のミサを一緒に体験、讃美歌の中、自分がこの場に居させて貰えた時間と偶然に感謝。小道を行くと人気も少なくサンタマリアマッダレーナデパッツイ教会へ。
あまりに俗世間から離れたような静かな天国のような所で暗闇の中に真実。昔の教会の姿を見た気がした、教会の前には小さな芝生、涙が出る。質素で純粋で厳格で。寂しいながらも温かさ。
Spedeledegliinnocenti捨て子養育美術館に行く、今日は可愛い子供いっぱい、子供が包帯に巻かれた椅子の絵やレリーフが印象的。
ボンヤリとしていると遠くから鐘の音と子供たちの笑い声・夢なのか現実なのか一瞬分からなく。 日曜は本当に静か、お店は観光地以外は休み。皆休みはきっちり休み家族で過ごすのかな。寒くなりアパートに帰宅、綺麗に掃除してある!いつの間にか大家さん来たみたい。
27日
土曜朝8時目覚め10時間寝た。全然寝れない日と凄い寝る日と交互。トルコおばさん帰国しちょっと寂し感じ。
窓開け部屋の掃除、11時30に出てカスターニョフレスコ見にいく。途中Firenze都市博物館へ静かで昔の街の絵が興味深い。
しかし本当にFirenzeの建物何も変わらなく周りの人間の服や車などが変わっただけで昔から同じ姿で教会や建物はある…凄い、時間が重なり出来る存在感と感動。時間の力とはどんな意義、意味を人に与えるのか…生半可な時はただ古いだけ、イタリアはこの先、永遠に街並みは変わらないのだろうか?変えられないのだろうか。その中で生活する想いは?
とにかく道は酷い。足痛くなるし埃凄い、壁ボロボロ。不便さの中で暮らし観光収入を主にで生きていく‥。
2月もあと少し、ちゃんと考えないと恐ろしい位何もしないで1日が終わる。私は私、自分を信じて。
26日
母からの荷物を開け日本を思って悲しくなる、こんなに心配かけて・何してんだ私、しっかりしなきゃ、グチグチ言ってる場合じゃないよ、自分は自分!とはいえ、はあ・東洋人蔑視かなあ、はあ‥やっぱり語学学校行くと自分見失う、被害妄想?気にしないとはいえ午前が長く‥自分が何すべきが判らなくてParazzoNoverraでボンヤリ…私、浮浪者みたい. はあ。
凄い雨が止み晴れ、Zecchiで画材買ったら少し元気出た。来た意味を見失なわないように。素敵な額屋見つける、この額に合わせて作品作ってみようかな。
25日
今日は凄い色々変わった、来週から通う美術学校darteに行き説明を聞く、想像より広くきちんとしていて本格的、嬉しい!
安心、あとは先生の言葉を理解できる語学力を付けなきゃ。気持が落ち着いてきた。
24日
昨晩から喉調子悪く薬飲み。語学授業は段々聞き取りが‥?皆が笑ってても笑えず。
アパートのトルコおば様ともちょっと険悪な雰囲気、私なんかしたかなぁ・まあ人間なんてちょっとした事で、すれ違いどんどん溝が出来る、そうなるのが嫌で人付き合いが苦手なのかな。今はmercato買物が唯一楽しみ、なんでも美味。まともな会話も音楽もテレビも雑誌もない生活。慣れるまで辛いかも。でも、わざと自分でそうした。
溢れる情報や俗っぽい日本の気風にうんざりしていたから。限られた情報や不自由な環境の中に身を置く事で、今迄と違う感覚や気付きがあるはず。鈍っていた感情や勘のような物が鋭敏になると思う‥。とはいえ今は弱気。きっと全ては最善の出来事、全ては自分の為に起こると信じて。MuseoDuomoに行く。見応えあり!天使いっぱい、美術館は綺麗だしかなり良い。警備員さんが話かけてきたバックに気を付けてとか変な男に注意とか、日本が好きだと、Duomoでいつも警備してるから声かけてと、僕に言えばタダで通してあげると…親日家かなと思ったけど・またねとは言ったが…なんかちょっと怪しいかな、色々親切に教えてくれて一見 優しそうだけど。今、私人間不振?外人不振だし。ああ今日も疲れた。
23日
今日も泣いてしまったカフェMarinoにて・来る前は独りで色々考えたいと思ったけど実際は色々苦しく寂しい。
日本では一人じゃなかったから言えた言葉。まるで何も知らない子供の時に戻ったよう。子供のときに迷子になって、もう一生帰れないのではとやたら不安になったのに似てる。語学クラスの外国の子達はバカンスがてら毎日朝まで遊び楽しんでる。私は目的違うから気にしないと思いつつ、でも日本人は犬食べるとか言うあのオランダ男はどういう知能か!昨日もその話題、幼稚過ぎか意地悪か東洋人偏見か。未だにそんな知識の20代のヨーロッパ人が普通?それともセンスのない冗談?かなりショックで何も言い返せなかったのが悔しくて。
私が少しでも日本の良さと真実を伝えよう。そういう義務?責任を感じ頑張ろ!それに絵の事考えなくては。こうしてる今も日本の皆は描いて前進してる‥焦る、来た意味を再認識、自分を見失わないように。強い人間になりたい。精神的強く前向きに自分を持ちはっきり意見出来る人間になりたい。運命に逆らわず自然に委ねそして自分を信じ。…今日もとても寒い。
22日
学校後、嫌な思いする!典型的なサギ話らしいDuomo近くはもう×本気でMi sono arrabbiata!
カフェでWaffleを一つ頼むと、勝手に生クリームやチョコなどかけ特大にし10Euro請求してきた。私はこんなの頼んでないから要らないと言えば払えと魔女みたいなレジのおばさんが叫び、私も頭にきて日本語で冗談でしょ!No!と言って突っ返して店を立ち去った。
後で知ったけど良くある話みたい。ちゃんとガイドブック読んで注意しなくちゃね。 昨日のカフェMarinoでCornetto食べ元気に。カルミネ教会でついにマザッチョ見た、色がやっぱり素晴!フレスコの強さと優しさにひかれる。その後マリーノマリー二美術館、静か・形が正にFormaという言葉がふさわしい、何か燻るような何か密み爆発する直前のような。内包してる光?魂?声?強さとしなやかさ、淋しさとユーモア、孤独と幸せ、苦しんでるのか喜んでいるのか‥馬の顔可愛い。物凄く立体としての意義を感じる。建物内部白い壁、窓からの光柔らかく、異空間。独りになる事で見えてくる物がある気がしてきた。時々ふとよぎる、あの最後のうやむやさ、大人ではなくお互いのずるさと弱さ、仕方ないのかな。
21日
日曜晴れ。また寝れなく、朝、卵とパン食べてたらトルコおば様起きてきて卵を私に渡しオムレツ作ってと言う。作れないのか?・私より酷い人がいるものだ。
日曜、街は皆幸せ楽しそう。ノッベラ教会でスケッチ二時間位かかり冷えて歩き、素敵な美術書店見つける。カルミネ教会が1時からなのでサントスピリト行くと市場が。Marmellataを買う。結局どちらも入れず橋たもとのPasticceriaへ。可愛い伯父さんが接客、味が素朴で落ち着く。また行こう。迷子になりつつサンタクローチェ教会。大きくかなり古くミケランジェロ墓を見て満足。暗いがGiottoフレスコ趣きあり色古いけど強い. 表情も迫ってくる、迫力、凄いな・やっぱり。今回テンペラよりフレスコに惹かれる。
20日
早く喋れるようになりたいな・今日は土曜。丁度1週間たったまだ軌道には乗ってない、語学もダメ。相変わらず買物しどろもどろ・美術学校大丈夫かなあ。朝、歩き出す。
ノッベラ教会裏道がイタリアらしく嬉しく!朝市してた町並み古く穏やか・オーニサンティ教会にたどり着く。素晴らしい教会!グレイ色、昔見た映画のような、幻のような、荘厳で静寂・光が差し込み涙。大きく包み込むような寛大な教会、教会の存在意味を再確認。
ボッティチェルリの墓あり、見ると天使と光に囲まれ素晴しいお墓!(涙)深々拝む。アルノ川近くの眺めが綺麗。
日本の友人妹さんがイタリア人と結婚しFirenzeにいるので、会う事に。K子さん若く綺麗、色々教えてくれた。携帯も一緒に買ってくれ、助かる〜(嬉泣)Mercato近くホカッチャ屋さん、混でるけど古くからある感じ美味い〜そしてお家に呼んでくれた。可愛い家!魔女の宅急便の世界。窓からお庭の緑。白い壁キレイ家具可愛く幸せそう。
夕方帰宅、私はお一人様に慣れてしまった?電気屋見つけ、切れちゃった電球買う、良かった!1日一個づつ解決・子供のように‥本当に一歩一歩。
19日
朝から雨、傘活躍!語学上達せずオランダスペイン男子はサボりながらも上達、聞き取りと単語?
私の年齢聞かれ先生にだけ言ったつもりが皆に聞こえてしまい、かなりビックリひかれた。年齢も違うし共通語の英語も分からず本当に疎外感。でも日本でも時折感じる疎外感、ここでも勿論。これは死ぬまで感じる孤独なのかな。
メディチリカルディなど行く、メディチはいかに凄かったのかと・でも以前感じた凄いという感動はなく古く汚い印象も。教会は修復中。イタリア人が昔の宝物にすがり甘え、色々サボっていたようにも感じる、Mediciに感謝しないとFirenze人よ!
街は混沌とし汚く疲れた印象。たまに歴史と技術が合わさった気品と重厚さを感じる所も。店も同じ、Duomo近辺良い店少ない印象。ベルギーのほうが良かったような、12年前に訪れた時の印象とかなり違う。ゴッツォリのフレスコ綺麗色のリズムと色合いが渋く、フレスコは今回かなり感動!陰影と書込み、表情、素晴らしい。そういえば黄色はなく金かオーカ系。隣の図書館展示は少ないけど静か。
18日
アパート部屋にも段々愛着が。学校隣のロベルトとボブが日本語で名前書いてと言われ当て字で書いたら喜んでた。コックのエミリは素敵、映画に出てきそう。
午後アパートで軽くリゾットと目玉焼き食べPermesso di Soggiorno書類送りに郵便局へ。
ここはいつも混んでる、番号取ったら抜かされ?また番号取って受け付行けばパスポート忘れ!また家に取りに戻り、再度また番号並び‥やっとまわって来る、受付のおば様優しくてちょっと嬉しくなるが、半日かかり。散歩しながら帰り道のパン屋さんでMelaのお菓子を買い帰宅
17日
昨日夜9時に寝て朝7時目覚めた、寝過ぎかな。私は語学授業ヘトヘト。先生は親切だけど、話言葉が分からず。
隣に座った男子はガテマラ人で建築家、とても良い雰囲気の方、言葉や顔が違っても人間性は伝わるものなのね。
実技留学をする人で語学は全く勉強しない人も沢山いるらしい。英語か片言イタ語でジュエリー学校に二年いる人に会った。私も勿論、語学は苦手。でも言語を学ぶのははその国を知るための最善の方法だと思う。何につけても、まずは言葉を知る事で文化を知る一歩だと思う。なので、語学学校はもう少し辛抱、がんばろ。
午後はウフィッツィに行った。観るもの盛り沢山、また行かなきゃ、Fabriano素晴しFirippolippiキレイで強かった。彫刻も惹かれる。
16日
嫌な人もいれば良い人もいるそれは世界共通・2日め、先生は日本好き優しい。
学生は皆若く、アメリカオランダスペインブラジルスイスノルウェースロバキア多国籍でも英語共通語〜うるさい〜が、なんとか慣れてきて少し可愛いく感じたりも。
帰り道1Euroshopで嫌な思い、悲しくなる、毎日何かしら事件。悲しくなり挫けそうに‥弱気、なんてダメ、何してんの!しっかりしなきゃ、ちゃんとがんばろ!
15日
朝目覚め5時で同室はなんとトルコ人の強そうなおば様〜びっくりだ、テレビ局で働く人。今日から語学学校、皆外人で英語共通語、先生のイタリア語も分からず、はあ〜やばい、全然なじめない感じ。
午後サンタ・マリアノッベラ教会にいくギルランダイオのフレスコが素晴らしい!なんてドラマチックで力強い、励まされた。
きっと昔の人々も勇気や励ましを受けたに違いない。近くのBarでBirra一休み。女性二人がてきぱき働いてて気持良い。郵便局行きなんとか印紙も買い帰宅。また今日子に電話してたら泣いてしまう、弱い私。いかに今迄家族に甘えていたか。
14日
日曜、朝6時に目覚めベッドの中で急に寂しくなる。なんできたのかな‥寂しくて死んじゃいそう。
独り異国のアパートで、もし今何かあっても電話はないし誰も居ないし‥考えたら不安で恐怖で。教会の鐘が聞こえ、気を取り直し起きて散歩に。Duomoを目の前にし佇む。ジオット像とダビデに涙。少し歩けばアルノ川が拡がり、慰めてくれた。今この時のアルノ川の朝日を忘れない。
アパートドアの鍵はやはり四苦八苦もぉ〜(泣)キッチンのガスレンジの付け方も分からなくてお茶も飲めず‥。日曜のバレンタイン、女性は花を手に嬉しそう、私は日本を離れうやむやなまま、とても優しい人を悲しませた、私が変なのかな、その報いかな?
先が見えない。これからの自分の孤独に恐ろしくなる。耐えられるかな、皆幸せに見える。
誰も居ないカフェでやっと温い食物、でもイマイチで8ゅーろ。歩いていると気付いたらサンマルコ広場にでた、フラアンジェリコに導かれ。金地テンペラは意外に古く色暗い、が、顔が本当に愛らしい(涙)塗りは線が太い所もある。あまりハッチング跡見えない、フレスコ素晴らし!息してるよう・静かな迫力。部屋が私の今の部屋にそっくり。修道士のように俗から離れ修行しろと芸術の神様が言ってるのかな。夜もまともに食べれず、とても眠い。
13日
土曜朝早くに起き成田空港へ。ルフトハンザにて。荷物27キロで超過料金でビジネスクラスに変更。
ラウンジが綺麗でゆったり、ホテルみたい、ドリンクフリーで休めた。機内は席広くて寝れた。
ご飯もちゃんとテーブルクロスまでしてくれて、和食美味。隣席のデンマーク人に英語話かけられたが撃沈、英語できないとダメだと猛烈に反省!飛行機遅れつつフランクフルト乗継ぎはスムーズ空港飾り気ないけど強固で頑固な感じがドイツらしい。フィレンツェへの飛行機小さい、窓からFirenzeの街、ドキドキしてくる。空港には二時間ちょっとで到着。タクシーにてアパートへ。
背の大きな運転手さん口数少ないけどカッコイイ。車中ラジオからイタリア語と音楽。車窓から見える家の明かり。街に向かって進む道のり。映画の始まりのような‥ちょっと涙込み上げてしまう。
到着したがアパート分からず、運転手さんに助けを求め携帯で大家に電話をかけて貰う。そこに大家娘家族がきた!子供かわいい。お母さんちょっと強い感じ、パパらしき人が荷物を運んでくれる。家族はあっさりすぐ帰ってしまい、一人鍵だけ渡される。部屋はかなり質素。ふとんペラペラ、椅子はパイプ。ちょっと牢屋?みたい、狭いし。
良いのは駅近く窓からサンタ・マリアノッベラ教会が見えること。うーむ、フラアンジェリコのように慎ましやかに…という事かな。機内食が最後のまともな晩餐かも。 人間は不思議とその場の状況になんとか順応しようとする。今は明日の事だけ。絵描けるかなあ ちょっともう挫折?夜中に目覚め不安にちょっと泣く。